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第15話 高校の時の友達が来店して来ました

 飲食店の内見は無事に終わり、成約に至った。ひとまず成瀬の仕事はここまでだ。  獣人を怖がっていたオーナーも、実際に借主の熊田を見たら、その物腰の柔らかさに安心していた。会ってみないと、話してみないとわからないと、成瀬は何度もオーナーに食い下がって本当に良かったと思っている。  次はどんなお客様が、どんな物件を相談しに来てくれるかな。  成瀬はすっかりベテラン社員になった気持ちでお客様カウンターに座っていた。すると、カランと入り口のベルが鳴って、スラリとした若い女性が入ってきた。 「いらっしゃいませ。……え?」 「あ、やっぱりここだった。久しぶり健一」 「久しぶり……え、雛子?なんで?」 「ちょっと助けて欲しいの」  カランと店の扉が開いた音に、普段はそこまで反応しないが、なんとなく不穏な空気が入ってきた気配がして神谷はパソコンから顔を上げた。そこには、成瀬を健一と呼び捨てにして上目遣いに見上げている女がいた。  チラリと店の奥の応接スペースを見る。パーテーションで仕切られているからお客様カウンターからは見えないが、中では高瀬がビル管理を任せたいと相談に来たオーナーと商談中だ。こちらは、次のアポの日程を決めている。  もう終わるだろう。耳を澄ませば、お客様カウンターでは成瀬が物件を紹介している。今から内見に行ってみるかという話になっていた。早いな。  だったら……。 「高瀬くん、オーナー。良かったら昼食をご一緒にいかがですか。せっかくですから」  このオーナーは今回の相談以外にも所有している不動産が多い。今後も不動産を増やす予定がありそうだ。丁度いいから自分の顔も売っておこう。 「いやぁ、なんだか悪いですね」 「いえいえ、美味しい天ぷら屋が近くにあるので、ぜひ」 「神谷さん、俺次もアポが……」  耳打ちしてくる高瀬に、わかっていると笑顔で返して、途中まで居なさいと上司命令を下した。丁度、店の扉が開く音がした。成瀬と女性客が出ていったのだろう。これで鉢合わせさせなくて済む。  営業所の奥での攻防なんてつゆ知らず、成瀬は高校時代の友達の雛子と、三浦と一緒に内見に出ていた。三浦の運転する車内で、雛子は昔話に花を咲かせていた。 「健一はバレー強かったよね。うちの高校バレー部はみんなモテてたから、私健一と仲良くしてると結構嫌がらせされてたんだよ?」 「まさか。雛子はバレー部のみんなと仲良かっただろ。俺はモテてないし」 「あっは、でた無自覚。三浦さん、この人、告白された事ないって絶対に言うんですけど、実は告白されてんのに気付いてないだけで、何人も女の子泣かせてますからね」 「マジか。それはひどい男ですね」 「ちょ……三浦さん、嘘ですから。やめろよ雛子」  三浦は話を合わせながら適当に流し、雛子をうまく喋らせる。きっとこういうタイプが女子にモテるんだ。  三浦さんイケメンだし、筋肉すごいし。  成瀬もヒョロくは無いが、少し柔らかくなってきた腹の肉をさすった。飲み過ぎかな……。 「でも、近所の不動産屋に健一いてくれて良かった。地元の友達からは聞いてたんだけどね」 「雛子はこっちの専門学校に通ってたんだろ?ルームシェア解消して一人暮らしって、寂しくない?」 「え?……ん~、うんまぁ……でもさ、新生活?楽しみかなぁ」 「へぇ、俺は一人寂しくてウサギ飼っちゃったし。それにしても、探し始めるの遅いよ。引越しが来週って」 「あ~、この辺ですね。ここが最寄りの駅なんで、ちょっと外見ながら街の雰囲気も見てみてくださいよ」  急に三浦が不自然な大声を出して案内を始めた。成瀬もつい昔のように話し始めてしまい、仕事中だったと意識を集中させ、スーパーやコンビニの位置を雛子に伝える。  内見で入ったマンションの一室は、1LKで一人暮らしには十分な広さだった。オートロックだし、女性には安心できる閑静な住宅街だ。買い物の便も悪くない。 「どう?水回りも綺麗だし、掃除もしやすいよ」 「うん…そうだね…リビングはこのくらいで十分なのかな……」 「一人ならこれで十分じゃない?あーごめん、広い方が好み?」 「そういうわけじゃ無いけど……」  雛子はどことなく寂しそうに笑って、そっかと呟いている。 「なぁ、何かあったか?」 「え」 「急に引っ越すって、本当はルームメイトと何かあったんじゃないの?俺が聞く事じゃ無いかもしんないけど」  成瀬は部屋に入ってから、どんどんテンションが下がっていく雛子の様子を見ていて、さっきの車での会話を少し反省した。  人が引っ越しをする時は、何かしら理由がある。今まで接客をしてきてさまざまな理由を聞いていたのに、友達というところで気を抜いてしまったのは申し訳なかった。 「あー、ここの部屋、あまり気に入らないようなら他も探すよ。引越しの理由も話したくなければ別に……」 「……ルームメイトじゃなくてさ、彼氏だったの。年上でさ、勝手に結婚も考えちゃってた。彼しかいないって思ってたのに、私男友達多いじゃん?何度も喧嘩しちゃって、もう耐えきれないんだって……」  雛子はリビングの真ん中にしゃがみ込んだ。必死に泣くのを我慢しているようだ。成瀬は何も言えずに隣にしゃがみ込んで、雛子の背中を撫でる。  震えていた雛子の背中がだんだんと落ち着いてきた。 「…………雛子はさ、賑やかな方が好きじゃん?しょっちゅうパーティーやりたがってた。今の職場の人とは仲良いんだろ?そしたら、こういう閑静な所じゃなくて、もっと友達が集まれるような場所で部屋探したら?」 「……うん。その方が良いかも。ごめんね、健一……」 「大丈夫、仕事だからさ。任せてよ」  顔を上げた雛子に、成瀬はニコリと笑いかけた。その笑顔を見た雛子の表情が和らいでいく。 「……なんか、悔しいんだけど……」 「なんでだよ」  三浦は、リビングの様子を伺いながら、静かに玄関でブレーカーのチェックをしていた。  高瀬がアポから戻った時、成瀬が内見から帰ってきていた。今日の客は成瀬と同い年くらいのおしゃれな女性で、明るくよく話す。  美容師、いやショップ店員か?高瀬は彼女の外見からそう感じたが、次の瞬間、持ち帰った契約書類を床にばら撒いた。 「ありがとね、健一。良い連絡待ってる。頼んだから!」 「うん、任せておけって。わっ、ちょっと!」  その女は、成瀬を名前で呼び、あろうことかハグをして帰っていったのだ。 「仕事中だっての」 「ごめんごめんついね。昔のノリ」  成瀬も驚きつつ笑顔で見送っている。 「高瀬くん、帰ってくるの早かったね。契約書、綺麗にしておいてね」  高瀬が呆けていると、神谷が後ろから低い声で囁いて、ため息をつかれた。  とりあえず、床に散らばった契約書を拾って、事務のスタッフへと申し送りをする。成瀬の声がお客様カウンターの方から聞こえてくるたびに耳に意識を集中してしまった。  終業時間になり、皆帰り支度をしている。成瀬は残業申請をして、雛子に紹介する物件を探していた。  賑やかなところでも、あまり繁華街なのもな、あいつ一応女だしセキュリティはしっかりしていた方が良いだろ。あとは、すぐに入居可能なところ…  集中して物件探しをしていたら、カタンと後ろから物音が聞こえた。  まだ誰かいるのかな。みんなが帰る時にお疲れ様ですと挨拶をしていたが、果たして何回言っただろうか。画面に集中していて、誰が帰っていて誰が残っているのか覚えていない。辺りを見ようかと画面から顔を上げたら、急に後ろから肩にのしかかってくる重みを感じた。 「えっ、なにっ!?」  驚いたが、後ろから首筋に埋まる金髪が見えた。ギュッと胸に腕を回されて、成瀬は固まった。  集中して仕事をしている成瀬は、スーツのジャケットを脱いでいた。成瀬がキーボードを打つたびに微妙に揺れる背中に甘えたい衝動が沸き起こってくる。  今日の女はなんだ。成瀬に馴れ馴れしく触れていた……。  無意識に握った手のひらに爪が食い込み、ゆらりと体が成瀬に引き寄せられた。  気が付いたら、後ろから成瀬に抱きついていた。 「た…高瀬さん?」  成瀬が驚いている。冷や汗の匂いを感じるから、怖かったのだろうか。  悪いなと思いつつも、力を込めた腕は解けなかった。  首筋から成瀬の匂いがして、たまらない。心拍が上がっていくのがわかる。 「どうしたんですか。辛いんですか」  高瀬の呼吸が乱れていることに気付いたのだろう。成瀬の声が戸惑いから心配へと変わった。 「いや……満月の真似……だ……」 「えっと……満月は膝に乗りますよ?」 「…………俺は乗れないから……真似だ……」  言いながら、苦しい言い訳だと思った。しかし、今日の女との触れ合いが頭から離れず、気持ちを落ち着けたくて成瀬の首筋に擦り寄った。 「ちょっと……くすぐったいです……でも、なんとも無いなら良かった。ちょっとドキドキしました」  成瀬は笑いながら、高瀬の頭に手を置いて撫で始めた。 「高瀬さんの髪、柔らかいですよね。パッと見は真っ直ぐで固そうだけど、触ったら少し癖があって柔らかい」  柔らかいという言葉に、嬉しくなった。成瀬の首筋を嗅ぎながら、スリスリと何度も頭を擦り付ける。 「くすぐったいですって」 「もう少し、我慢しろ」 「なんですか……もう……」  成瀬は笑いながら、撫で続けてくれた。その手に、客の女への気持ちが和らいでいく。時計の針の音だけが聞こえるが、止まってしまえば良いと思った。

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