23 / 31

第23話 やっと思いを告げられたのに、怖いとか……

 救急車で病院に運ばれたのに、高瀬の検査結果は全く問題無かった。逆に神谷の方が鎮静剤の点滴となり、神谷の家族が総出で迎えにきていた。 「ご迷惑をおかけしました」  神谷の奥さんからそう言われ、成瀬は返答に困る。子供たちがワラワラと母親の周りを取り囲んで緊張してたり、遊んでたりふざけてたり、何人いるんだろう。あまりに動きすぎていて数が把握できない。 「あ、いえ。支店長お大事にしてください」  成瀬はそれだけ言うと、高瀬のいる処置室に入っていった。高瀬は処置台に腰掛けている。もう耳も尻尾も無い。 「もう、帰って良いみたいです」 「神谷さんは?」 「奥様とお子さんたちが迎えにきています」 「挨拶、謝らないと」  高瀬は立ち上がるが、神谷からの伝言を成瀬は伝える。 「あ、今は何も考えずに俺と家に帰りなさいだそうです」 「でも……」 「そうしましょう。神谷さんも、ご家族と一緒で安心されていましたし」 「…………お前にも……すまなか……ん……」  成瀬は反省をする高瀬の口を手で塞いで笑う。 「俺の意思です。それよりも、今日は一緒に夕飯を食べようって……」  言いながら頬を染める成瀬に高瀬はゆっくりと笑みを返した。  成瀬は満月にご飯をあげ、着替えてから高瀬の部屋に向う。  病院の帰りにピザを買ってきた。成瀬の部屋のちゃぶ台では狭いので、高瀬の部屋で食べることにした。  インターホンを押すと、部屋着の高瀬が玄関を開けてくれ、照れくさそうに笑っている。つられて成瀬もなんとなく気恥ずかしい。  ピザは、ほとんどが成瀬の腹に収まった。  高瀬は苦笑しながらも嬉しそうに成瀬を見て、食後のワインを注いでやった。 「甘口で、お前が好きだと思う」 「…………買っておいてくれたんですか」 「真っ直ぐに聞いてくるな。照れるから……」 「ありがとうございます」  嬉しそうな成瀬の顔。  夕方には見るのを諦めたこの顔を、見られて良かった。  成瀬はグラスのワインを飲み干すと、トイレに席を立った。高瀬はダイニングテーブルの片付けはそのままに、ソファーへ移動して、窓から満月を見上げる。  抑制剤は効かなかった。でも、今半獣化していない。成瀬の手が、成瀬の存在が高瀬の存在を肯定してくれた。  半獣化して薄れる意識の中、恐怖を感じていた。高校時代にルルを噛んでしまったことを思い出す。同じことが起こらないように、毎月神谷と共に訓練をしていたのだ。  また、誰かを傷つける。そう思ったら、成瀬の声が、匂いがして、必死に掴み掛かった。温かい手の温もりは高瀬の救いだった。 「高瀬さん?」  ダイニングにいると思った高瀬がおらず、成瀬は視線を回しソファーに見つけた。月明かりに照らされている姿はとても綺麗だ。  成瀬が高瀬の隣に座ると、すぐに後ろから抱きしめられた。 「ありがとう、成瀬」 「いえ、俺がそばにいたいんです。高瀬さん、俺……」  成瀬は高瀬に振り向き、真剣な顔をする。  月の光が成瀬の顔を照らし、いつもの幼い顔が少しだけ凛々しく見える。 「俺、高瀬さんが好きです」  高瀬は成瀬の言葉を染み込むように受け取り、ゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。 「ケン……俺もだ」  甘い高瀬の声に、成瀬は自分の名前かと気が付いた。  フランス語にも聞こえる名前が、二人だけの特別なものに感じる。 「たか………………シン……さん……」  高瀬の名前を呼びながら、成瀬はたまらず高瀬の首に手を回した。  ゆっくりと押し倒され、ゆっくりと唇が重なった。  軽く触れるだけ、一度離れてから、また深く重なる。  口蓋を舌で撫でられ、鼻に抜ける吐息を漏らせば、高瀬はさらに舌を絡めてくる。    同時に、Tシャツを捲りあげられて、汗ばんだ肌を大きな手が這ってきた。脇腹をなぞられて、成瀬の体がピクリと跳ねる。  高瀬と繋がる。成瀬は、高瀬の首に回した手に力を込めた。  ふと成瀬の脳裏に、悲しそうな女性の顔が現れた。  高瀬が唇を離し、成瀬の唇は湿った外気に触れる。  脳裏の女性の声を思い出す。  成瀬の心音が歪む。  目を開ければ情欲に浮かされ、熱を帯びた目で成瀬を見つめる綺麗な顔があった。  成瀬の脳裏にいた女性は、だんだんと高瀬の姿に変わっていき、背中を向けた。  風が吹いたのか、窓が揺れた。  月が雲に隠れて、また顔をだす。    ダメだ……怖い……また、離れていってしまう。 「んっ……ぁ……」  高瀬の指が、成瀬の胸の突起に引っかかり、成瀬は小さく声をだした。 「好きか?」  言いながら、高瀬は突起を摘み優しく転がしてくる。 「あぁっ……んっ……まっ……まって……」  成瀬は高瀬の腕を掴み、潤んだ目で懇願した。高瀬はその目にすぐに動きを止めた。 「……悪い……嫌か……」 「嫌じゃないです。嫌なわけ……」  成瀬の目尻から雫が落ちた。高瀬の腕を掴む手が震えている。 「…………怖いか……」  高瀬は、返事を聞くのが恐ろしい質問をしてしまった。何も聞かずに想いを遂げてしまえば良かったとズルい考えも浮かぶ。  ゆっくりと成瀬の首が縦に振られた。 「……その……ごめん、なさい……」  その瞬間、高瀬は血が沸騰するような感覚になり、頭の中で切れそうな何かをつなぎ止めようと必死に身を丸めて拳を握りしめた。  満月の光が、強く衝動を引き出そうとしているようだ。  グルッと唸るような音が出る。  尾骶骨が疼き出す。 「帰って……くれ……わる……かった……」 「いえ……その……」  成瀬は言葉を繋いで伝えようとするが、高瀬の息が荒くなっていく方が気になった。そっと手を伸ばそうとすると、バシッとその手を払われた。 「え…………」 「もう……いい……」  明らかな拒否に、成瀬の心が冷えていった。  ここにいてはダメだ……。  成瀬は服を直すと、言われた通り玄関を出た。でも、どうすれば良いのかわからない。わからなくて走り出した。  とにかく走った。  走りながら、さっき脳裏に浮かんだ女性を思い出す。大学時代の元カノだ。 (もっと、親密になれるのかなって思ってたの、ごめんね)  別れの言葉は、初めて彼女を抱いた1週間後の事だった。  今日、高瀬に求められて嬉しかった。期待した。途中までは。  彼女を思い出してしまったら、高瀬との未来でも、同じことが起こるのではないかと怖くなった。  あんなギクシャクした空気を高瀬と味わうのは絶対に嫌だった。  高瀬に別れを言われるのも、絶対に嫌だった。  帰れってくれと言った高瀬の顔を思い出し、成瀬は足を止めた。 「……シンさん……」  成瀬の言葉と共に、汗だくの顔から地面に雫が落ちていく。Tシャツの裾で顔を拭って目線を上げれば、最寄り駅の路地裏だった。 「いらっしゃ……うわ、なにランニング?」  汗だくの成瀬を見て、ルルはドン引きした。とてもじゃないが、爽やかにトレーニングをしてきたという顔ではなかったからだ。 「汗、冷えちゃうから着替えてきたら?」 「今は帰りたくないです」 「…………仕方ないわね」  ルルは一瞬で成瀬の状況を察し、店の奥へと引っ込んで、タオルと派手な色のTシャツを持ってきた。 「汗を拭いて、着替えてからカウンターに座りなさい。」 「はい」  成瀬は素直に返事をするが、まるで覇気がない。  満月の光が、入口の小窓から差し込んでいる。 「シンシア…………」  成瀬から一部始終を聞き出すのは少し大変だった。落ち込みながらも混乱してるのだろう。  要点を得ない話が時系列もぐちゃぐちゃに、ゆっくりと思いつくままに話してきた。ルルは推察も含め、成瀬の気持ちを確認する。 「それで、シンシアが怖かったのね」 「違います。怖いのは……その……エッチが……」  尻つぼみになっていく成瀬の声に、ルルは酒を出す手を止めて、年齢確認をしたくなった。しかし、童顔で初心な男の話はもう少し聞かないと本心が分からない。 「エッチって、セックス?」  成瀬の顔が沸騰するように真っ赤になった。 「えっと……もしかして、経験ない?」 「…………」  成瀬は何か後悔をしているような顔で、カウンターを見つめる。 「あー、ごめんね。初めてなら怖い事の方が多いわよ」 「違います。初めてでは無いです」 「そう……なんだ……」 「でも、元カノとは……それで別れたようなもので……」  身体的不一致なら、二人で色々と試してみればいい。その彼女はそれほどに愛せる相手じゃ無かったと……。  ルルは思ったことは言わずに、まだ湿っている成瀬の頭を優しく撫でてやった。 「シンさんとは……まだ…………シンさん……大丈夫かな……」 「今はここに居なさい」  いつの間にか、シンさんと呼ぶようになっていた事にも驚いたが、帰ろうとする成瀬をルルは止めた。 「でも……苦しんでいるかも……」 「大丈夫よ、一回落ち着いたんでしょ。それに半獣化してなくても落ち着いて話を聞いてもらえなきゃ意味ないわ。入院してた方が良かったかもね」 「そんな……満月のせいなのに……」 「あぁ、ごめん。そうじゃなくて。ケンちゃん、もっと自分のことも大事にして良いのよ」  成瀬はカウンターに突っ伏して、深くため息をついた。    今度はシンシアが男を見せなきゃダメね。  ルルは小窓に差し込む満月の光を見て、高校時代の高瀬を思い出す。  あの頃はもっと、孤独な王子様だったわね。まぁ、手に入れたと思った瞬間に怖いと言われれば仕方ないか。  成瀬の頭を撫でながら、勘違いでへこんでいるだろう親友に、なんて言ってやろうか考える。  成瀬は始まってもいない二人の関係が、もう終わりなのかと泣きたくなった。

ともだちにシェアしよう!