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第26話 もう離れません。しっかりと気持ちを伝えます。
ショットグラスを置いた成瀬の顔が生気に溢れていて、ルルは安心した。
すると、成瀬のスマホがブーブーと鳴り出す。成瀬は通話ボタンを押して呂律の回らない口で応対した。
「ふぁい、あい。だいじょぶです……ぅ~ん……」
話しながらカウンターに突っ伏した成瀬はスピーカーボタンを押してしまったようだ。そして、スースーと寝息を立て始めた。
『あれ、成瀬くん?聞こえてる?』
電話の相手は神谷だった。聞こえた声に、ルルが反応する。
「やだ、神谷さん?お久しぶりです。もう、全然お店来てくれないから」
『え、ルルちゃん?あぁ、ごめんね。えっと……』
「ケンちゃんなら、テキーラをショットで飲ませたら寝ちゃいました」
『えっ、ルルちゃん……』
「ちょっとキツケのつもりだったんですけどね」
ルルは悪びれずに神谷に言う。
『そっか……困ったな。明日朝イチで高瀬くんのところ行って欲しかったんだけど……』
神谷はぶつぶつと呟くように言うと、成瀬がピクリと動いた。
「高瀬さん?」
『あれ、起きた?』
神谷の声に、成瀬はスピーカーにしているのにスマホを耳に当て話しだす。
「起きました。高瀬さんのところってどこですか?」
『あぁ、明日は成瀬くん休みのはずだったんだけど、ごめんね。別荘地のイベントだよ。他の営業所の子が体調不良で倒れちゃったみたいでね。さっき高瀬くんから君を寄越してほしいって名指しで言われたんだ』
「わかりました!すぐに行きましゅ!!」
『え、いや、明日ね。明日の朝出発でいいからね』
「大丈夫でふっ!!」
『あ、あー、ルルちゃん聞こえてる?なんかごめん、この後のことお願いできる?』
神谷は電話越しで呆れながらも、少し嬉しそうな声でルルに託した。
「はいは~い。ちゃんと明日出発させますよ」
電話が切れると、成瀬はまたカウンターに突っ伏して嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。
「え、やば……」
「やばいわね~」
成瀬の表情を見た雛子の声に、ルルも嬉しそうに笑う。
次の日の朝、成瀬は別荘地に向けて出発した。ルルに鍵を預け、満月の世話もお願いした。
仕事だというのに、現地に着くまでの間、ドキドキが止まらなかった。
「成瀬、こっち頼む」
「はい」
成瀬が現地に着くと、会場はかなりの人で賑わっていた。明日、台風接近の予報で今日来場する人が増えていたようだ。高瀬の顔を見て、一瞬お互いに戸惑ったが、そんなことは気にしていられない程に業務に追われた。
別荘地は、山の斜面に作られ日当たりも良く、空気も美味しい。周りは田んぼや畑ばかりで建物も少なく遠くまで見渡せる。
成瀬は高瀬に頼まれたアンケート用紙を回収しつつ、自分の実家を思い出し澄んだ空気をいっぱいに吸い込んだ。
アンケートが終われば、来訪客の子供の相手が成瀬の仕事だった。里山の自然や村の遊びをテーマにした別荘地だったから、独楽や竹馬、木で出来た様々な遊び道具を駆使して、成瀬は子供と時間を忘れて遊んだ。
そんな成瀬の様子を、高瀬は客を案内しながら微笑ましく見ていた。
その日も、やはり一番契約を取るのは高瀬だ。
「お疲れ様」
「はい」
イベント終了時間。他の支店社員に声をかけられ、成瀬はおもちゃを片付けながらやり切った顔をしていた。
「元気だね。勢いのある新入社員はありがたいよ。」
「そんな。途中から本気で遊んじゃって。もっと仕事ありませんでしたか」
「いいんだ。子供にも気に入ってもらえれば、購買意欲が上がるのが親の心理だからね」
「ありがとうございます」
成瀬は素直に笑い、頭を下げた。
「さすが、高瀬主任がうちの期待の星だって言い切っただけはあるね」
「え」
「あの人がそこまで言う新人、今まで居なかったんじゃないかな」
成瀬は嬉しそうに頬を緩め、はにかんだ笑顔を向けていた。
出張前に見ていた姿とは違い、だいぶ元気になっている成瀬を見て、高瀬は少し安心した。声をかけようとするが、ルルに言われたことを思い出し、少し戸惑った。
(傷ついているのはシンシアだけじゃない)
成瀬は何に傷ついた……。
高瀬は出張に来てからずっと考えていた事を、もう一度頭の中で整理しようとする。
こんな状態なのに、成瀬を呼びつけるのもおかしいと思ったが、同時に今回の仕事は子供ウケする成瀬が適任だと思ったのだ。
悩む高瀬のもとに、そっと成瀬が近づいてきた。
「あの…………高瀬さん……」
「…………あ、あぁ」
「えっと……他にやることありますか」
成瀬はおもちゃの片付けが終わり、おずおずと高瀬に声をかけてきた。高瀬は、呼び方がまた変わっていることにドキリとしたが、平静を装って返事をする。
「いや、もう大丈夫だ。ホテルに行くか」
「はい」
ニコリと見上げてくる成瀬の顔から思わず目を逸らしてしまった。
「…………mignon……」
思わず呟いた言葉に成瀬は頬を染める。周りに誰もいないことを確認して、そっと高瀬のシャツを摘んだ。
「あの……後で、お話したいです……」
「あぁ、俺もだ」
ホテルのラウンジ、高瀬と成瀬は向き合っていた。
「あの……えっと……すみませんでした」
「………ん……?」
高瀬は謝罪から始まった成瀬に驚いた。
「俺、高瀬さんが好きです!」
その後ラウンジに成瀬の通る声が響いて、一瞬周りの視線を集め、またザワザワと雑音がし始めた。成瀬は自分の言葉に、言い切ったと満足そうな顔をしている。
高瀬は部屋で二人になるのは良くないだろうと、ラウンジで話すことにした数分前の自分を責めた。今、ここで成瀬を抱きしめたい。
一呼吸おいて、自分の心を落ち着けると、高瀬は口を開いた。
「俺もだ」
パァッと顔を明るくした成瀬は、今にも飛びついてきそうだ。しかし、今回のすれ違いは、しっかりとお互いの気持ちを言語化しておいた方がいいだろう。
「成瀬、お前は何が怖かった」
高瀬は成瀬の肩に手を置いて、宥めるように叩きまっすぐに見つめた。
「俺はきっと、あの時勘違いをした。それに、お前への欲情を止められるか不安だった。また本能で人を傷つけると怖くなった」
「あ、えっと……俺は……大学時代のこと思い出して……」
「は?」
「あ、違う。結論……えっと……高瀬さんが離れていってしまうんじゃないかって怖かったんです」
成瀬は懸命に頭の中を整理して、伝える。
「俺、元カノと……その……セックスが原因で別れました。高瀬さんに求められて嬉しかったのに、また、これで別れるのかなって……」
成瀬の目が潤んで揺れた。
「絶対嫌だったから、怖くなりました」
高瀬はローテーブルに肘を付いて頭を抱えた。
「悪かった……完全に俺の勘違いだ……」
「そんな……俺が怖いって言った後に高瀬さん苦しそうだったから、俺がそばにいると理性保つの大変なのかなって……辛い思いさせてるのかなって……」
「違う」
成瀬の言っていることは当たっている。高瀬の獣人の血は、成瀬の匂いや存在で高瀬を半獣化させようとしていた。
でも、同時にとても安心できるのだ。きっと半獣化しても、成瀬と一緒なら、抑制剤が効いている神谷やレオニアのように、しっかりと理性を保てるだろう。
しかし、確証はない。
違うと言いつつも、高瀬は成瀬にどう言えば良いのかわからない。
傷付けたくない。
これは、成瀬の心ではなく、身体的にだ。
もし、成瀬の匂いで半獣化し本能のままに成瀬に襲い掛かったら、俺はまた……
高瀬の脳裏に昔の出来事がフラッシュバックしてきて、血の匂いを感じ手を握りしめた。
「高瀬さん」
悩む高瀬に、成瀬はニコリと微笑んだ。
「三浦さんは、離れることが俺らの為だって言いました。俺もそう思ったんです。でも、好きなんです。離れるほどに、高瀬さんと一緒にいたかった。俺も、高瀬さんを傷付けたくない。だから、俺はもう傷付きません」
成瀬の強い視線が高瀬を貫いた。
(自分ばっかり傷付いてるんじゃない)
ルルの声が高瀬の頭に響き、高瀬は心を決めた。
「成瀬、俺は自分が信じられない。でも、お前のことは信じる。何があっても守る。お前だけは傷付けない。俺を……信じてくれるか……」
最後は声が震えてしまった。それでも、成瀬の目から目を逸らすことはしなかった。
成瀬は高瀬の手を取って、ゆっくりと頷いた。
その手を掴むと、高瀬は自分の部屋に向かって歩き出す。少しつまづきそうになりながらも成瀬は、嬉しそうに着いて行った。
バタンと乱暴に扉が閉まり、その扉に押しつけられ、キスをされた。
高瀬の手の力は、以前よりも遠慮がないように思った。
でも、成瀬はそれが嬉しい。
「んんっ……んっ……」
性急に求められる唇に成瀬は不器用に答えながらも、高瀬のシャツのボタンに手をかける。
ひとつひとつ外しながら、高瀬の素肌に触れていく。
温かい。
高瀬の肌を撫でるたびに、口付けを深くされ、多少息苦しくなってきた。
「はっ……」
唇が離されて、息ができるようになった。
高瀬は成瀬の首に顔を埋めて、ふぅふぅと息を荒げている。成瀬は高瀬の背に手を回し、ゆっくり撫でた。
興奮を落ち着けるように大きく息を吐いて高瀬は一度離れる。
ジッと金色に変わった目が成瀬を見つめ、頬を挟まれ額を合わせられた。
高瀬は満面の笑みで成瀬の頬を捏ねるように撫で回す。
顔が歪んで格好悪いが、成瀬は初めて見る幸せそうな顔に嬉しくなった。
高瀬は手を止めると、額を離し、とろけるような視線を向ける。
「ケン……」
甘く低い声が、成瀬の耳に届いた。じんわりと音の余韻に浸りながら、成瀬は高瀬の首に手を回す。
「シンさん……」
幸せで胸が裂けそうだった。
強く強く首に抱きつけば、高瀬が笑いながら成瀬を抱きしめ持ち上げる。そ
のままクルクルと回りながら、ベッドルームへと運ばれた。そっと足を床に下ろされて、顔を合わせ二人で笑った。
ゆっくりと目を瞑り、唇を待つ。
ブーブーと高瀬のスマホの着信が鳴る。
「………………」
「………………」
しかし、高瀬の唇が降りてきた。
「んっ……でないと……シンさん」
「やだ…………」
「仕事の電話じゃないんですか」
「…………やだ……」
ギュッと高瀬の腕の力が強くなるが、成瀬は身じろいで高瀬のズボンのポケットからスマホを取り出した。
「ほら、他店の支店長から……」
「…………お前にムードはないのか」
「仕事はしないと」
高瀬は諦めて成瀬を離し、スマホを受け取った。
「はい」
高瀬の声は不機嫌だ。
成瀬は苦笑しながら軽く頭を下げ、部屋を出て行こうとする。高瀬は成瀬の腕を掴み、ここに居ろと目で訴えた。
高瀬のはだけさせたシャツから、たくましい腹筋と、赤い突起が見え、成瀬は急に意識をしてしまい、目を逸らした。
耳が熱い。
高瀬はスマホの通話ボタンを切ると、成瀬を抱きしめて長く息を吐いた。
「くそ、ちょっとミーティングに行ってくる」
「はい……じゃあ、続きは明日帰ってからですね」
成瀬は名残惜しそうにするが、明るく言って笑った。
高瀬だけが子供のようになかなか成瀬から離れなかった。
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