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第7話 童貞を巡る三つ巴の戦い、惚れさせたと思ったんだけど? 〜魔鳥のフリット〜
バルドが俺に惚れた。
蓮は、バックヤードで開店前の準備をしながら確信していた。
現に今、バルドが後ろから抱きついて、首筋を嗅いでいる。
時折噛みたいと熱を込めた小声で囁いている。これは確実に堕ちているだろう。
「たまんない……蓮……この匂い……」
「噛むなよ」
「わかってる、でも……舐めたい……」
「それもダメだ。そろそろ開店時間だろ。俺が仕事にならない」
ワインの在庫表を置き、今日の予約を確認し終えた蓮は、いい加減離れてくれないかと身を捩ってみるが、バルドはびくともしなかった。
ーガシャンー
二人のすぐ横に、磨き終えたシルバーを乱暴に置いたのは志岐だ。
二人は大きな音に驚くが、重たかったのだろうと気にせずにくっついていた。
「シルバー片付けたいので、離れてくれませんかっ!」
志岐にしては大きな声で、少々乱暴に言われ、二人は言われるがまま一歩二歩横にずれる。
蓮は時計を確認すると、サロンの紐を結び直して、バルドに言う。
「おい、開店時間だ。離れろ」
「なら、あと少し……」
スンスンスンスンと蓮の首筋を嗅ぎながら、バルドは甘い吐息を吐く。
「いい加減に仕事しろ!」
蓮は鬱陶しそうに、体を捻ってバルドの顔を押し除けようとする。
その手を、簡単に掴んだバルドは、上からジッと物欲しそうに蓮を見つめる。
その目に蓮はたまらず視線を逸らしてしまった……。
「もう、仕事してください!」
二人の間の微妙な空気を破壊したのは、志岐の大声だった。
フロアにいたチェシュも何事かとバックヤードを覗きにくるくらい志岐の声は店内に響いた。
「あ、あぁ、悪かった……」
バルドは蓮から離れる。
志岐はぷりぷりと怒りながらオープンの看板を出しに店の入り口へ向かった。
チェシュは蓮を一瞬細い目で見てからフロアに戻っていく。
「志岐、機嫌悪いな……」
「あれは、嫉妬だ」
「嫉妬?誰に」
「バルドにだろ」
蓮はドヤ顔でバルドを一瞥してカウンターに出て行った。
バルドは首を傾げながら厨房へと入っていく。
開店して少しすると、賑わう店内に派手な男が入ってきた。
派手な男こと薫は、一人でテーブル席に座り、黙って料理を食べる。蓮を見つけると少し照れた様子で手招きをしてきた。
なんとなく嫌な予感はするが、蓮は無視するわけにもいかずテーブルに向かった。
「お久しぶりです。薫さん」
「あ、あぁ、この前のバトルは実に面白かったよ。悔しいけど完敗だ」
「そんな。テレビの放送後は薫さんのお店の方が繁盛しているじゃないですか」
「あ、いや、まぁ、そうなんだけど……」
蓮の嫌味をそのまま褒め言葉に受け取られ、蓮はイラっとする。
(何しに来たんだこいつ。敵情視察か!?)
「蓮くん、ワインを選んでもらえるかな。このソーセージに合うやつを」
「もちろんです。すぐにお持ちします」
完璧な営業スマイルを薫に向けて、蓮はスーハのサングリアを持ってきた。
料理バトルの時とは違い、数種類の甘みのある果実を漬け込んである。全体的に香りが強く甘い仕上がりになっていた。
「こちらをどうぞ」
グラスに入れたサングリアをテーブルに置いて、手を離そうとしたら、薫の指が触れた。
「申し訳ございません」
蓮はすぐに手を引こうとしたが、サッと薫に手首を握られてしまった。
「…………細いね……」
(あ?うるせぇよ!)
「そうですね、薫さんの手は逞しいですから」
「そう、思うかい?僕の手で触れられたいと?」
(言ってねぇし!)
「い、いえ、そういう意味では。私なんて薫さんに不釣り合いでしょうし」
「そんなことは無い。蓮くんはとても綺麗じゃないか」
キメ顔で見上げてくる薫に、蓮は閉口した。
(なんか、好かれてる……)
「うちのソムリエを口説かれたら困りますよ、薫さん。これでも稼ぎ頭なんで」
蓮が困っていると、バルドが笑いながらカラランのグラッセを持ってきてテーブルに置き、そっと薫の手を蓮から離した。
「稼ぎ頭……そうですか……随分お気に入りみたいですね」
「はい。ヘッドハンティングはやめてください」
なんとなく話が噛み合ってないが、他のテーブルから呼ばれたので、蓮はそこを離れた。
頼まれたワインを準備しにカウンターに戻ると、薫とバルドはまだ何かを言い合っている。
(料理冷めるぞ。いや、あれは……俺を取り合ってるな……ふふっ……志岐といい、全く……)
「モテ期か」
「全員男だにゃん」
呟いた蓮の言葉に、いつの間にか隣にいたチェシュが吐き捨てた。
「……男だな…………。いや!でも、モテてるだろ!」
そこが大事だとドヤ顔で返せば、チェシュは嘲笑する。
「女を抱きたいんじゃなかったのかにゃん?最近、蓮さんを見る女性客の目が変わっているのも気付いて無いのにゃん?」
「なんだよ、見る目が変わったって」
「高嶺のソムリエは、男殺しのソムリエに変わったのにゃん。ブフー」
吹き出すチェシュの言葉に、なんの敬意も感じなくなっていたことも気になるが、そんな通り名に改名されていたとは、蓮はショックを隠せない。
(もう、女を抱けなくなる……女に興味を持たれなくなる……持たれても別の意味になるのか……)
悶々と考えながらも、蓮は注文のワインを準備して、テーブルにサーブしに行った。
閉店後、蓮はゴミを捨てに行く。ゴミ捨て場には、先に帰ったはずの志岐がいた。
「どうした、こんなところで」
志岐は蓮を見上げ、視線をさまよわせた後にふぅと息を吐いた。
そして、意を決したように、もう一度蓮を見上げて言った。
「………………抱かせてください」
「は?」
そう言うと、志岐はズンズンと距離を詰めてくる。蓮は勢いに押されて後退り、店の裏口の壁にぶつかった。
「し、志岐?」
逃げ場の無くなった蓮は、引き攣った顔で志岐を見て、落ち着けと肩に手を置く。
しかし、バッとその手を振り払われ、そのままバシンと壁に両手を付かれた。ますます身動きがとれなくなった。
「いいから、抱かせろよ!」
(えぇぇぇっ、反抗期?)
「し、志岐?あー……そういうの黒歴史になるから、よく考えろ?」
「蓮さんがエロいから!仕方ないだろ!」
「……俺の、せい……なの?」
志岐は真剣な顔を近付けてくる。キスをする気なのだろう。少し唇を突き出してくるのが童貞っぽい。
「ま、待て!待て待て!お前は自分の年齢を考えろ。俺は犯罪者になりたくない!」
「合意なら問題ないでしょ」
「合意?!合意してないから!」
蓮の言うことに、ムッと志岐が動きを止めるが、次にシャツの中に手を入れてきた。
「あ、ちょ……待て……ここ外だぞ……」
「蓮さん、肌、気持ち良い……シェフが舐めたがるのわかる……」
蓮の腹を弄りながら、志岐の息が荒くなっていく。
「ま、待て待て、バルドが舐めるのは……そう言う意味じゃなくて……」
「他の男の名前出さないでくださいよ……」
「他の男って……おい、まっ……そこ、やめっ……ぁ……バ、バルド!おい、バルド!聞こえてんだろ!」
裏口を開ければすぐに厨房だ。蓮は大声でバルドに助けを求めた。
ーガチャー
「蓮?どうした…………ふぁっ?!」
裏口を開けたバルドは、すぐ横で志岐に襲われ頬を染めている蓮を見て、一瞬固まった。
「わ、悪い……」
そして、ソッと扉を閉めようとする。
「いや、なんでだ童貞!助けろよ!」
「童貞関係ないだろ……け、毛繕いじゃないのか……?」
「違うわっ!」
蓮とバルドのやりとりに、志岐はギュッと蓮に抱きつき、バルドに牽制の視線を送る。
蓮は、さっきの雄みが無くなり、急に子供っぽい独占欲を見せた志岐に少しホッとする。
しかし、身動きの取れない状態は、どうにかしてくれないかとバルドに視線を向けた。
ーバキョッー
聞き慣れない破壊音がしたかと思ったら、バルドが壁のレンガを握りつぶしていた。
一瞬、志岐に対して、唸るような声と鋭い視線を向けたバルド。
志岐は別の意味で蓮にしがみつき、蓮も同様に志岐にしがみついた。
「あ、まずい……壊しちまった……」
(いや、こえぇし……)
慌ててレンガを拾い出すバルドに、志岐はゴクリと唾を飲み込んで、拳を握りながら立ちはだかった。
「し……シェフ!俺、蓮さんに童貞捧げるんで!シェフの童貞は、別の人にお願いします!」
ゆっくりと、バルドは顔を上げた。
(まずくね?)
蓮は立ちはだかっている志岐の腕を引き、ソッと後ろに下げようとするが、振り払われてしまった。
「バ、バルド、若気の至りだ。あとから黒歴史になるから、本気で怒ってやるなよ……」
「ダメだ……」
「い、いや、志岐も気の迷いだから……」
「ダメだ、ダメだダメだ!志岐!」
バルドがガシッと志岐の肩を掴む。
志岐はビクッと体を震わせ、ギュッと目を瞑った。
「童貞は、大事にしないとダメだ!」
(はぁ?)
「簡単に手放すなんてダメだ。もっと自分を大事にしろ」
バルドは優しく志岐を抱きしめ、優しく頭を撫でてやっている。
(いや、お前はそろそろ手放せ?)
バルドの言動に、蓮は半眼になった。
「ふっ……うぇっ……ふえぇっ……シェフ~……俺、俺……」
「志岐っ!」
きっと怖かったのだろう、ぐずぐずと泣き出した志岐をバルドは強く優しく抱きしめていた。
蓮はため息を吐きながらも、ポンポンと志岐の頭を撫でてやる。
「志岐、もう帰れ。ゆっくり寝てまた明日だ」
蓮にそう言われ、鼻を啜りながら、志岐は帰って行った。
裏口から厨房に入ると、粉が舞っていた。
「なんか作ってたのか?」
「あ、あぁ、作ろうと思ってたんだけどな……」
「あ、邪魔したか」
「いや……上手くいかなくて……」
バルドは壊したレンガの破片を持ちながら、困った顔をしていた。
(……何からつっこめばいい…………)
「あー、レンガ、まず置け。志岐に殴りかかるのかと思ったぞ」
「そんなことはしない。なんか……怒りが湧いたんだ」
「…………へー、ふーん?」
バルドの言葉に、蓮はニヤニヤが止まらない。
「俺を、取られたくなかった?」
「……いや、志岐が蓮に抱きついてずるいと思った……。薫さんも、蓮に触ってて嫌だった」
「素直じゃないか。よしよし」
蓮は、ポツポツと話すデカいライオン獣人の頭に手を伸ばして、ポンポンと志岐にしたように撫でてやった。
蓮が近づいたからか、バルドの鼻がピクリと反応する。
「蓮、匂い嗅がせてくれ。首筋……」
「……どうしよっかな~」
「またそれか……もうマフマフ無いんだ、頼む」
「…………おい……待て、マフマフの代わりか?」
「………………」
「………………」
パサりと、調理台に乗っていたファラの粉の袋が音を立てた。
「…………まさか……」
「返事遅ぇよ!マジか、そうだったのか……あ~ぁ」
蓮は調理台に両手をついて、項垂れた。調子に乗っていた自分が馬鹿みたいだとため息を吐く。
(俺に惚れたこと認識したんじゃないのかよ……)
「蓮……」
そんな蓮を後ろから抱きしめ、バルドは首筋に顔を埋めてきた。
「やめろ」
「無理だ……本能なんだ……こんなに匂いを嗅ぎたくなるのは蓮だけだ……」
ペロリと、バルドの舌が蓮の首筋に触れる。
「んっ……」
「蓮も気持ち良いだろ?」
「んんっ……んふっ……」
バルドは後ろから手を回して、蓮のシャツのボタンを外し、上半身を裸にした。肩から肩甲骨まで舌を這わしながら、調理台へと蓮を押し付けていく。
「バルド……粉まみれになる……んぁっ……あぁっ……」
「ふっ……ふぅっ……後でシャワー浴びていけばいい……」
「あ?……んはっ……ぁっ……その意味、分かってんのか?」
「あぁ……俺の部屋のを貸してやる……」
そう言いながら、腰骨のホクロを舐め出すバルドに、蓮は力を抜いた。
「……………………もぅ、好きにしろ……」
蓮を舐めていると体が熱くなる。抗えないくらいの衝動で、蓮を傷つけそうになるから必死に力加減をしている。
「細い……柔らかい……舌触り……最高……あぁ……蓮……蓮……」
腹の中から湧き上がる熱がたまらなく蓮の肌を求めている。
バルドの息は熱く、頭の中にモヤが掛かったようにぼーっとしてきた。
指先まで熱く感じ、蓮の腰を掴んで引き寄せ、背骨を舐める。
「あぁっ……バルド……手熱い……ぁんっ……大丈夫か?」
振り向きながら心配してくる蓮の顔が蕩けていて、バルドは喉を鳴らす。クルリと蓮の体をひっくり返し、乳首に吸い付いた。
「あぁぁんっ……い、きなり……あっ……んんっ……」
「蓮、粉だらけだな……」
「お前のせい……あんっ……」
バルドの口にも粉がつき、それを舌で舐める。それを見て、蓮はゴクリと息を呑んだ。
「バルド……もっと……」
「あぁ……」
乳首に歯を当てながら吸い付けば、蓮の身体はビクビクと跳ね、粉を巻き上げた。
その反応に、バルドの体はどんどんと熱を持っていく。
「はぁ、熱いな……」
「バルド……大丈夫か……」
「あぁ……ぁつい…………」
バルドの動きが止まり、蓮は本気で心配して体を起こしバルドに触れる。
「おい……」
「……そうか、わかった。熱くするのか」
「は?……おい、もしかして……」
蓮が察した通り、バルドはニカッと笑ってコンロに向かった。
蓮は粉まみれの体で、じっとりとバルドに視線を向ける。
大量の油を鍋に入れ、バルドはコンロに火をつけた。
「そんな大量の油温めたら火事になるぞ」
「俺は火魔法が使える。万が一でも大丈夫だ」
「……また物騒だな…………」
魔鳥卵の白い部分をボールに泡立て、ファラの粉を混ぜた。
そこにシュワン水を加えて混ぜていく。
「おい、酒の割材だ。粉に混ぜるならただの水にしろよ」
「シュワン水の方が食感が良くなると思う」
そんなことを言いながら、魔鳥の肉を削ぎ切りにして、ボールの中に入れ込んでいく。
コンロでは、油がパチリと音を立てていた。
「もう良いかな」
バルトがボールの液体を少し油に垂らすと、ジュワッと音がして、すぐに固まった。
「よし」
次々と油の中に魔鳥の肉を入れていくバルド、入れるたびにジュワジュワと音が大きくなって、蓮はハラハラとする。
「おい、本当に火事になんないだろうな」
「大丈夫だ。良い色になってきた」
油から出した肉は、綺麗な黄金色になっていて、ふわりと香る香りも、油っぽくない香ばしいものだった。最後にと、バルドはカルを振りかけて、蓮に差し出した。
「熱いぞ」
蓮はそっとフォークを持ち、黄金色の肉に刺す。
サクッと刺さった後、中から肉汁が溢れた。
ゴクリと唾を飲み込んで、フーッと息を吹きかけ冷ましてから口に運ぶ。
「あっつ……うまっ……はふっ……もっと油を感じるかと思ったけどサクサクだな」
「あぁ、失敗したのはベトベトで、多分油の量と温度が足りなかったんだ。蓮を舐めると熱くなってくるからな。油も限界まで熱くしてみたら上手くいった」
ハフハフと口の中で冷ましながら食べる蓮の顔は綻んで、それを見たバルドも破顔する。
また蓮にヒントをもらったと嬉しそうだ。
蓮はバルドの笑顔に、体に燻る熱を感じ、ねだるような視線を向けて、呟く。
「……なぁ、俺もまだ熱いんだけど……」
「そうだな、何か冷たいワインで合わせたいな」
「あ?……あーもう、待ってろ」
サラッと通常運転のバルドに、蓮は諦め、ワイン蔵からよく冷えているワインを一本持ってきた。
「ヒュイコスの泡だ。口当たり良く軽く飲める」
ポンッと栓を抜いて、グラスに注いだワインは、薄いピンク色で気泡が浮く。
バルドは一口飲み、目を見開いた。
「口に残った油が消えたな。後から爽やかな香りがするのに、鶏の旨みを消してない」
「だな、思った通り。最高のマリアージュだ」
次の日、志岐とチェシュにも魔鳥のフリットとヒュイコスのワインの試食が振る舞われた。
「シュワシュワするにゃん。舌が痺れる……」
「はっ、子供だな」
「むっ、もう成人だにゃん。この美味しさもわかるにゃん」
舌で弾ける感触に驚くチェシュをからかえば、グビッとワインを飲み干した。
志岐はフリットを食べ、美味しいとバルドに笑顔を向けている。
「悪いな、志岐にはシュワン水だ」
「はい、大丈夫です。俺、ゆっくり大人になるんで。一緒に童貞守りましょうね、シェフ」
そう言ってバルドを見上げ志岐は笑う。
「あぁ!」
バルドもニカッと笑いを返した。
「あぁ、じゃねぇ!」
「そうだにゃん。そっちは早くくっつくにゃん!」
蓮とチェシュは同時にツッコミを入れ、その瞬間だけ心の中で握手をした。
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