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第17話 好きって何??

 成瀬が代休を取った日、高瀬は仕事に身が入っていなかった。  今まで何があってもメンタルが仕事に影響することは無かったが、今日は明らかに集中できていないことが自分でもわかった。 「あ~、今頃ナルはデートですね~。良いですね~」  お客のいないカウンターで、三浦が佐伯に呟いている。三浦からの情報は神谷づてに聞いていたから、そんな何気ない会話にすら聞き耳を立ててしまっていた。  さっきからパソコンの画面はずっと同じで、何かを調べて資料に落とそうとしていたのに、検索ワードがずっと打てないでいる。  今日はアポがなくて本当に良かった。 「今日は高瀬くんアポないよね。良かった」 「……っ」  思った瞬間に思った事を言われ、高瀬はパソコンから顔を上げた。 「これ、間違っているから返すね」  神谷が渡してきたのは、秋イベントの予算表だ。明らかに数字の桁が違う。 「すみません」  高瀬は集中できていない事を含めて謝罪した。神谷はニコニコと笑顔を作っているが、目の奥は静かに濃い色をしている。 「お客様カウンターに出る?」 「…………いえ……」  三浦の声にいちいち反応しているのを見破られているのだろう。しかし、そんな事で配置を変えるわけにはいかない。  いや、今は佐伯に予算表を任せた方が仕上がりが早いかもしれないが。 「三浦くんのそばの方が気が休まるかと思ったけど、今の君に十分な接客は出来なそうだね」 「…………すみません……」  ごもっともだ。上の空で客の話を聞いてしまう。アポがなくて良かったと思ったところだ。  神谷はこめかみに指を当てて、難しい顔をしている高瀬を見下ろす。そっと高瀬の肩に手を置くと、耳元に顔を寄せて囁いた。 「成瀬くんには直球でものを言わないと伝わらないよ。首に擦り付いてマーキングをしたって、僕にしかわからないからね」 「…………っ……」  ビクッと高瀬の肩が震える。  先日の事はバレていた。そんなつもりでは無かったが、高瀬は成瀬に抱き付いた感触と匂いを思い出してしまう。 「とりあえず、予算表はしっかりとお願いね」  カッと頬を染める高瀬の肩をポンポンと叩いて、神谷はデスクに戻って行った。  その日一日いつも通りに仕事をしたが、いつもの半分しか出来なかった。情けないと思い高瀬は帰路に着く。最寄駅を降り、半月に寄ろうかと思ったが、そんな気にもなれずにマンションに向かった。  成瀬の部屋の前。一瞬香る成瀬の匂いに、ピタリと足が止まってしまった。  インターホンを押すか……いや、押す理由がない。  成瀬の部屋の扉の前で立ち尽くし、また勢いよく開いてくれはしないかと願ってみるが上手くはいかない。部屋の奥から満月のスタンピングが聞こえた気がして、高瀬はそそくさと自分の部屋へ帰って行った。  雛子から高瀬さんのことが好きなのだと言われた日は、家に帰ってもパニックだった。満月が見たいと言っていた雛子だったのに、成瀬がトイレから出て来たらもう帰ると会計を済ませてしまっていた。  一人でちゃぶ台に突っ伏して悶々と高瀬さんの顔を思い浮かべては、ため息を吐き、満月が何か不満そうに足を鳴らしたことにすら気付いていなかった。  次の日の出勤日。  成瀬は珍しく寝坊をし、朝のおにぎりを買う余裕もなく会社に駆け込んだ。朝礼には間に合ってホッとしたが、終了後すぐに三浦にヘッドロックをきめられた。 「デート翌日に遅刻ギリギリって何してたんだよ!!」 「すみません。寝坊して」 「寝坊するようなことしてたのか!?」 「え?」  成瀬は昨晩遅くまで高瀬のことを考えていて、なかなか眠れなかった事を思い出し赤面する。 「マジかよ……やるな、ナル~」 「な、なんでですか……」  成瀬は三浦の腕を掴みながらチラリと高瀬へ視線を向ける。いつも通りのクールな表情が見えるが、今日はなぜかやたらとドキドキする。 「よし、詳しく聞かせろ」  三浦はヘッドロックをきめたまま、成瀬をお客様カウンターまで連れて行った。開店の準備をしながら三浦はニヤニヤと話をして、成瀬はどんどん顔を赤くしていく。 「成瀬くん寝坊だって」 「あいつの部屋には誰も来てませんよ」 「そうだね。そんな匂いはしないけど、なんであんな顔してるんだろうねぇ」 「…………」  高瀬は神谷の意味深な言葉に、クールな表情は崩さないが、内心腹が焼けるような熱いものを感じていた。そんな高瀬を見て、今日の高瀬のアポは契約が取れそうだなと神谷は口角を上げた。  昼休み。  休憩室で昼飯を食べようとする成瀬だが、パックジュースを飲み干してもおにぎりに手が伸びなかった。なんとなくそのままストローを噛んでぼーっとしてしまう。休憩室の扉が開いたことにも気付かなかった。 「…………」 「…………っうわぁ、高瀬さん!」  隣に座った人の気配で横を向けば、モデルのように綺麗なスタイルでパイプ椅子に優雅に座っている美形の金髪がいた。成瀬が今、好きだと自覚し始めている人物だ。 「俺は化け物か……」  自分で言った言葉に高瀬は傷ついた。ため息を吐いて床を見る。 「いえ……むしろ綺麗です」 「は?」  成瀬の返事に高瀬が怪訝な顔を向ける。慌てて何か言おうとしたが、言葉が見つからずにジュースを吸う。空のパックはズズッと音が鳴るだけだった。 「昨日は楽しめたのか?」 「ふぇえっ?!」  成瀬からよくわからない声が出る。  どういう反応なんだ。  慌てる成瀬の様子から、照れているのかと高瀬は読み取った。 「地元の友達と遊んだんだろ?」 「え、あ、はい」  高瀬はデートと言わない。成瀬は少しホッとして思考を落ち着かせようとパックジュースをたたみ始めた。  地元の友達といえば成瀬の表情が落ち着いた。なら、深く聞けるか。 「どんな話をしたんだ?」 「うゃぁっ……」  ストローを抜いたところで、残っていたジュースが少し溢れた。  それにも焦るが、高瀬の質問にもなんて答えればいいかわからない。覚えているのはほとんど高瀬の話ばかりだ。  雛子の、好きって気持ちはちゃんと伝えないとダメという言葉が反芻してきて成瀬はまたパニックになる。 「た、たた、高瀬さんは、ストローが好きですよね。お、俺、休憩終わるんで、お先失礼します!」 「え、おいっ」  成瀬は耳まで真っ赤にして、高瀬の前にストローを置き、そそくさと部屋を出て行った。 「成瀬が持つストローだからいいんだ……」  高瀬は噛み跡の残るストローを見て、背もたれに体を預け脱力した。  俺には話したく無いことなのか…………。  ルルはカウンターでうなだれる三十路の頭頂部を見ていた。短髪で綺麗な色の金髪が、さっき出したロックグラスに浸かりそうだ。シャキッと座っていれば男女問わず声が掛かるだろうこの男は、まるで中学生の恋バナのような話を聞かせてくる。 「シンシアはなんて言って欲しかったのよ」 「…………」  きっと聞きたく無い答えばかりを想像しているのだろう。  本当に、この容姿を持っていて、尚且つ虎の獣人のくせに、変なところで自分に自信が無い。まぁ、それほどの経験をして来ているから仕方がないのだけれど。 「ケンちゃんに何か言って欲しいなら、シンシアも何か言わなきゃダメなんじゃないの」 「……………………言えるか……」  かなりの間があった後、小さく言葉にして高瀬はグラス飲み干した。 「だったら、ここで悩む意味は無いわね」  厳しい言葉に高瀬はグラスを握った。しかし、慌てて手を離す。 「悪い…………」 「大丈夫、ヒビは入ってないわ」  高瀬は自分の手のひらを見て、握って開いてを繰り返す。そしてもう片方の手で拳を包んで俯き額に当てた。  ルルはこの綺麗な友人を不憫に思いながらも、外野が言うことではないと先日ここであった事は絶対に口にしない。 「ケンちゃんは何があってもシンシアを怖い対象として見ないわよ。シンシアが一番わかってるんじゃないの?」 「…………………成瀬に撫でてほしい……」  高瀬が小さく呟いた言葉に、ルルは苦笑する。有能な男の思考が珍しく混乱しているのだろう。  おそらく落ち着きたいという意味だ。 「矛盾ねぇ……」

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