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第18話 満月の日、発熱、介抱、キス、した?

 昨日の昼休みの後、成瀬はまともに高瀬を見られなかった。  午前中に契約を取ってきた高瀬だが、午後はまるで抜け殻のようだと神谷が呟いていた。  成瀬の目には、少し映るだけでいつも以上に格好良く映ってしまって、動悸と戦う一日になっていた。  ベッドの上でスマホの目覚ましアラームを止め、成瀬はズルズルと満月のいるリビングへ 歩いて行った。  今日もあまり眠れなかった。  寝ても覚めてもの言葉の通り、ずっと高瀬の顔が離れない。ずっと格好良い。  満月に小松菜をやり、朝ごはんを作ろうとしたが全く食べる気になれず、冷蔵庫からコンビニで買ったジャスミン茶を取り出し、コップに入れて飲み干した。満月は成瀬が冷蔵庫を開けたから、もっと小松菜がもらえるのかと期待したようだ。しかし、疲れた顔で微笑む成瀬に撫でられ誤魔化されてしまった。  会社でおにぎり食べよ。  いつもより少し早いが、成瀬はトボトボと出かけて行った。 「おはようございます」  結局おにぎりも買ったはいいが、食べることが出来ずに、気付いたら朝のミーティングの時間になっていた。しっかりと意識を仕事に向けなければ。今日はどんなお客が来るのか。成瀬は今日の予定を伝える高瀬に視線を向けた。  やっぱり格好良い。そして綺麗だ…………。  どきりと胸が鳴って、顔に熱が集まってくるのがわかった。 「ん?成瀬くん、具合悪い?」  高瀬の報告を遮って、神谷が声を出した。 「は、はい?大丈夫ですよ!!」  成瀬は顔が赤くなっているのかと慌てて、首を振って否定した。 「いや、少し変だね。無理はしちゃいけない」  そう言いながら、神谷はゆっくり成瀬と距離を詰め、目の前からジッと見つめてきた。 「目が潤んでいるし、熱あるでしょう」  神谷の手がピタリと成瀬の額に当てられた。成瀬は条件反射のようにピシッと動かなくなる。 「まさか……俺は健康第一で健一なんですよ。熱なんて出した事ないです」  神谷の視線から逃げるように視線を逸らすと、鋭い目で神谷を見る高瀬の表情が目に入った。高瀬の目の色は金色に変わっているようにも見える。  そういえば、今日って満月……?  そう思ったら、視界が真っ白になった。 「成瀬くんっ!?」 「成瀬っ!!」  神谷に抱き止められた成瀬の体を、高瀬は奪い取るように自分に向けた。 「おい、成瀬」  成瀬の体は異常に熱く、苦しそうな呼吸も速かった。 「すみません……大丈夫……です……」  うっすらと開けた目が高瀬の顔を見てサッと逸らされる。  瞬間、高瀬の頬がピクリと動いた。  そして、ゆっくりと体を離そうとする成瀬を無理やり抱き上げて、高瀬は三浦にタクシーを呼ぶように言う。 「ちょっ……高瀬さん……」 「黙ってろ。大人しく今日は帰れ。送っていく」  高瀬は神谷を見る。神谷はやれやれといったジェスチャーを交えて、頷いてくれた。しかし、タクシーに乗り込む時に、小さく高瀬に耳打ちをする。 「わかっていると思うけど、今日は、成瀬くんだけじゃなくて君のことも守るんだよ」 「…………大丈夫です」 「抑制剤は?」 「…………」  高瀬は答えない。 「まだ使えないのか……自制出来ないと思ったら呼んでくれて構わないから」 「…………大丈夫……です……」  神谷はポンと高瀬の肩を押してタクシーのドアを閉めた。  オフィスに戻ると、神谷は三浦を呼ぶ。 「ちょうど良いから、高瀬くんのお客様、一緒に対応してみようか」 「え……俺ですか!?」 「うん」  爽やかに笑う優男の目は、色々な目論見が入っているようで三浦は息を呑み、はいと答えた。 「あの……高瀬さん……仕事……」 「大丈夫だ。神谷さんがどうにかしてくれる。気にせずに少し眠れ。辛いんだろ」  高瀬はぐったりとしている成瀬の肩を抱き寄せて、自分にもたれさせ頭を抱いた。  高瀬の匂いを感じて、成瀬の心臓は跳ね上がったが、同時に瞼の重みに耐えられず目を閉じてしまった。  高瀬はまだ東寄りにある太陽を、祈るような気持ちで見つめた。  成瀬の部屋に入ると、その匂いにザワザワと高瀬の心が揺れた。成瀬をベッドへ寝かせ、様子を見れば、自宅へ帰ってきたことへの安心からか、すっかり寝入っている。  高瀬は少しホッとして、近くの薬局へ必要なものを買いに行った。  戻ってきて、寝室を覗けば成瀬はまだ寝ていた。苦しそうな呼吸がさらに荒くなっていて、高瀬はソッと成瀬の背を撫でる。  成瀬がいつもしてくれるように、ゆっくりゆっくりと撫でてやる。しかし、成瀬は治るどころか震え出す。 「やっぱり着替えさせるか……」  スーツのジャケットは脱がせていたが、シャツが首や背中に汗で貼り付いていた。成瀬のクローゼットをあさり適当な服を取り出して、シャツのボタンに手をかける前に、高瀬はリビングへと向かった。 「…………まだ陽は高いが、ちょっと監視をしててくれ」  そう言うと、満月のケージを開ける。満月は、ふんと鼻を鳴らして悠々とケージから出てきた。初めて寝室に入ったのだろうか、満月は一歩一歩確かめるように寝室の床を踏んでいく。 「……脱がすからな……」  高瀬は後ろでフンフンと言いながら歩いている小さなウサギを頼りに、成瀬のシャツのボタンに手をかけた。  成瀬の素肌が顕になり、高瀬はゴクリと唾を飲む。ベルトを外し、スラックスのボタンを外して下におろそうとした時、成瀬が身じろいだ。  その動きに異常なほど体を跳ねさせる高瀬。その高瀬に驚いて跳ねる満月。一気に心拍が上がって、高瀬と満月は顔を見合わせた。 「く、靴下から……いくか……」  高瀬の言葉がわかるかのように満月は、鼻を鳴らす。 「ん……」  そんなやりとりをしている間に、成瀬がぼうっと目を開けた。成瀬のスラックスのファスナーを持ったまま、高瀬は固まってしまう。 「たかせ……さん……?なんで?」 「あ、いや、着替え……した方が良いだろ?」  成瀬の虚な視線が高瀬の手元に向く。それを見て意識がはっきりしてきた成瀬の目が丸くなった。 「…………うそ……」 「何もしていない」  高瀬は即座に手を離して、ハンズアップした。なんの事かわからないような顔をした成瀬に、高瀬は着替えを押し付ける。 「自分で出来るか?」 「あ、はい」 「何か食べろ。キッチン借りるぞ」  高瀬はそう言うと、満月を抱き上げてリビングへと向かった。  腕の中の満月と共に、ふぅふぅとリビングで息を切らす高瀬。そんな高瀬のカフスボタンを、満月はガジガジと齧っていた。 「うまいです。高瀬さんが作ったんですか」 「いや……レトルトを温めただけだ」 「レトルトのお粥ってこんなに美味いんですか」  寝巻きに着替えた成瀬は食欲がないと言っていたが、高瀬が持ってきた粥を無理やりに口に入れられ、思ったより食べられそうだと自分でスプーンを持ち出した。  自宅で気を抜いているからか、高瀬を見てもさほど緊張しない。  ここ数日まともに食べていなかった成瀬の胃袋は、優しい味にどんどんと粥を受け入れ、完食してしまった。高瀬は微笑み、空の食器を受け取る。 「ゆっくり寝ていろ」  そう言って立ち上がろうとしたら、成瀬が袖を掴んできた。 「あの、これ満月ですか……」  高瀬は一瞬、耳か尻尾が見えたのかと焦った。成瀬が言ったのは、満月に齧られたカフスのことだった。 「あぁ、齧ってもらった……」 「え」  成瀬の顔にハテナが浮かぶ。 「気にするな。これで助かったんだ」 「そ……そう、なん……ですか?」 「それよりも寝ていろ。まだ熱があるんだ」 「もう無いですよ。俺、平熱高いんで」  成瀬はもう大丈夫だと笑う。顔色もだいぶ良い、ここ数日の態度とも違い、いつも通りの成瀬に見えた。 「でも寝ていろ。俺が気になる」 「あ……すいません……」  申し訳なさそうに成瀬は布団に埋まっていった。首まで上げた毛布から出る顔が可愛くて、高瀬は頬を緩めて成瀬の頭を撫でた。 「お前なら、こうして撫でてくれるだけで俺はひどく落ち着くんだけどな。俺がやってもあまり意味は無いか」  そんなことないと言いたかったが、確かに落ち着くと言うよりは、心臓が速くなっている。またよくわからない行動をしそうで、成瀬は高瀬から目を逸らした。  目を逸らしていたから、気付いた時にはすぐ目の前に高瀬の顔があった。  高瀬は無言のまま、成瀬の頬を舐める。  ペロペロと、母虎が子虎にするような行動に、成瀬は動けなくなった。 「あ……あの……」 「悪い……もう、夜になるな……もう、帰るから……」  そう言いながらも、高瀬は成瀬の頭を撫で、頬を舐め、唇で食んでくる。  だんだんと息が荒くなる高瀬に、成瀬の心拍も上がっていく。  そっと高瀬の方を向いたら、目が合って、時が止まった。  カーテンから差し込む夕日は、かろうじてオレンジの色をしている。  ふわりとカーテンが風に揺れ元に戻ったら、高瀬の唇と成瀬の唇が重なっていた。  ゆっくりと目を閉じて、受け入れる成瀬。  一度息継ぎに少し離れて、再び合わさった唇から高瀬の舌が入ってきた。  成瀬がおずおずと舌を動かせば、軽く吸われてジンと甘い響きを感じる。  熱の下がった頭がまたぼうっとしてきて、ただ気持ちが良かった。 「成瀬…………」  名前を呼ばれて目を開けたら、泣きそうな顔の高瀬がいた。そっと背中に手を回して撫でようとしたが、高瀬は離れていってしまった。 「今日は帰る。大人しく寝ていろ」  そう言って、高瀬は玄関を出ていった。  満月は寝室の前でふんふんと高瀬の匂いを追っていた。

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