11 / 31
第11話 雨の満月に不安がよぎります
相変わらず店舗物件は見つからない。物件はあっても、やはり受け入れて貰えないのだ。
成瀬は一縷の望みをかけて交渉し、断られた電話の受話器を置いた。
「なんでダメなんだよ……」
怒りよりも、悔しさで奥歯を噛み締める。そんな成瀬の隣のデスクから、佐伯が慰めるように声をかけてきた。
「成瀬くん。大丈夫、きっと見つかるよ。君が主任を受け入れられるように、理解のあるオーナーは絶対にいるから」
「佐伯さん……」
「多分ね、支店長もそんな君だからこの案件任せたんだと思うんだよね」
「え……あ、支店長も確か……」
「うん。多分成瀬くんの優しさと一生懸命さを評価してくれてるんだよ」
佐伯の言葉に、成瀬は胸が熱くなった。
「ありがとうございます!頑張ります!」
「うん。でも、今日はもう帰ろうか。みんな帰っちゃってるから」
「え、あ……誰もいない……」
気付けばオフィスには佐伯と二人きりだった。だいたい定時が終わっても何人かは残ってるのに、高瀬も神谷も居ないのは珍しかった。時間を見てもそんなに遅くない。
「じゃあ、お先に」
「あ、はい。お疲れ様です」
佐伯を見送った後、成瀬はデスクを片付けてオフィスの鍵を閉めた。
外は雨で、遅い時間でもないのにもう暗い。傘を広げて駅まで歩き始め、スマホを見る。
待受画面には、丸い満月が浮かんでいた。
「あっ、今日満月!?」
先月の満月の後、スマホの待受画面はその日の月齢が出るように設定していたのだ。高瀬の不調を気遣えるようにと、飲食店を探すお客にも配慮できるだろうと思っていたのに、全く気付けていなかった。
オフィスには高瀬も神谷もいなかった。満月の夜だから二人共帰宅が早かったのかと今更ながらに気が付いて、成瀬は駅までの道を走った。
高瀬は今まで何回も満月の夜を過ごしてきているから、今更成瀬が心配することではないとわかっているのだが、先日のバー半月の件からどことなく哀しそうな顔をする高瀬が気になっていた。
最寄り駅からマンションまでも走る。ノロノロと歩く仕事終わりの疲れた大人達をどんどん追い抜いた。学生時代のバレーのおかげで、人より体力はある。今、過去の自分をほめてやりたい。
マンションに着くと、自分の部屋を通り過ぎて真っ先に高瀬の部屋のインターホンを押した。
何も無いと良い……。
しかし、高瀬は留守だった。
シトシトと降る雨の音が、成瀬の不安を煽る。
とりあえず、満月のご飯……。
家に入りケージを開けると、いつもと変わらずツンツンと鼻をつけて撫でろと催促してくる満月。成瀬は満月を抱き上げて柔らかい毛を撫でた。
「高瀬さん、大丈夫かな」
成瀬のつぶやきに満月はフンフンと鼻を鳴らす。
「先に帰ったのに家に居ないって、どこかに行ってるのかな。半月?だったら安心だけど、満月の日にわざわざ行くかな…………」
そこまで考えて、最悪の想像が浮かんだ。雨の中、道端で苦しむ高瀬の姿だ。
「あ……探しに行った方が良いかな。どうしよう……」
成瀬は満月を抱きながら部屋の中を右往左往する。動く成瀬に抱っこの居心地が悪いのか満月はモゾモゾと脚を動かす。
途端に、ピタリと満月の動きが止まり、耳をピンと立てた。
「ん、満月?……高瀬さんっ?!帰ってきたの?」
成瀬はバタバタと玄関に走ってドアを開けた。
「わっ……」
「高瀬さんっ!」
「お前、扉の開け方考えろ……」
高瀬を見れば、半獣化もしてないし苦しそうな様子もない。
「良かった……高瀬さん……」
成瀬はホッとした笑顔で高瀬を見上げる。
「……なにが……」
「今日満月だったんで……」
「あぁ、雨だからそこまで影響は無い」
「そうなんですね。なんだ、でも良かった」
高瀬は成瀬の言葉にフッと笑みをこぼす。雨が降るとまだ少し肌寒いこの季節に、じんわりと成瀬の優しさを感じて暖かくなった。
「物件の電話はどうだった?終わりまで聞いていてやれなくてすまなかった」
未だにスーツ姿の成瀬に、高瀬は自分が帰ったあとも時間がかかっていたのかと問い掛けた。
「え、あ……ダメでした。感じの良いオーナーさんだったんですけど、昔獣人に店舗を滅茶苦茶にされたことがあったみたいで。怖いと……」
「そうか……」
「あ、ごめんなさい」
「いや。普通は怖いものだ」
「そんなっ!……」
高瀬の言葉に、成瀬はカッと込み上げるものがあったが、満月のフワフワの毛に手を埋めて落ち着こうとする。
高瀬はその行動に、ザワリと心が動いた。
気付けば雨の音はだいぶ弱くなっている。
「お前……その手……」
「え」
何かを言いかける高瀬を、満月を撫でながら見上げると、急に高瀬の顔が目の前に来た。
びっくりして体を引こうとするもすぐに廊下の壁に背中が当たる。高瀬の右手が伸びてきて逃げ道を塞がれた。
「高瀬さん?」
見上げれば、高瀬は至近距離で息を荒らげている。ふぅふぅと繰り返す息が成瀬の前髪を揺らす。
だんだんと高瀬の目の色が金色に変わって来て、獣の目になった。
「怖いだろ、こんな姿……」
「え……」
高瀬はザワつく心の中を落ち着かせようとするが、体の中から沸き上がる熱に自虐を込めて言った。
成瀬は満月を撫でていた手を高瀬の背に回し、ゆっくりと撫で始める。
「怖くないですよ。こうして、心を許してくれるじゃないですか」
「………………」
だんだんと高瀬の息が整っていく。コテンと成瀬の肩に頭を乗せられ、柔らかく体重をかけられた。
「悪い……」
「落ち着きました?」
成瀬の声に安堵して、成瀬の匂いに目を閉じて、高瀬はゆっくり頷いた。
二人の間で、満月は不満そうに鼻を鳴らし、目の前にあった高瀬の腕をおもむろに咬んでやった。
ともだちにシェアしよう!

