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第36話 覚えていて(2)※

 夜の中で、海の目が細くなる。  キスをして、向かい合った状態で腰を抱き寄せた。陽介が挿れやすいようにか、少し浮かせてくれている。海の弱いところを繰り返し刺激されたせいか息は上がっているし、目も潤んでいる。扇情的にも、見えた。ごくり、と生唾が陽介の喉を通り越していく。 「いれるよ」 「っ……」 「息、して」  つぷり、と先端を後孔に挿し入れると、そこはぬめりの力も借りてつるんと受け入れた。ぎゅうと締まる体温の高いそこに、今すぐでも奥まで挿し入れて揺さぶってしまいたい、と腰のあたりに欲が芽生えるが、陽介の理性はまだ本人に忠実だった。  少しずつ、少しずつ、腰を押し進める。やはりいくら慣らしても初めは苦しいのか、その間、海は堪えるように陽介の鎖骨あたりに額を押し付けた。 「ぜんぶ、はいった」  なんとか奥までそれを埋め切ってしまうと、陽介は深く息を吐き出した。気持ち良すぎてすぐにでも達してしまいそうだった。中は溶けそうなほどに熱い。入り口はキツく、奥の方はふわふわと包み込むように陽介のそれを締め付けた。  海が手を伸ばして、陽介のことを抱きしめた。  圧迫感にか、海の顔から首までが赤くなって、唇はなにかを耐えるように噛み締められている。 「海」  少しでも力を抜いて欲しくて、その噛み締めた唇に口付けた。薄く開いて、陽介の舌が、熱いそこに招き入れられる。 「苦しい? 一旦抜く?」 「抜かないで」 「でも」 「苦しいけど、ちゃんときもちいいから」  透き通るような白い肌、ほどよく筋肉の乗った均整の取れた身体つき。金髪に近い、色素の薄い茶髪。それらがゆっくり視界の中で溶けて、夜との境界を曖昧にしていく。  これ以上できないところまで深く混じり合って、境目もわからなくなって、そうして初めて、陽介の肌にひどく海の肌が馴染むことに気づいた。 「あ」  頬の上を、はらはらと何かが伝っていく。口に入って、しょっぱいと思った。  少し驚いたような顔をした海が、陽介の頬に触れる。親指で目尻を拭って、困ったように笑う。ああ、そうだ。海はいつも、昔から、こうやって涙を拭いてくれていた。 「知ってる」  この体温も、重さも、混じり合う感覚も、痛みも、喜びも、たしかに覚えている。身体が覚えているのが嬉しいのか、頭が忘れているのが悲しいのか、咄嗟にどちらの涙なのか、わからなかった。  けど、きっと前者だと思った。 「海、俺、覚えてる、全部」 「うん」 「海のこと好きって思ったこと、大事にしたいって思ったこと、何も忘れてないよ。ちゃんと、全部、ここにある」  海の手が、陽介の裸の胸に触れた。肌の奥で、心臓が脈打っている。剥き出しの心臓にそのまま触れられたみたいな、むず痒さがあった。人は、頭と心臓の、どっちで恋をするんだろう。陽介のこの感情は、記憶と心の、どちらが覚えていることなんだろう。 「オレ、オレのこと知っててくれて嬉しいって、初めて思ったよ」  そう言って海が、幸せそうに笑うから、それ以上なにも言えなくなる。子供みたいにぼろぼろ泣きながら、身体だけ大きくなって、海と身体を重ねている。その事実が夢みたいに淡く肌の上に溶けて、内側に浸透していく。 「動くよ」  ゆっくりと、抽挿する。海の内側が陽介の自身に馴染んだおかげで、次第に海の喉からも甘やかな声が引き出された。 「っ、んぁ、は、やぁ……ッ」 「やだ?」 「や、じゃない」  出来るだけ、海の気持ちいいところに当たるように腰を振った。  肌を打ち付ける乾いた音と、ベッドの軋む音がこだまする。律動をはやめて、もっと奥へ奥へと突き入れると、海は泣きそうな声で喘いだ。  ぼたぼたと自分の汗が海の胸に落ちる。脳が霞んで、思考が鈍くなる。 「ようすけ」  海の腕が、陽介を抱き止めるみたいに背中に伸びた。耳元にキスをして、そのまま耳朶を食むと、肉壁がきゅうと締まった。全部食いちぎられて持っていかれてしまいそうだ、と思う。 「なに」 「オレ、陽介といると、どんどん欲張りになる。陽介のぜんぶ、ほしくなる」  肌と肌の隙間なんて少しもないくらいで、じわじわ溶けあって一つになってしまいそうな感覚に、腰が震えた。汗のにおいに混じって、海のにおいがする。 「いいよ。海の全部も、ちょうだい」  陽介がそう言って奥を穿つと、海は高い声をあげて背中をしならせた。それを逃げないように押さえつけて、さらに突き上げる。 「ッ、あ、も、あげれるの、ぜんぶあげた」 「俺はまだたりない」  腕の中におさまった身体の隅々まで愛おしくて、そんな多幸感を、どんな言葉で表せばいいんだろう。 「あっ、あ……! どうしよ、ッ、んぁ、あ!」 「っ、海……?」 「やだ、ねえ……っ、きもちよくて、おかしくなる」  頭のてっぺんから足のつま先まで、びりびりとした痺れのような快感が走る。息継ぎの代わりにキスをする。何度も何度も繰り返し、海がここにいることを確かめるように。  海の目の端に、涙が浮かんでいる。舌先で舐めとると、しょっぱかった。あの街の、潮風の匂いが蘇るような気がした。  頭の奥の方が白くなる。限界が近い。二人分の肌の間に挟まれた海の自身に手を伸ばすと、今日初めて触れたそれは先走りでぐっしょりと濡れていた。  壊れ物にでも触るみたいに優しく扱くと、海は焦ったそうに腰を振った。少し力を入れて擦りながら、奥の奥まで、もうこれ以上入れないところまで犯して、突き上げる。容赦なく搾り上げるような締め付けに、陽介の限界もすぐそこだった。 「ようすけ、オレ、も」 「俺も、ッ……」 「あ、あ、イ、いく、いッ……」  指先が痺れる。海の爪だろうか、背中にぴりりとした痛みが走る。海は頭を振りながら陽介の身体にしがみついて、手の中のそれから漏れ出るように白濁が吐き出された。その瞬間、ひときわ強くなかが収縮して、ほとんど同時に陽介も果てた。  少し、気怠い沈黙があった。二つ分の熱を帯びた荒い息遣いが続いて、余韻を惜しむように口付けが交わされる。硬度を失った自身を孔から引き抜くと、甘い吐息のような声が小さく漏れて、それすら溢したくなくてまたキスをする。 「ちゅー、しすぎ」  互いの下半身を処理しながら海の顔を盗み見ると、まだ快感の波から戻ってこられないようにぼんやりしていた。  腕を伸ばして、海に触れる。まだ、そこにいた。ぎゅうと抱きしめて首筋に顔をうずめると、くすぐったそうな軽い笑い声が聞こえてくる。どこもかしこもぐちゃぐちゃで、それでも、この瞬間のことをなによりも愛おしく思った。 「好きだ」  照れ臭くて、恥ずかしくて、みっともなくて、でも、今この言葉を言わないといけないと思った。海は陽介の腕の中で、黙ってその言葉を受け止めている、そんなふうに見えた。 「……陽介は、きらきらしてて、オレにはまぶしい」  海は陽介の顔を見て、本当に眩しそうに目を細めた。夜の中にいるみたいに見えた。  その夜を、照らすひかりになりたいと思った。  海の痛みと孤独を、抱えきれない過去を、半分引き受けて、それで一緒に沈んでいけばいいと思った。 「まぶしいけど、でも、ちゃんと見るよ」  どんなに過去を清算しても、その内側の傷は癒えない。それはこれから先も長いこと付き纏ってくる。きっとこの先も想像もできないことが起きるし、楽しいことも、悲しいことも、数えきれないほど起きると思う。けど、それでも海と過ごす未来の方を、陽介が自分の手で掴み取った。  その実感さえあれば、歩いていける。海の痛みを分け合って、陽介のも少し預けて、いつか二人のものになればいいと思った。 「オレも、陽介と生きたい」  海が、陽介の頬に触れる。もう涙は乾いていた。海の瞳の青さの中に、自分がいた。薄暗い室内の中で、それだけが輝いて見えた。 「落ち着いたら、渚沙と湊斗に会いに行こう。また、四人で遊ぼう」 「ゆるしてくれるかな」 「許しても、許さなくても、一緒にいることはできる」  海が教えてくれたことだ。そう続けると、海は柔らかく微笑んだ。 「これから、なんでもしよう。海のしたいこと全部」  海はその言葉を受け取って、小さく笑んだ。その微笑みの中に、嘘はなかった。けれど少しだけ、寂しそうな色を宿している。その理由が聞きたくて、問いかけようと手を伸ばすと、指先がヘッドボードの上の何かにぶつかった。  なにかが落ちる、小さな音がした。ぶつけた拍子に、置いていたカレンダーが落ちてしまったらしい。  拾い上げると、ページが今月ではないところを向いていた。落ちた表紙にめくれてしまったらしい。知らない日付が、こちらを見ていた。 「10月15日?」  赤いペンで、大きく丸がついている。海の誕生日でも、もちろん陽介の誕生日でもない。けれどその日付に、どこか見覚えがあった。どこで見たのだろう。首を捻る陽介を前に、海がそれをひょいと覗き込むと、見たこともないような表情をした。照れている顔だった。 「なに?」 「約束」  あ、と声が出た。陽介はこの日付を知っている。どこかで見たことがあるはずだ。あの、病院のベッドの上で見た、財布の中の免許証。中型二輪免許の、取得日だ。  その瞬間、頭の中に一つの光景が浮かんだ。  どこまでも続く海の横を、青いバイクに乗った陽介が走っている。潮の香りが肌の側を駆け抜けて、遠くの水面がひかりを反射してきらきら輝いている。波の音が、エンジン音の隙間から聞こえた。背中には重みがあって、その重みは海と同じかたちをしていて、はしゃいだような声を出した。それだけでどこまででもいける気がした。 「これが、海のしたいこと?」  知らない記憶に、胸が高鳴った。海は陽介の言葉を受けて、目を輝かせてから、ぶんぶんと頷いた。 「でも、まだちょっと足りない」 「これまでに比べたら、あっという間だよ」 「そうかも」  海の見るたわいない未来に、当たり前のように自分がいることが嬉しい。これからも、こうやって約束を取り戻しながら、歩いていけばいい。  すぐ触れて抱きしめることのできる距離にいるぬくもりに、手を伸ばす。海の顔はぼんやりと緩んでいて、きっと陽介も同じ顔をしている。 「だから、約束して。今度は忘れないで」  今度は海の腕が伸びてきて、陽介の身体を強く抱きしめた。くしゃりと頭を撫でられる。陽介は海にその答えが伝わるように、力強く頷いた。

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