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第3話 抱かれにきたのに、また料理にされたんだが?〜カラランのグラッセ〜

(女を抱きたい!欲求不満だ……)  店休日に、蓮は商店街に居た。蓮が街に出れば、若い女達の視線に晒され、ひとつ笑いかけてやるだけで「この後どうですか」と何人もが声をかけてくる。  いや、かけてきていた。 (25を過ぎたらもう、魅力は無くなるのか……)  蓮はカフェのオープンテラスでキャルのコーヒーを飲みながら、通りを歩く女達を見る。目があって笑いかければ、その度に女は頬を染めて照れていた。  しかし、かれこれ1時間そうしているというのに、誰も誘ってこない。  蓮の自己肯定感は地に落ちて、テーブルに腕を投げ出しながら突っ伏した。そんな格好をすれば、襟元にあった宮廷勤めのソムリエバッジがカツンと音を立てていたが、今はもうそれも無い。 (宮廷勤めの箔が無くなったからだな。俺があまりモテなくなったのはそれが原因だ。絶対、俺の魅力が無くなったわけじゃない!)  無理やりに理由付けをして、蓮は頑張って体を起こした。 (それでも、欲求不満の解消にはならない……。自分で処理するなんて虚しい事はしたくない)  蓮はプライドを維持しながらも、燻る身体の熱を持て余す。熱を誤魔化すようにコーヒーを飲み込めば、あまり好みの味では無かった。 (俺が店で出すなら、キャルはもっと丁寧に挽く……店か……)  コーヒーから、連想してバルドを思い出した。バルドの舌を、舐められた快感を……。 (男は趣味じゃない。でも、あの快感は……) 「んぁっ……はぁ……」  ゾクゾクとしてきた身体を捩り、甘い息を吐いて蓮は立ち上がった。 (買い物をして、店に行こう)  休みの日の店は静かだった。バルドの部屋に続く外階段を上がって、蓮は扉を叩いた。 「バルドー、居ないのか?」 「おう、蓮か。こっちだ。」  声がしたのは店の厨房の方からだった。裏口から回れば、休みなのにコック服でコンロに火を付けてるバルドが居た。 「何してんだよ。休みだろ?」 「あぁ、休みでも火の扱いは練習しておかなきゃな」  そう言って、コンロに手をかざしながら火を小さくしたり大きくしたり魔法で自在に操っている。 (天性のものでも努力が必要ってわけか。軽率に羨ましがって悪かったよ)  真剣なバルドの様子に、蓮は買い物をしてきた紙袋を調理台に置いた。目的があって入った店は、案外面白いものが多く、つい買いすぎてしまった。  ガサリという袋の音に、バルドの耳が反応し、火を消して蓮に振り返った。 「蓮、何か良いもの持ってないか?」  フンフンと鼻を鳴らしながら、バルドは誘われるように蓮に近づいてくる。  獣人とはいえ、半分は人間で顔の作りもあまり違わないのに、嗅覚や聴覚は人間より鋭い。 (はっ……掛かったな)  ニヤリと笑った蓮は、紙袋から瑞々しい葉を取り出した。蓮にとっては少し香りがあるだけのただの葉っぱ。しかし、それを見たバルドは興奮して、蓮の肩を掴み、調理台に押し倒した。 「うわっ……」  想像以上の反応に驚いた蓮だが、バルドはフゥフゥと鼻息を荒くしながら、蓮の持つ葉を凝視していた。 「ちょっと……一回離れろ……痛い……」 「あ……あぁ……悪い……」  取り乱したとバルドは離れたが、尻尾は揺れ、耳はピクピクと動いて鼻は膨らんでいる。興奮が隠しきれてない。そんなバルドに葉を差し向け、蓮はニコリと笑う。 「これ、欲しいか?生の葉は珍しいんだろ?」 「欲しい!くれるのかっ!?」  蓮がバルドに持ってきたのは、マフマフの葉。  猫科の獣人の嗜好品で、この匂いが堪らなく精神を溶かすようだ。  主に乾燥した物が出回っているが、生の葉は珍しく、その香りもまた乾燥した物とは格段に違うらしい。  蓮は指で葉をクルクルと回しながらもったいつける。バルドの目が、蓮の持つ葉の動く方向に動くのが面白い。 「どうしよっかなぁ~」 「蓮、頼む。何でもする!」 「言ったな?」 「あぁ……」  言質をとって、蓮は立ち上がりTシャツを脱いだ。バルドは何をするんだと不思議そうな顔をしつつも、マフマフから目は離さない。  自分が脱いだというのに、マフマフを追っているバルドが気に食わず、蓮は背中に葉を隠した。葉が素肌に当たってくすぐったい。 「あー、蓮!くれないのか?」 「やるよ。舐めてくれたらな」 「……またか……俺はマッサージ師じゃないんだぞ」  バルドは呆れながら、見当違いな事を言うが、蓮に近付いてきた。  ペロリとバルドが蓮の胸を舐める。 「んはっ……」  ゾクゾクと蓮の身体は反応し、調理台にもたれた。 「やっぱり舌触りは最高だ。マフマフの香りがたまらない……」 「わぁっ!」  バルドは背中に隠されたマフマフに誘われるように、蓮の身体をひっくり返す。  蓮は取られないようにとマフマフを胸に抱いた。 「なんだよ、余裕ねぇなバルド」 「こんなに良い香りなんだ。普通にしてる蓮の方がおかしい。背中にも香りがついてる……」  興奮したバルドの息を感じ、蓮は期待に背を反らした。ペロリと背骨を伝う舌の動きは全身に甘い痺れを感じさせる。 「あぁぅっ……バルド……前も、乳首も触って……」 「好きだなそこ……」  蓮に言われ、バルドは乳首に指を持って行き優しく摘んでやる。 「あはっ、最高……もっと……あぁんっ……」 「あぁ、俺も最高だ。蓮の背中良い香りがする。マフマフ……たまらない……」  バルドの興奮は強く、荒い息と共に何度も何度も背中を舐めてくる。 「あぁんっ、気持ち……良い……そこっ……何……」 「あ?ホクロか?」  舐め続ける舌が、ある所を掠めると、蓮の快感は増した。乳首とはまた違う、ジワリとツボを押されるような感覚だ。 「ホクロは舐めるとコリが解れるらしい」 「ふぇっ……そうなのか……」 (そうなのか?獣人はそうなんだろう。まぁ、良い。気持ちが良い)  蓮は疑問を持ちつつも、快感に堕ちていった。 「こっちもあるな」  バルドは蓮の腰骨にあるホクロを見つけると、舌を這わせた。ビクビクと身体を捩って蓮は恍惚とした顔をしている。蓮が気持ち良いのならと更に舐めれば、味が変わった。 「ん?……甘い……」 「は?」  もう一度舐めればやっぱり甘く感じる。ジワリと汗をかき出した蓮の肌は、テラリと光りだし、甘さとしょっぱさをバルドは感じていた。 「あぁ、もう、バルド……下脱がせて……」  蓮はたまらず、ズボンのボタンに手をかけるが、手が震えて上手く外せない。バルドに懇願すると、バルドは何やら考えている。 「ズボン脱いだら寒いぞ」 「……いや……お前また何か思いついたな!?今は、こっちを……」 「よし、蓮。良いのが出来そうだ。美味かったらマフマフくれよ」  ニカっと笑ったバルドは食糧庫に向かった。 (ありえねぇ、マフマフで興奮してたくせに)  蓮は上半身裸のまま、丸椅子に足を組んで座っている。調理台に肘をつき、人差し指はカンカンと調理台を叩いた。  バルドが持ち出したのは、カララン。オレンジ色の土臭く青臭い根菜だ。子供の嫌いな野菜トップ3に必ず入ってる。そんな野菜をどうするのか。  薄く皮を剥いて輪切りにしたカラランを、また魔乳脂とルムと合わせて煮込みだした。魔乳脂が溶けて、ムワッと厨房に匂いがたち込めた。生臭いような香りに蓮は顔をしかめる。 「美味くなるんだろうな?」 「ここからだ」  バルドは火加減を調節しながら、水気を飛ばしていく。カラランに艶が出て、綺麗な色になっていた。  パラっとカルを一振りされ、皿に盛られた料理は、とても美しい。 「食ってみろ」  バルドは自信満々に言って、フォークを差し出してきた。しかし、見た目は綺麗な物だが、その材料はあまり好ましい物ではない。  蓮は疑惑の念を抱きつつカラランをフォークで刺す。  サクッとフォークを通し、テラっとカラランは光った。  ゆっくり口に入れ、蓮は目を見開いた。 「甘っ……柔らかっ……」  鼻に抜ける香りがたまらない。 「カラランてこんなに舌触り良いのか。土臭くないし、見た目も綺麗だ」 「美味いだろ?」  バルドが満足そうに笑って、蓮の腰骨のホクロを撫でる。 「ぅんんっ……」  ゾクっとした感覚に、身を捩ると、バルドは残念な事を言う。 「美味いけど、これは付け合わせだな。メインには少し及ばない」 「は?アラカルトにしないのか?」  酒のつまみには良さそうだと蓮は思ったが、バルドは違うらしい。 (この味なら……) 「おい、これと合わせてみろ」  蓮は紙袋からさっき買ったワインを取り出す。透明な瓶に入った透明なワインだ。 「今日は赤じゃないのか」 「あぁ、シュルリのワインだ。絶対合う。この料理を付け合わせから昇華させてやるよ」  カウンターからソムリエナイフを持ってきて、蓮はワインを開け、自慢げにグラスをバルドに渡した。  バルドはカラランを一切れ食べ、コクリとワインを飲む。 「おー、ワインの酸味でスッキリするな。甘みをより感じる。これは、つまみに良い」 「だろ?付け合わせだけなんてもったいねぇよ」  蓮は美味しそうなバルドの顔に、最高の笑顔を向ける。一瞬、バルドの目が揺らいだ気がした。 (おっ?やっと俺に堕ちたか?)  ゆっくりとバルドに近付いて、抱きつけば、優しく逞しい腕が蓮を調理台に押し倒す。 「バルド……」 「蓮……良い香りだ……」 「続き、ベッド行こうぜ……」 「いや、ここで良い」  そう言って、バルドは調理台の上のマフマフを持ち、スゥーっと香りを吸い込んで、堪らないと丸椅子に座り込んだ。 「……おい……」  まるで泥酔したようなその姿に、蓮はイライラを募らせた。

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