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第19話 高瀬さんじゃないけど高瀬さんみたいで……

 仕事が終わり、オフィスを出た神谷は満月を見上げる。  眩しい光はうっとおしい。  ポケットの中でうなり始めたスマホの振動に気付いて、画面を見る。画面には高瀬臣の文字。彼からはここ数ヶ月連絡が来ていなかった。  神谷は今日の朝、タクシーに乗せた二人の姿を思い出す。ダメだったかな……。  嫌な知らせでなければいいと思いながら、通話ボタンを押した。  成瀬が目覚めると、何時もの朝だった。スマホのアラームが鳴り、止めて、窓から朝日を感じる。体のだるさもなく、よく眠れた。しかし、いつもと違うのは、食べ終わった粥の器があったことだ。  夢じゃなく、高瀬が家にいた。  ただ、ジンと甘く頭に響いた快感は、かなりうろ覚えで少しリアルな夢だと思えるほどだ。自分で唇に触れて高瀬の唇を思い出し、心臓がぎゅうっと締め付けられた。  ゆっくりとベッドから降りて、満月がご飯を催促しているリビングへと向かった。  今日は特別なアポのない日だ。新規のお客が来なければ成瀬の仕事はあまり無い。 「昨日倒れたんだからゆっくりしていなさい」  神谷の言葉でまた帰されそうになったが、仕事をしたいと訴えてカウンターに座らせてもらっている。  ちなみに高瀬もアポに出ることはなくパソコンに向かって作業をしていた。 「大丈夫か?」  朝イチ、成瀬のデスクまで来て高瀬は声をかけた。 「はい。迷惑をかけました」 「…………それは俺の方だ」  成瀬は、どこかフワリとした表情を高瀬に向ける。  その顔に、少し気まずそうな目をしながらも高瀬は成瀬の頬に触れた。 「怪我は無いな」 「?無いです……」  成瀬は不思議そうに答えたが、揺れる高瀬の瞳が綺麗で赤面した。  昼過ぎ、カランと入口が鳴った。成瀬はいらっしゃいませと顔を上げて、一瞬言葉を失う。  目の前には、高瀬と同じ顔をした人が立っていたのだ。体つきはかなり細いが、金の髪や彫りのある綺麗な顔は高瀬そのものだった。 「シンシア居る?」  成瀬が固まっていると、その人は高瀬を呼んで欲しいと言う。 「え、あ、はい」  成瀬がオフィスに入ろうとしたら、神谷が奥から出てきた。 「レオニア、出歩いていて良いのかい?」 「神谷さん、昨日はシンシアを、ありがとうございました」 「大したことじゃないよ」  昨日?あれ、俺ここで聞いてていいのかな。 「た……主任を呼んできます! 」  成瀬は何となくプライベートな話なのだろうと二人に軽く頭を下げてオフィスへ入っていった。 「彼?」 「うん。良い子だよ」 「そっか……」  レオニアは成瀬の背中を見ながら、体を支えるようにカウンターに手を付いた。 「座って。何か飲める?」  神谷がそっとレオニアの体を支えるように手を添えて椅子に促した。 「うん、彼の気持ちちゃんと知りたいね」  椅子に座りながら呟くレオニアに、神谷は少し困った顔をする。 「荒療治はやめてあげてね」  オフィスに居ると思った高瀬は、営業車の運転記録を集める為駐車場にいた。陽に光る金の髪は少し白っぽくも見え、昨日の夕日を浴びた時とは色が違った。  あれはやっぱり夢じゃないんだよな……。  成瀬は深呼吸をしてから、高瀬に声をかけた。 「高瀬さん、お客様です。高瀬さんと同じ顔の……」 「はっ!?」  成瀬の言葉に、高瀬は勢いよく振り返る。成瀬と目が合うと、クソっと舌打ちをするようにつぶやき、慌てて車のドアを閉め、オフィスに走っていった。  高瀬の慌てように驚いたが、成瀬もゆっくりとオフィスに入っていった。なんとなくカウンターに出るのは違う気がして、自分のデスクに座る。  カウンターでは、高瀬と神谷、レオニアが何やら話していた。  高瀬と並ぶと本当にそっくりだ。  兄弟かな。  しばらくして、神谷に手招きされた。成瀬は誰を指しているのか分からず、キョロキョロと周りを見たが自分しか居ない。カウンターに出れば、レオニアがニコニコと笑っていた。 「成瀬くん、高瀬くんと商業ビルの内見案内してきて」 「あ、はい……わかりました」  レオニアは客だったようだ。高瀬なら一人で出来る仕事だと思うが、神谷は成瀬を付けた。勉強して来いということだと成瀬は受け取った。  日曜日の商業ビルはとても賑わっていた。レオニアは、その雰囲気を見て静かに頷いている。どうやら服飾雑貨のチェーン店を経営しているらしい。  そして、高瀬の双子の兄だと挨拶された。 「良い感じだね、ここ。人も流れてるし、広さも良い」 「そうか、気に入ったらなら何より」 「このビルの客層とか時間帯でわかる?」 「あ、はい。資料です」 「ありがとう。君、体育会系?キビキビ動けて良いね」 「あ、ありがとうございます……」  高瀬とは違い柔らかく話すレオニアだが、まっすぐに見つめられると、高瀬に言われているような気分になって、成瀬は頬を染めた。 「……mignon」 「え」 「いや、君うちの会社来ない?」  レオニアが、高瀬がしないだろうニコニコ顔で成瀬の肩を叩いた。 「おい」 「ん?何?」 「…………いや……」  高瀬は言い淀んで黙り、顔を背けた。そんな高瀬を呆れ顔で見てレオニアは溜息を吐く。 「ねぇ、シンシア。さっき下の階に僕の好きなコーヒーショップあったでしょ?」 「……あぁ」 「買ってきて?」  ニコリと人懐っこい顔でレオニアは高瀬に言った。成瀬は慌てて声を出す。 「あ、あのっ、だったら俺が…」 「大丈夫大丈夫。シンシアの方が僕の好み知ってるし、君は仕事が出来そうだからシンシアが居なくても問題ないでしょ」 「…………わかった。いつもので良いな」  レオニアの言い分に、高瀬は諦めの溜息を吐いてコーヒーショップへ向かった。 「相変わらずだね、シンシアは」 「え」 「自分の意見を言わない。自分が欲しいものは僕に遠慮するんだ」 「そう、なんですか…………」  成瀬は自分の兄妹を思い出し、なんとなく覚えのある事を言われているようだった。 「成瀬くん?」 「はい……ぇ」  気付けばレオニアの顔が間近にあり、成瀬は頬を撫でられていた。 「可愛いね、本当に」 「あの…………」  高瀬ではないのに、高瀬にされているようで、成瀬の顔はどんどん赤く染っていった。 「僕はシンシアに似てる?」  レオニアが成瀬の首筋に鼻を寄せてスっと息を吸った。

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