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第4話 童貞ライオンの“舐めていいか”から始まるすれ違いと料理 〜バロメッツ腸のソーセージ〜
ザーザーと降り続ける雨を客のいない店の中から見ていた。
こんな日は、フラッと飲みに来る客もいないだろう。
カチャンカチャンと、シルバーを磨きながら、蓮は暇そうに軽くあくびをした。
「暇ですにゃ~ぁ~」
隣で同じようにシルバーを磨くチェシュにも、あくびが移ったようだ。これは早めに店を閉めるかもな。
(そしたら、またバルドに舐めてもらうか……今日こそスッキリするまで付き合ってもらおう)
蓮は邪な考えが浮かんで、ゾクゾクする下半身がバレないように身を捩った。
「シェフ、かっこいいですよね」
急に隣から小さな声で問いかけられ、邪な考えを巡らせていた蓮の体は異常なまでに跳ね上がった。
声の主は志岐。ナプキンを畳みながら、厨房で何やら思案しているバルドを見ている。
「にゃに~?志岐はオーナーが好きにゃ?」
「好きっていうか……」
志岐の頬は赤く染まっていき、俯いてしまった。
(は?なんだ?バルドに気があるのか?)
志岐は今年16歳になる男の子だ。まだ恋愛のあれこれも、性についてもよくわかっていないような子供に、蓮はなにかモヤっとするような感情を抱いた。
(いや、俺の初体験は15だったか。もしかしたら志岐ももう済ませている可能性もあるが……)
問題は多分そこではないのだが、何にモヤモヤした感情を持ったのか、蓮自身も気付けなかった。
「にゃ~、志岐照れてる~」
「やめてください……」
「まぁね、オーナーは確かに格好良いもんにゃ~」
チェシュは面白がって志岐の頬を突きながら、厨房を見やる。バルドを見る目は、まるでハンターのようで、蓮はこの小娘にも何か焦燥感を持った。
「バルドみたいなのが好みなのか?」
「にゃ~ん?」
チェシュに問い掛ければ、ニヤニヤとした顔が蓮を見上げてきた。
その金とも緑ともいえない色で光る目は、人間の女とは違って心を見透かされているようだ。
蓮はチェシュから目を逸らしつつ、質問の答えを待った。
「にゃ~、オーナーは格好いいと思いますけど、私の好みは……年下……ですかにゃん」
ナプキンを畳み終え、棚にしまう志岐を舐めるように見るチェシュは、何とも妖艶な顔をしていた。今まで、蓮が相手にしてきた女の中にはあまりいなかったタイプだ。
(こういう女は遊びを理解してくれるからやりやすかったが……。バルドはタイプじゃないか。良かった)
「はぁ?」
蓮は自分が思ったことに驚いて、つい言葉が出てしまった。
「どうしましたにゃん?」
「いや、何でもない……」
「うにゃ?ふ~ん……オーナーは、意外とモテますよ。気をつけてくださいにゃん」
チェシュはそう言うと、厨房用のふきんを持った志岐を追いかけて厨房に入って行った。
ーカチャンー
蓮の持っていたシルバーが落ちる。
腹の底から、焦りと恥ずかしさが湧き起こってきて、顔が熱い。
(はぁぁぁっ?なに、どういうことだ。気を付けろ?何に?俺が?バルドに?いや、バルドがモテるから?だから何?)
蓮より5つ下の猫の獣人に、いや、小娘に、自分でも気付いていない心の部分を見透かされたようでとにかく恥ずかしかった。
蓮が何かを誤魔化すように一人黙々とシルバーを磨いていると、厨房からバルドの大声が響いた。
ピャ~っとチェシュがフロアに逃げてくる。
それを真っ赤な顔をして追いかけてきたバルドは、カウンターから叫んだ。
「目のやり場に困るだろ。そんな短いズボンは禁止だ」
「おい、客がいないからってまだ営業時間中だろ」
蓮は大声を出すバルドと逃げ回るチェシュを注意する。
「ズボンじゃないにゃ。ショートパンツですにゃ!」
「どっちでも良い。足を出すな」
「雨の日は濡れるから足出てた方がいいのにゃ。オーナーなら濡れるのが嫌なのわかってくれるにゃん?」
「……わかる……がな……?」
バルドは何か論破をされて、黙ってしまった。
チェシュに向ける視線は定まらず、ウロウロとしている。
バルドの真っ赤な顔は怒っているからではないようだと蓮は気付いた。
「そんなに気になりますか?」
蓮の後ろから、そっと小さな声で志岐が呟く。
「そうにゃ、言ってやってくれにゃ。この綺麗な足のラインが悪いはずないにゃ!」
チェシュは、若くしなやかな足をスラリと見せて、うふんとウインクを飛ばす。
蓮は呆れながらも、バルドが何に怒っているのかはわからなかった。
「俺も別に良いと思うけどな。ここはドレスコードがあるような店じゃないだろ。これくらいのカジュアルさの方が店の雰囲気に合うんじゃないのか」
「カジュアルなのか?卑猥……破廉恥だろ!あんな……足……」
バルドは今にも鼻血を噴きそうな血走った目でチェシュの足を見る。
(え、興奮すんのあれ。あんな小娘の?ただの足に?)
ザワザワと蓮の心が騒がしくなっていく。
「シェフ、童貞の俺が言うのもあれですけど、ウブですね」
ピシャッと外が光り、雷が鳴った。志岐の一言で、店の中が静まり返った。
バルドは俯いて、今日はもう店を閉めるとポツリ呟いた。
「おい、バルド?まだ閉店まで4時間はあるぞ?」
「いい、閉めろ。チェシュ、志岐、上がっていいぞ。その服にも、もう何も言わない」
「にゃ~ん、じゃあお疲れ様でした~」
「お先失礼します。あの、なんかすいません」
二人はタイムカードを押して、雨の中を帰っていった。
蓮はフロアに一人取り残され、シルバーを磨く。
心の中が騒がしくなって、静まって、そして、新たに好奇心が湧き起こってきていた。
(ほー、バルドは童貞なのかー。へー、ほー。何だよ。それなら、俺が優しく教えてやろうじゃねぇか)
磨き終わったシルバーを片付け、バルドを探せば、厨房で小さく座りながら唸っていた。
「おいバルド。そんなに気にすんなよ。どっちかって言ったらお前の歳じゃレアものだぞ。逆に喜ぶ奴もいる」
慰めの言葉を言いながら蓮はバルドに近付くが、バルドはケロッとした顔で、蓮を見上げた。
「何がだ?」
「いや、今志岐に言われたことで悩んでただろ?」
「あぁ……それは、まぁ、良いんだ。今はこれをどうするかで……」
バルドが見せてきたのは、商店街のチラシだった。
(そういえばこの前も同じポスター見たな)
チラシの内容は、商店街主催の料理バトル開催のお知らせだ。
この店『バルドバール』も参加することが書かれていた。
「は?知らなかったんだけど。この日店休み?」
「あ?言ってなかったか。休みにして、イベントに出演する」
「ふ~ん、名前を売るにはよさそうだな」
「そうなんだけどな、何を作るかまだ決められてない」
「そんなに焦らなくても、まだ先だろ」
「食材によっては狩りに行く必要もあるだろ。早めに決めたいんだ」
「バルド狩りすんのか?」
「あぁ」
蓮の驚きに、バルドは普通に返事をする。
大抵の料理人は、仕入れた食材を使って料理をするが、レアな食材やこだわりのある者は自分で魔物を狩りに行く。
狩るのが難しい魔物ほど、高級な肉になるから、安く仕入れたい料理人も狩りをする。
蓮の居た宮廷の料理人は、金にものを言わせて肉を仕入れていたから、狩りをする料理人が本当にいるとは思っていなかった。
改めてバルドが狩りをしている想像をし、蓮は逞しい腕や服の上からでもわかる筋肉に生唾を飲み込んだ。
(最近、前よりもっとこいつにメチャクチャに舐められたいと思ってしまう。もう、流れで抱かれても良いかもしれない。男に抱かれたことは無いけど)
そこまで思って、逞しいバルドの筋肉に触れたくなり、蓮はそっと手を伸ばす。
その瞬間、バルドは立ち上がり、蓮に向いた。
「うわっ、なに?」
バルドの腕ががっしりと蓮の細い肩を掴んで、ジッと見つめてくる。チェシュとは違う、深く濃い金色の目が蓮を射抜いて硬直させた。
そして、告げられた言葉に、蓮は歓喜する。
「蓮、舐めていいか」
(マジか……よし来い……)
何も言わずに、シャツのボタンを外す蓮。上半身を脱ぎ捨て、自ら調理台に座る。
「童貞、卒業させてやるよ」
バルドの頬に手を添えて、口付けようと顔を近付ければ、顔を真っ赤にして照れた。
(いや、可愛いな……やばいな……抱かれてもいいって思ったけど、抱いても良い)
キスまであと数ミリというところで、バルドは蓮を引き剥がした。
「ち、違う。今は童貞は関係ない!」
「あ?やっぱり童貞か……」
蓮は上がる口角を抑えられない。
「それは良いんだ!それより、蓮を舐めればまた何か浮かぶかもしれない。手伝ってくれないか」
「…………は?」
「気持ちよくしてやるから、少しだけ、頼む」
蓮は半分睨むように目を細めてジトっとバルドを見つめてやった。大きくため息をつきたい。
(仕方ない、童貞だもんな。気持ちよくしてくれんなら、そのまま押せるか……)
そう自分を納得させて、調理台に背中を付け天井を仰いだ。
「好きにしろよ」
ニヤリと笑ってやれば、バルドは嬉しそうに覆い被さってきた。
ベロリと蓮の肌に舌を乗せる。
「あぁっんっ……んふっ……」
蓮は気持ちよさそうに声を出す。
その反応を見ながら、バルドは蓮の好きな所を狙って舐めていく。
なぜか甘く感じるホクロに、固くなる乳首。
そういえば噛んでもいいってこの前言っていたよなと思い出し、乳首に軽く歯を当ててみた。
「ぁあっ……それ、良い……もっと……あんっ……」
ゴンの実程ではないが、コリコリとした感触がクセになりそうだ。ベロベロと乳首を舐めながら、脇の下の柔らかい肉にも歯を立ててみた。
「ぅんんっ……ぁう……」
身を捩って声を上げる蓮の顔が恍惚としていて、バルドは嬉しくなる。
それならもっとと、舌を這わせながら、臍の下まで顔を持ってくる。
腹の肉も柔らかそうだ。
しかし、ここは力加減を間違えれば内臓を傷つける。
好奇心もあるが、バルドはそっと唇だけで肉を喰んだ。
「んっ……ん……」
物足りなそうな目が帰ってきた。
「蓮、力加減はする。噛んでみてもいいか」
「聞くな。気持ちよくしてくれんだろ……」
蓮は身を捩りながら、腰を上げて求めてきた。
それなら、でも、それでも優しくとバルドは蓮の腹に噛み付いた。
「あはっ……あぁっ……いいっ……バルド、もっと下……」
噛み付いた肌は少し赤くなってしまったが、傷にはなっていないようだ。口に残る感触に、バルドは唾を飲み込んだ。
「悪い、興奮してきた。何の匂いだ……」
「気にすんなよ。興奮しろ」
「なんか、蓮の匂いが、濃い……」
バルドは噛んだ腹を伝って、膨らむズボンに鼻を付けた。
濃い匂いがスッと入ってくる。
ズクっと体が震え、バルドはその膨らみの正体を知った。
グルグルと頭の中がパニックになる。
ただのマッサージ、毛繕いのつもりの行為が、蓮の身体を反応させてしまっていた。
「あ、あぁぁぁぁっ、悪い、すまない、そういうつもりじゃ……」
慌てて蓮から離れて謝るが、蓮は調理台の上で動かずにため息を吐いた。
「気にすんなって言ったろ。雰囲気ぶち壊すな」
「へ?」
何をぶち壊したのかは、バルドにはわからない。とりあえず蓮を怒らせたようだ。
まだ料理も思いついてないのに、また舐めさせてもらえるだろうかと蓮を見れば、噛み付いた痕が赤く綺麗に見えた。
「内臓、出なくて良かった……」
「はぁ?そんなに噛むつもりだったのかよ」
「そうならないように気をつけた。あ、でも……そうか、内臓……有りかもしれないな」
バルドは思いついた食材を探そうと冷蔵庫を漁る。
「はいはい、そうですよね」
蓮はいつもの流れに、身体を起こし、調理台から降りた。
バルドが持ってきたのは、バロメッツの腸。
基本、魔物の腸は食べられない。
何を食べているかわからないし、毒があるものもある。
捌いても捨てる部位だ。蓮はまたとんでもない物を持ってきたと引きながらバルドを見る。
「何するんだよ。流石に食い物じゃないぞそれは」
「いや、バロメッツは草しか食わない。内臓に毒は無いし、捌いてすぐに綺麗に洗ったやつだから大丈夫だ」
バルドは力強くうなづくと、ピッグルの肉をミンサーにかけ挽肉にする。それに塩や香辛料を入れ、氷水で冷やしながら捏ねている。
「冷たくねぇの?」
「冷たい。でも、多分美味くなる」
「へぇ」
バルドの逞しい腕が冷たさで真っ赤になっているが、蓮は素早く動く赤い指先に喉を鳴らす。
それからバルドは、バロメッツの腸に挽肉を詰め込み始めた。
肉が入ることで生々しく、内臓をイメージできるが、だんだんと形が整っていくと、何とも卑猥な物を連想させた。
「おい、バルド。何のジョークだ」
「何がだ?」
「それ、その形……」
「あぁ、もう少し小さい方が食べやすいか?」
「俺のは小さくねぇし!」
クルクルと腸を捻っていくバルドの手つきに、落ち着きを取り戻していた蓮の下半身が、またムクムクと反応する。
(はぁ……触ってくれ……)
立っているのが辛くなってきた蓮は、丸椅子に多少前屈みになりつつ座り、肉を詰めた腸を持つバルドの作業が、早く終われと願う。
バルドは腸詰肉をフライパンに並べて、火をつける。
やがて香ばしい香りと共に、プリッとした照りのある肉が焼き上がり、皿に盛られた。
「卑猥だな」
「は?どこが」
どうやら獣人と人間では卑猥に感じる感覚が違うのだろう。確かバルドはチェシュの足を卑猥だと言っていたか。
「食べてみろ」
「……………」
笑顔のバルドに、蓮は動かない。バロメッツの腸には抵抗がありすぎるのだ。
「毒見は自分でしてくれ」
「毒はないぞ」
そう言って、バルドは腸詰にフォークを突き立てる。
「あっ…………」
蓮は何となく下半身を抑える。痛みはないが、痛みを感じる。
そんな蓮をチラリと不思議そうに見てから、バルドは腸詰に齧り付いた。
「いっ……ぁぁ……」
感じた痛みはどこからくるのだろうか、蓮の下半身はすっかり縮こまってしまった。
「大丈夫か?美味くできてるぞ。食ってみろ」
バルドはニカッと笑いながら、蓮に皿を突き出してきた。
美味いなら一口だけと、蓮はフォークは受け取らずに腸詰を手で掴む。
(生々しい……こんなに細くはないけどな)
そっと歯を立てて齧れば、パリッとした皮が弾けて口の中に肉汁が広がった。
「うまっ……なんだこれ……すげージューシー。香ばしくて、脂がうまい!」
「だろ。脂を溶かさないように冷やしたのは正解だったな」
しかし……と、蓮は考える。
「何か足りないか?」
「ん?あぁ、そうだな。そう感じる」
「やっぱりか」
バルドも何か今ひとつと言う。美味いのは美味いのだが、パンチがない。日常的に食べるのなら良いが、料理バトルならもう少し何か欲しいところだった。
「マリアージュで何かないか」
「どうだろうな。思いつくものはあるけど……」
蓮は腸詰をフォークで転がしながら考える。
自分が上半身裸だということも、さっきまで下半身が窮屈だったことも忘れて、口に残る脂の旨みをどうするべきか真剣に考えていた。
「もう少し、肉の味が……」
「ん?」
「いや、もう少し肉らしさみたいなのがあれば、合わせたら美味いワインはある。ただ、材料は森の奥だ」
そう言ったバルドは、それなら簡単だと言うようにポンと手を打った。
「なら、狩りに行こう。もっと濃い味の魔物の肉を使えば良い。蓮のワインの材料も森の奥ならちょうど良い。明日行くぞ」
「は?え?明日?店は?」
「善は急げだ」
バルドは、店の入り口に出す『本日狩りの為休業』の看板を倉庫に取りに行った。
蓮は厨房に取り残され、腸詰を見て、また卑猥な想像を繰り広げてしまう。
(狩りで森に二人きりか……)
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