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第25話 好きな気持ちをどうすれば正解なのかわかりますか?
三浦はいつも通りに笑顔で接客をする成瀬を見ていた。
ありがとうございましたと客を見送り、カウンターに戻る成瀬は、さっきの営業スマイルから一変する。
もっと他愛無い話で盛り上がれる奴だったのだが、この前の満月の日から様子が変わってしまった。
そんな成瀬の沈んだ表情を見て、三浦は少し後悔をしていた。
「なぁ、ナル。俺、余計なことを言ったかもしれないな」
「何がですか」
「あー、主任と距離を取った方が良いって……」
「あぁ、あれは言ってもらえて良かったです」
三浦もそう思っていたが、成瀬がその日の帰りに主任と呼び方を変えた時、違和感を感じ、そこから明らかに成瀬の覇気が無くなっていった。
仕事に影響は無いが、明るく楽しく毎日を過ごすタイプの人間が、ただただ静かに、何かを懺悔するように毎日を過ごしているのだ。
「本当にそう思うか?」
「…………はい。もう良いんです」
そう言って、成瀬は三浦に笑った。その笑顔が悲し過ぎて、三浦の心が痛む。
同時に、右手の傷もズクリと痛み、左手で覆うように握った。
きっと、このままでは成瀬も三浦と同じように一生傷を持ったままだろう。しかも、成瀬の傷は見えない傷だ。
「俺はさ……獣人が怖いんだ……」
「はい。その傷は獣人に襲われた時のものだって。それが、友達だったって言ってましたよね」
「あぁ……だから、距離を取ったんだ。そう望まれたし、住む世界が違うって思った。でも、あいつと楽しく過ごしていた日々は嘘じゃない。その思い出だけは、本当にあった事で俺の一部だ」
三浦は一気に言うと、一呼吸を置いて、成瀬を見つめた。
「お前はどう思ってる?主任は上司で、これからも一緒に仕事をしていく。俺は割り切れる。でも…………多分……お前主任のこと好きだろ?」
「…………」
成瀬は黙ったまま物件の間取り図を見つめ、指で部屋の輪郭をなぞっている。2LDKのリビングの部分、高瀬の部屋と似ている間取りだ。南向きの窓からは、陽が良く入る。高瀬の部屋のソファーはここだった。
ソファーの上で高瀬に言った言葉を思い出す。呼ばれた自分の名前はフランス語のようで、とても嬉しかった。
「ナル……」
「良いんです。三浦さんの言うとおり、住む世界が違うんですよ。俺は、主任にとって安全地帯じゃなく苦しめる存在にもなり得ます。三浦さんも友達にそう言われたんですよね。だからこれで良いんです」
涙も見せず、笑いながら言う姿は、何よりも悲しく辛そうに見えて三浦は何も言えなくなった。
そんな二人の会話を、オフィスの奥のデスクから神谷は聞いている。
地方イベントの出張に行かせた高瀬の気持ちを思い、神谷はため息を吐く。もしかしたら、このままでも良いのかもな。心の傷は時間が解決してくれる。若い二人には新たな出会いがあるだろう。
成瀬くんがそう望むなら、シンシアは無理に手に入れようとしないだろう。僕の役目はまだ続くね。神谷は自分の手を見つめ、力無く握りそして開いた。
満月の日に組み合った高瀬の手を思い出し、自分の限界も感じた神谷は、今は亡き高瀬の父の顔を思い出す。
「朔夜さん、助けて……」
暑い空から秋の風の気配を感じて、神谷は祈った。
「ルルさん、未練がましい男って、実はすごく優しいんじゃ無いんですか?」
「え?」
「優しいから離れるんです。それで良いですよね」
「…………私は自分のことを大事にしなさいって言ったわよ」
ルルは成瀬の前に水を置く。強い酒を要求され、飲ませていたらだいぶ酔いが回っているようだ。
「動物園行ってこようかな」
「動物園にいるのは虎よ。シンシアはいないわ」
満月の夜の次の日、色を無くした目でもう大丈夫なんでと一杯だけ飲んで帰った成瀬がすごく心配だったが、今日はそれでもシンシアを求めているようだ。
ルルは軽く会話を返しながら、今朝殴り込みに行った男の煮え切らない態度にイライラしていた。
「いないんですよ。今日も、仕事に行ったのに居ないんです」
「出張だっけ」
成瀬はカウンターに突っ伏して、グラスのストローをクルクルと弄ぶ。
「居なくて良いんです。俺は近づいちゃいけないから」
「あのね、そんなこと思わなくていいの。ただシンシアが怖がってるだけなんだから」
ルルが慰めていると、ウィンドウチャイムが鳴った。
「いらっしゃい。あら、ひなちゃん」
「どうも。あれ、健一来てたの」
「んー?おーひなちゃん」
「え、酔ってる…………」
「ひなちゃん、いつもの?」
ルルが注文の前にグラスを準備し始めた。
「え~、いつの間に常連になってんの~?」
「別に良いでしょ。ルルさんに話聞いてもらうとスッキリするの。健一飲み過ぎじゃない?」
雛子は成瀬が座っている椅子から三つほど離れてカウンターに座った。
「俺だって飲みたい日はある!」
子供みたいな顔が膨れ、さらに幼くなる。雛子はその顔から目を逸らしつつ、呟いた。
「何?失恋でもした?」
雛子は声に期待が乗らないように気を付けたが、どんどんと沈んでいく成瀬の顔を見て、にわかに期待をしてしまう自分を浅ましいと思った。
「……ごめん……」
いろいろな意味を込めて謝る。
「失恋じゃない。始めない方が俺らには良かった……これで良い……」
ストローをグラスから取り出して、成瀬はどこかに向かって振り出した。その目は何も無いはずのところでも何かを相手にしているようだ。
「え、やば……」
「ね、やばいのよ」
ルルは一部始終を雛子に話す。だんだんと雛子の目が半眼になっていき、最終的には呆れた顔で成瀬に向いていた。
「健一、まだ全然好きじゃん」
「…………俺らは離れた方がいいの!」
「何それ、理由つけて悲劇のヒロイン気取りじゃん」
「気取ってない。そうするしか、それしか無いから…………」
成瀬は自分の手のひらを見て、大きい背中を撫でた感触を思い出す。同時に、勢いよく払われた事も脳裏に焼きついている。
「主任が怖いと思うように、俺も怖い……」
「あんたの怖いはさ、どうせ瑠璃でしょ?高校から一緒で、同じ大学に行って付き合ったって言ってた」
「……知ってんの」
「女子の情報網舐めないで。瑠璃と別れた話も知ってる。あれは健一が本当に瑠璃を好きなら追いかけるべきだったんじゃないの?」
「え」
成瀬は心底わからないと首を傾げた。
「…………本当にこいつは……一回ヤって彼女が思い悩んだら、拒否されても寄り添ってやりなよ。そうやって話し合って愛を深めるものじゃないの?」
「愛って……何でヤったことまで……」
成瀬は酒とは違う意味で耳まで真っ赤にしながら目を泳がす。その姿に雛子はさらに呆れた。
「ルルさん、この子にお酒出しちゃダメかも。何、まだ高校生?」
「ははっ、私もこの前そう思ったの」
二人の態度に成瀬はムッとしながらも、何かを考えている。
「嫌がられているのに、追い込むことなんて出来ないだろ。離れたいって言われたら……」
成瀬は手を握り、唇を噛み締める。
「なんで相手目線なの。自分の気持ちよ!!伝えたの?それを伝えて相手がどう思うかでしょ。離れないでほしいって言えば良いじゃない」
「言ったら……苦しめる……」
成瀬の言葉に、雛子がカウンターを叩いた。成瀬と間隔を開けた椅子に身を乗り出して、鼻息を荒くする。
「言ってもないのになんでわかるのよ!大事なのはあんたの気持ち!高瀬さんのこと好きなの?嫌いなの?どっち?!」
雛子の勢いに、成瀬は多少のけ反る。言われたことを反芻し頬に熱が籠るのを感じた。
「…………好き……」
どんどん顔が熱くなっていく。抑えていた感情が溢れてきているのがわかる。
「だったら、そう伝えて高瀬さんの答えを待てば良いじゃない」
「まだ……終わってない……?」
「さあね、いっそ玉砕してきなさいよ」
プイッと顔を背けて雛子はグラスに口をつけた。
「ひなちゃ~ん」
ルルはぶすっとしている雛子の頬を突いて笑う。
「じゃあ、私の奢り!テキーラショットで乾杯ね」
ルルはライムの刺さったショットグラスを三つカウンターに並べ、ニコニコと笑う。
雛子も成瀬も一つずつ取ると、三人一緒に飲み干した。
熱い焼けるような感覚が、喉から体の奥へ流れ落ちていく。
齧ったライムの酸味に体が震えじわりと涙が浮かんた。
テキーラに怖さが焼かれて、高瀬への気持ちがしっかりと見える。
シンさんに、会いたい。
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