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第20話 実家に着いてきてしまいました

 レオニアの吐息を間近に感じ、成瀬は一歩引いた。  高瀬に似ていると思ったが、近付くと僅かに違う。  顔の作りは似ているが纏う空気は別物で、何より表情が違う。  レオニアが顔を上げて、甘えるように目を細めた。 「似てると思いましたけど、違います。高瀬さんは、もっと甘えてくるので」  成瀬の返答に、レオニアの目が丸くなった。そして嬉しそうに細くなる。 「へぇ、そう……そうなんだ……」  レオニアは成瀬の肩に手を置き、目をまっすぐに見て、一度ゆっくりと瞬きをする。 「シンシアのこと、どう思ってる?」  成瀬は、ブワッと体温が上がるのがわかった。しかし、相手はお客で、高瀬の身内だ。どう答えれば良いかわからない。 「なるほどね。良い香りになるねぇ」  スンスンと鼻を鳴らしながら、レオニアは満足そうだ。そして、赤い顔をしたまま固まっている成瀬を抱き寄せた。 「僕がさ、君を気に入ったことにしておいてよ。シンシア、どう反応するか知りたくない?」 「え、どういう……」  レオニアさんが、俺を好きってこと?  成瀬は理解が追いつかなくてワタワタと両手を動かし、体を引こうとする。しかし、突然レオニアの身体がズシっと重くなった。 「……ぅ……ごめんね……この話……また……あと……で……」  レオニアは呼吸を乱しながら、どんどんと成瀬にもたれてくる。  反射的にレオニアを支えて様子を見れば、苦しそうに胸を抑えていた。  成瀬はとりあえず背中をさする。 「だ、大丈夫ですか!?レオニアさん!」 「どうした」  慌てる成瀬の後ろから、高瀬の声がして成瀬は少しホッとした。  高瀬はレオニアの様子を見てコーヒーを置く。  慣れたように、レオニアのジャケットの内ポケットから薬を取り出した。 「レオ……」 「う……ぐっ……Désolé(ごめん)……」 「 C'est rien(気にするな)」  薬を口に入れて落ち着いてきたレオニアを、高瀬は横抱きにして立ち上がる。 「あの……高瀬さん」 「悪い、車出してきてくれるか、正面の入り口に付けてくれ」 「は、はい」  後部座席にレオニアを寝かせ、高瀬の運転で送ることになった。  神谷に報告すれば、そのまま直帰していいと言われ、高瀬にも伝える。 「なら、飯でも食っていけ」 「え」 「俺の実家だ」 「あ、そうか……えっ……」  レオニアを送る先は、高瀬の実家。それを理解した成瀬は、妙な緊張を感じ始め、助手席でソワソワと車窓を眺めた。  レオニアは後部座席でぐったりしながら二人の会話に耳を向ける。人の香りではないが、車内はなんだか甘酸っぱい。  とりあえず体も怠いので、家まで眠ることにした。  高瀬の実家は豪邸だった。芝生の庭を横目にアプローチへ駐車して、まるでホテルのような玄関から、数人が出迎えてくれた。営業車が停まるには少し場違いな空気だ。  成瀬が助手席から降りるべきかどうか悩んでいると、外から扉を開けられた。 「いらっしゃいませ」 「え」 「降りろ成瀬」 「あ、はい……」  高瀬に促され、成瀬は鞄を抱きしめながらポーチに降りた。 「レオニア様、大丈夫ですか」  後部座席も、この家で働いている人なのか身なりのしっかりとした女性が開けてレオニアにフランス語で声をかけている。 「無理に動くな。運んでやるから」  高瀬もフランス語で運転席から声をかけて、外から後部座席にまわる。 「少し眠れたか」 「うん……仕事中にごめん。成瀬くんも」 「あ、いえ。顔色良くなりましたね」  成瀬に話しかけられる言葉以外は全てフランス語だ。落ち着いた様子のレオニアに、成瀬は少し安心するが、日本語で返事をしていいのかと戸惑いながら、笑顔を見せた。 「優しいね、成瀬くん。ね、シンシア」 「…………いくぞ」  何も言わない高瀬にレオニアは苦笑する。そのまま簡単に抱き上げられて運ばれて行った。 「成瀬様、こちらにどうぞ」  丁寧な日本語で、しっかりとスーツを着た男性に成瀬は案内され、屋敷の中へと入っていく。  日本語も出来る人たちで良かった。  屋敷のエントランスは正面に大階段があり、高瀬がレオニアを抱えて登っていた。  内見でも来る事のないような広さに成瀬は圧倒される。  応接間に通されて、豪華なソファーに小さく座った。ごゆっくりと言われたが、部屋の圧力に肩の力を抜くことができない。  でも、ここが高瀬さんの育った場所……。  すぅっと空気を吸えば、少し胸が高鳴った。 「どう?お腹いっぱいになった?シンシアが恋人を連れてくるなんて思わなかったから、急遽シェフを呼び出したの」  成瀬は高瀬の母の言葉に、デザートのスプーンを落とした。 「Maman!」 「え?違ったかしら?レオニアがそんなこと言ってたから」  高瀬の母はなんだ違うのと、残念そうに眉を下げた。高瀬の母というだけあって、とても綺麗なフランス人だ。彼女が話すと、部屋の高級感が一際増すような雰囲気を作る。  それに日本語も上手で、初めて挨拶をされた時に成瀬は安心した。時折フランス語で高瀬と会話しているが、それも素の高瀬を見ているようで少し嬉しかった。 「成瀬は…………」 「お母様!た、高瀬さんにはいつもお世話になっています!」  言葉を探す高瀬へ助け舟のつもりで、成瀬はバレー部学生よろしく、しっかりと頭を下げた。その声量に高瀬が驚き、高瀬の母はニコリと笑った。 「コレットよ。ココって呼んでちょうだい。シンシアはちゃんと仕事出来てるかしら」 「は、はい。いつもフォローばかりしてもらっていて、昨日も倒れたのを運んでもらってしまい……」 「昨日?……コウイチから連絡があったのって……」 「…………J’ai rien fait, maman.(何もしてない)」  高瀬は目を伏せながらコレットへ告げた。成瀬は高瀬の言葉はわからなかったが、コウイチという名前はどこかで聞いた事があった。 「Tu es sûr ?(本当?)……あー、ケンイチ?」 「あ、はい」  聞き覚えのある名前を思い出そうとしていたら、自分の名前を呼ばれて成瀬は意識をダイニングテーブルに戻した。 「シンシアに何かされなかった?」 「え……」  成瀬は昨日のキスを思い出す。  あれは夢のような気もしているが、やけにリアルに覚えていて、まだ唇の感触も思い出せる。無意識に成瀬の手が唇に動いた。コレットはそれを見逃さない。 「たとえば、そうね……キス??」  ニコリと優しく綺麗な笑顔でコレットは聞いてくる。成瀬はびくりと反応しながらも、笑いかけてくるコレットから目が離せない。吸い込まれるような青い目に心拍数が上がっていく。 「Maman!」  高瀬が少しイライラしたような声でコレットに言う。 「ふふ、シンシアと仲良くしてあげてね」  まるで小学生の母親のような言葉に、成瀬は苦笑して返すしかなかった。 「ところで、日本の、名字で呼ぶ文化だけは慣れないの。誰の話をしているかわからないから、名前で呼んでもらえると助かるわ」 「あ、すいません。えと、コレットさん」 「Non」 「あ、ココさん」  コレットの目が少し細くなり、成瀬は愛称で呼んで欲しいと言われたことを思い出し、慌てて言い直した。 「Oui……では、こちらは?」 「え…………」  コレットは高瀬を指し、高瀬は成瀬を見る。少し期待を込めているのか、高瀬の喉がゴクリと鳴った。  名前……名前……  高瀬の名前は知っている。しかし、純日本人の成瀬にとって、上司のファーストネームを呼ぶことには抵抗がある。しかも、好きを意識し始めた相手だ。 「し…………臣さん……」  消えかかるくらい語尾が小さくなったが、声に出して呼べた。  呼ばれた高瀬も衝撃を受け、呼んだ成瀬も俯き、顔を赤くして何かに耐えるかのように膝の上のナプキンを握りしめた。 「mignon……」  コレットはとても嬉しそうに二人を交互に見て、ニコニコとデザートを頬張っていた。

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