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『怖い上司が、家では俺を褒め殺してくる』 怜士 × 遥斗 #3
##3
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夜。
「遥斗」
低い声で名前を呼ばれる。
それだけで、遥斗の背筋が甘く震えた。
会社では、まだ時々「橘」と呼ばれる。
会議中も、営業先でも、怜士は完璧な上司の顔を崩さない。
でも、この家では違う。
怜士の声は、遥斗だけに向けられる。
仕事の指示ではなく、恋人を呼ぶ声になる。
「……怜士さん」
そう呼ぶと、怜士の目が少しだけ柔らかくなった。
「やっと呼んだな」
「っ、まだ慣れないんです……♡」
「慣れろ」
命令みたいな声。
けれど、以前のような上司の命令ではない。
遥斗を怖がらせるためではなく、逃げ道を整えて、そこから甘やかすための声だった。
****
怜士の指が、遥斗の頬に触れる。
「顔色は悪くない」
「また確認ですか……」
「当然だ」
「仕事じゃないのに」
「仕事なら、ここまで触れない」
その言葉に、遥斗の顔が一気に熱くなった。
怜士は本当にずるい。
普段は冷静で、言葉も少ないくせに、こういう時だけ逃げ場のないことを言う。
「遥斗」
「はい……♡」
「返事はいい」
「癖で……っ」
「今は部下じゃない」
怜士の親指が、遥斗の唇をなぞる。
「俺の恋人だ」
胸が甘く締め付けられる。
その一言だけで、遥斗はもう駄目になりそうだった。
「っ……怜士さん♡」
「そうだ」
怜士が、満足したように目を細める。
「その呼び方でいい」
キスが落ちる。
静かで、深い。
命令みたいに始まるのに、触れ方は驚くほど丁寧だった。
「んっ……♡」
息を奪われる。
怜士の手が、遥斗の腰を支える。
倒れないように。
逃がさないように。
大事に囲い込むように。
「遥斗、息」
「っ、してます……♡」
「浅い」
「怜士さんのせいです……♡」
「なら、俺が整える」
そう言って、またキスされる。
整えるどころか、余計に乱される。
「ん、ぁ……♡」
遥斗は怜士のシャツを掴んだ。
仕事の時は絶対に触れられない距離。
完璧な上司のネクタイ。
きっちり留められた襟元。
その全部が今、自分の指先で乱れていく。
「遥斗」
怜士の声が少し掠れた。
「ネクタイ」
「え……?」
「外せ」
遥斗の心臓が跳ねる。
「俺が、ですか」
「ああ」
「っ……命令ですか」
「違う」
怜士は、遥斗の目を見た。
「頼んでる」
その方が、ずっとずるかった。
遥斗は震える指で、怜士のネクタイへ触れた。
結び目を緩める。
するりと布がほどける。
怜士の喉が見える。
いつも完璧に閉じている男が、自分の手で少しずつ崩れていく。
それだけで、胸が熱くなる。
「……怜士さん」
「何だ」
「本当に、俺でいいんですか」
言った瞬間、怜士の目が鋭くなった。
しまった、と思った。
自分を下げるな、と。
怜士が選んだ相手を、自分自身が粗末にするな、と。
「遥斗」
低い声。
「また言ったな」
「……すみません」
「謝るな」
怜士の手が、遥斗の顎を持ち上げる。
「訂正しろ」
「え……」
「俺でいいのか、ではない」
怜士の目が、まっすぐ遥斗を見る。
「俺が、お前を選んだ」
胸の奥が震える。
「言え」
「……怜士さんが」
「続けろ」
「俺を、選んだ……♡」
「そうだ」
怜士は満足そうに頷く。
「いい子だ」
その言葉に、身体の奥が甘く震えた。
「っ……♡」
遥斗は思わず顔を背ける。
「今の、ずるいです……」
「何が」
「褒められると、力抜けるんです……♡」
「知ってる」
即答だった。
「知ってて言うんですか」
「当たり前だ」
怜士が、遥斗の耳元へ唇を寄せる。
「お前は、ちゃんと褒められるべきだ」
低い声。
「仕事も」
唇が首筋に触れる。
「生活も」
肩へキスが落ちる。
「俺を好きでいることも」
遥斗の身体が震える。
「全部、よくやってる」
「っ……そんな、言い方……♡」
「足りないくらいだ」
怜士の手が、遥斗を抱き寄せる。
「もっと褒めてやる」
その声に、遥斗の理性が甘く溶けていく。
****
怜士は、遥斗をベッドへ横たえた。
無駄のない動き。
でも、仕事中の冷たい正確さではない。
枕の位置を直し、遥斗の髪を払って、身体に負担がかからないよう丁寧に支える。
「痛くないか」
「大丈夫です……♡」
「苦しかったら言え」
「はい……♡」
「我慢したら叱る」
「そこは恋人らしくないです……♡」
「お前が我慢するからだ」
怜士は真顔だった。
遥斗は少し笑ってしまう。
怖い上司だった人。
でも今は、誰より自分の体調と表情を見てくれる恋人。
厳しいのに、優しい。
命令するのに、必ず逃げ道を残してくれる。
「遥斗」
「はい」
「返事はいいと言っただろ」
「っ、また……」
「でも、今のは悪くない」
怜士の指が、遥斗の手を絡め取る。
「俺の声に反応するのは、好きだ」
遥斗の顔が熱くなる。
「怜士さん……っ♡」
「そうやって呼べ」
怜士の身体が近づく。
熱が重なる。
「俺だけに聞こえる声で」
その瞬間、深く触れられた。
「ぁっ……♡」
遥斗の背が跳ねる。
怜士はすぐに抱き締める。
「大丈夫」
「っ、はい……♡」
「いい子だ」
また。
その言葉。
褒められるたび、身体の奥が甘く緩む。
会社では、叱られて、直して、必死に追いつこうとしていた。
ミスを指摘されるたび、自分はまだ足りないと思っていた。
でも怜士は、努力も、失敗も、全部見ていた。
そのうえで、選んでくれた。
だから。
「怜士さん……♡」
「何だ」
「もっと、褒めて……♡」
言った瞬間、自分で顔が熱くなった。
でも怜士は笑わなかった。
からかいもしなかった。
ただ、少しだけ目を細める。
「言えたな」
「っ……♡」
「偉い」
低い声。
それだけで、遥斗は泣きそうになる。
「お前は、いつも頑張ってる」
ゆっくり奥を撫でられる。
「ぁ……♡」
「俺の前でだけは、無理をするな」
また深く。
「っ♡ ん、ぁ……♡」
「甘えろ」
「っ、怜士さん……♡」
「そうだ」
怜士の声が熱を帯びる。
「俺に甘えろ」
遥斗は、怜士の首へ腕を回した。
「甘え方、分かんないです……♡」
「教える」
「仕事みたいに……言う……♡」
「お前に必要なことなら、何でも教える」
「っ♡」
その言い方が、あまりにも怜士らしい。
厳しくて、真面目で、少し不器用で。
でも、全部自分のため。
「まず」
怜士が耳元で言う。
「苦しい時は、苦しいと言え」
「はい……♡」
「欲しい時は、欲しいと言え」
「っ……♡」
「褒めてほしい時は、今みたいに言え」
遥斗の身体が大きく震える。
「ぁっ♡」
「できるな」
「っ、でき……ます……♡」
「よし」
また褒められる。
そして、奥を深く突き上げられる。
「ぁ♡♡」
頭が真っ白になる。
命令と褒めが、同時に身体の奥へ染みていく。
「怜士さん、やば……っ♡」
「何が」
「声、が……♡」
「俺の声が好きか」
「っ、はい……♡」
「素直でいい」
もう駄目だった。
褒められるたびに、理性がほどける。
怜士に認められたい。
怜士に見てほしい。
怜士の隣に立ちたい。
そんな気持ちが、全部甘い熱になって返ってくる。
****
「遥斗」
「っ、はい……♡」
「今は、何が欲しい」
問いかけられて、遥斗は目を潤ませた。
言うのは恥ずかしい。
でも、言わなければ怜士は待つ。
この人は、厳しいくせに、自分の言葉を必ず待ってくれる。
「……怜士さんに」
「うん」
「もっと、近くにいてほしい……♡」
怜士の目が揺れた。
「それでいい」
そう言って、深く抱き込まれる。
胸が重なる。
体温が近い。
鼓動まで聞こえる。
「足りない時は、そう言え」
「はい……♡」
「俺は、お前に言われなければ分からないこともある」
意外な言葉だった。
遥斗は目を開ける。
怜士は、ほんの少しだけ苦しそうに笑った。
「完璧ではないからな」
「……怜士さんが?」
「お前のことになると、特に」
その言葉に、胸が熱くなる。
「俺も、分からないことだらけです……♡」
「なら、一緒に覚えればいい」
深く、静かに突き上げられる。
「あっ♡」
「お前が無理をしない触れ方も」
また。
「ぁ♡♡」
「甘えやすい言葉も」
もう一度。
「っ♡♡」
「俺の生活に、どう迎えれば安心するかも」
涙が滲む。
この人は本当に、自分を生活ごと大事にしようとしている。
仕事だけじゃない。
夜だけじゃない。
朝食も、睡眠も、帰宅時間も、全部。
「怜士さん……♡」
「何だ」
「俺、ちゃんと帰る場所になれてますか……♡」
怜士の動きが止まった。
それから、強く抱き締められる。
「もうなっている」
低い声。
「お前がいるから、俺は帰る」
遥斗の胸が震えた。
「っ……♡」
「仕事を終わらせようと思う」
額へキス。
「飯を食おうと思う」
頬へキス。
「眠ろうと思う」
唇へキス。
「お前がいる生活を、続けたいと思う」
その言葉で、遥斗は完全に崩れた。
「っ、怜士さん……♡」
「遥斗」
「すき、です……♡」
怜士の呼吸が乱れる。
普段、冷静すぎるくらい冷静な男が、遥斗の一言で揺れる。
それが嬉しくて、苦しくて、さらに熱が上がる。
「もう一度」
「好き……怜士さん、好き……♡」
怜士の腕に力がこもる。
「俺もだ」
短い。
でも、深い。
「お前が好きだ」
その言葉と同時に、奥を強く突き上げられた。
「ぁっ♡♡♡」
身体が跳ねる。
「遥斗」
「っ♡ はい……♡」
「俺を見ろ」
視線を合わせる。
逃げられない。
怖くない。
怜士に見られることが、今はこんなに嬉しい。
「その顔を、俺に見せろ」
「っ……♡」
「俺だけが見たい」
普段は理性的な怜士の声に、独占欲が滲む。
その瞬間、遥斗の奥が甘く弾けた。
「ぁ……っ♡♡ 怜士さん……!」
身体が大きく震える。
怜士がすぐに支えてくれる。
「大丈夫」
低い声。
「受け止める」
遥斗は怜士にしがみついたまま、力を抜いた。
落ちてもいい。
この人なら、落としてくれない。
そう分かっていた。
****
しばらくして。
遥斗は怜士の腕の中で、ぼんやり息を整えていた。
怜士が水を差し出す。
「飲めるか」
「……はい」
「少しずつ」
「本当に、管理が細かいです……」
「嫌か」
遥斗は首を振った。
「嫌じゃないです」
「なら続ける」
「即答ですね」
「お前が無理をする癖は、簡単には直らない」
怜士は淡々と言う。
「だから、俺が見る」
遥斗の胸が温かくなる。
「……俺も見ます」
怜士が目を向ける。
遥斗は、少し恥ずかしくなりながら続けた。
「怜士さんが仕事ばっかりになってないか」
「うん」
「ちゃんとご飯食べたか」
「うん」
「ちゃんと帰ってきたか」
怜士の表情が柔らかくなる。
「それは助かる」
「俺が帰る場所なんですよね」
「そうだ」
「なら、俺も怜士さんを帰らせる係です」
怜士は少しだけ笑った。
「係か」
「大事な役目です」
「そうだな」
怜士が、遥斗の髪へ口づける。
「頼む」
その言葉に、遥斗は胸がいっぱいになった。
頼まれた。
完璧な怜士に。
自分が。
「……はい」
小さく答える。
「任せてください」
怜士の腕が、遥斗を抱き締め直した。
****
朝。
カーテンの隙間から光が差し込んでいた。
遥斗が目を覚ますと、隣に怜士がいた。
珍しく、まだ眠っている。
きちんとしていた髪が少し乱れ、眉間の皺もない。
会社では絶対に見られない顔だった。
遥斗は、そっとその顔を見つめる。
完璧な上司。
怖い部長。
自分を叱って、正して、認めてくれた人。
そして今は、自分の隣で眠る恋人。
「……怜士さん」
小さく呼ぶと、怜士が目を開けた。
「遥斗」
寝起きの声。
低くて、少し掠れている。
それだけで、遥斗の胸が甘く震える。
「おはようございます」
「おはよう」
怜士の手が、自然に遥斗の頬へ伸びる。
「体調は」
「朝一番にそれですか」
「重要だ」
「大丈夫です」
「無理していないな」
「してません」
怜士は少しだけ目を細めた。
「ならいい」
遥斗は笑ってしまった。
「怜士さん」
「何だ」
「朝ごはん、作ります」
「今日は俺が作る」
「え、でも」
「お前は昨日、よく甘えた」
遥斗の顔が一気に赤くなる。
「言い方!」
「事実だ」
「朝から言わないでください!」
怜士は、少しだけ笑った。
「なら、別の言い方にする」
「はい?」
怜士は遥斗の額へ口づけた。
「よく俺のところに帰ってきた」
胸が、甘く詰まる。
「……それも、朝からずるいです」
「そうか」
「そうです」
遥斗は布団の中で、そっと怜士の手を握った。
「怜士さん」
「何だ」
「今日も、帰ってきてくださいね」
怜士の目が、静かに柔らかくなった。
「ああ」
短い返事。
でも、迷いはなかった。
「お前のところへ帰る」
遥斗は笑った。
もう、自分を下げる言葉は言わなかった。
怜士が選んだ相手として。
怜士が帰る場所として。
そして、自分も怜士の隣へ帰る人として。
今日も、二人の生活が始まっていく。
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