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第12話 絆創膏でこんなに攻防戦したの初めてですよ

 次の日、成瀬が行ってきますと満月に言って玄関を開けると、高瀬が身構えていた。 「あ、おはようございます。どうしました?」 「また勢いよく開くかと」 「ははっ、すいません」  高瀬の右手には、絆創膏が貼られている。昨日、満月に咬まれたところだ。 「ごめんなさい。血は止まりましたか?」 「あぁ」 「もしかして絆創膏変えて無いですか?」 「………………必要ないだろ」  高瀬はそっと傷を隠すように左手を重ねた。 「ダメですよ。これは貼りっぱなしで良いやつじゃないです」  剥がしてくださいと高瀬の腕をつかもうとするが、ササッとかわされて高瀬はエレベーターへ行ってしまった。 「高瀬さん!」 「お前が貼ってくれたんだ、これでいい」 「ダメだって、化膿しますよ」  エレベーターの中でも攻防を繰り広げる二人、一階に着いてエレベーターを待っていた人の視線でようやく落ち着いた。 「会社に着いたら貼り替えてくださいよ」 「お前がやってくれればな」  子供みたいな高瀬の言葉に成瀬は苦笑する。  会社に着くと、誰もいないオフィスで電話が鳴っていた。  成瀬は慌てて受話器をとり応対する。 「はい。フロンティア不動産です。あ、昨日はありがとうございました。……え、ほんとですかっ!?ありがとうございます!早速借主様へ報告します!ほんとにありがとうございます!はい、じゃあ内見の日が決まりましたらご連絡します。はい、はい。ありがとうございます!」  成瀬は興奮した面持ちで受話器を置く。そこに、高瀬がやってきた。 「高瀬さん、良いって言ってくれました!内見、来てくれって。会ってみないとわからないって思い直してくれたんです!」  成瀬は興奮したまま話す。高瀬は何の話か察しはついたが、ビジネスシーンでの報告は正確にしろと、ニコニコ顔の成瀬を落ち着かせる。    内見の日取りを決め、借主の熊田から感謝を伝えられて、成瀬は上機嫌にお昼を食べていた。  おにぎりを齧った時の海苔の音もパリッと気持ちが良い。そこに、休憩室の扉が開いて金髪ハーフの美形が身をかがめながら扉をくぐってきた。 「お疲れ様です。高瀬さん」 「あぁ」  高瀬は成瀬の隣に座って、コンビニ袋を置いた。出てくるのはおにぎりだ。 「よくやったな。今日は半月で奢ってやる」 「やった!ありがとうございます!」  ポンと頭を撫でられ、成瀬はおにぎりを頬張った。その姿をジッと観察するように眺める高瀬は、優しく笑う。 「食べないんですか?」 「ん…………見ていたい」 「え?腹減りません?」 「…………」  純粋な疑問を真顔でぶつけられ、高瀬は成瀬から目を逸らした。成瀬の頭に乗せていた右手もそっと下ろす。 「あ、そうだ絆創膏。替えてください」 「……いやだ」 「子供みたいに言わないでくださいよ。ほら、俺替えの持ってますから」  高瀬の右手を掴もうとするが、サッと避けられて掴み損なった。 「なんなんですか。なんかジンクスでもあるんですか?」 「ジンクス……あるかもしれないだろ……」  高瀬の顔が徐々に赤く染っていった。 「え?…………いや、治す方が先決です」  成瀬は珍しい高瀬の表情につられて顔の温度が上がりそうになるが、清潔は保たなければいけないと高瀬の腕に手を伸ばす。 「仲良しだねぇ」  ガタガタと椅子を揺らす二人の休憩室に、神谷の柔らかい声が響いた。 「あ、お疲れ様です」 「どうしたの?」 「高瀬さんが絆創膏を替えてくれないんです」 「絆創膏……うちの一番下の子も好きだよ。何枚も貼りたがる」  クツクツと笑う神谷に高瀬は、諦めた顔で成瀬に向かって右手を伸ばした。  ほんと子供みたいだ。  高瀬のこんな表情は珍しい。でも、成瀬は高瀬の素を見た気がして嬉しかった。ペリッと剥がした絆創膏の下は、まだかさぶたになっていない咬み傷があった。  ウサギの歯は意外と鋭く強い。深く傷ついた肌を、成瀬は申し訳なさそうに見る。 「それ、噛み跡だよね……」  神谷は傷を見て、緊張した声で聞いてくる。 「あ、はい。俺のせいで……」  成瀬の言葉を遮るように、神谷はガタッと立ち上がって成瀬の肩を掴んだ。温厚な神谷の行動に驚く成瀬は、新しく用意した絆創膏を落としてしまった。神谷はジッと成瀬の首筋を観察しているようだ。 「神谷さん……」  高瀬が神谷の腕を掴んで声をかけると、ハッと気付いたように神谷は成瀬を離した。 「あ、ごめんね。成瀬くんが噛んだのかと思って」 「うちのウサギです。普段は絶対にこんなことしないのに」 「あぁ、今日も匂うね、ウサギ」 「え?」  ウサギはそこまで匂う動物ではないだろう。成瀬は自分の服の匂いを嗅いで確かめるが、よくわからない。  飼い主は気付かないって言うやつかな。  スンスンと匂いを嗅ぐ成瀬を見て、神谷は高瀬に視線を移す。高瀬の瞳は一瞬揺らいだが、真っ直ぐに神谷を見た。 「なるほど。…………そうだね、二人とも、もう無理だと思ったらちゃんと言うんだよ」 「こいつなら大丈夫です」 「え、あ、はい。しっかり内見に行って神谷さんに任された案件頑張ります!」  神谷は成瀬のやる気十分な顔に、優しく笑いかけ高瀬の肩を叩いてから休憩室を出て行った。 「あ、絆創膏……」  成瀬は落とした絆創膏を拾い上げたが、埃がついてしまっていた。これではもう使えない。しょうがないかと成瀬は絆創膏をゴミ箱へ捨てた。  高瀬はそれを見て、無言で不機嫌を露わに、おにぎりの封を開け出した。

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