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『負けたくないのに、抱かれるたび好きになる』 零一 × 優牙 #1
##1
獅堂零一(しどう・れいいち)は、昔から気に入らなかった。
いつも一位。
いつも余裕。
教師にも、後輩にも、同級生にも、同じ顔をする男。
なのに。
俺にだけは、違う。
****
「獅堂くん、今日空いてる?」
放課後の教室で、女子が零一へ声をかけていた。
零一は机に鞄を掛けながら、いつもの涼しい顔で答える。
「悪い、無理」
「じゃあ明日――」
「優牙、帰るぞ」
女子の言葉を最後まで聞かず、零一は教室の後ろを見た。
そこにいたのは、俺。
藤咲優牙(たちばな・はると)。
「は? まだ帰んねぇ」
「補習終わっただろ」
「購買行く」
「焼きそばパン、残り一個」
「走るぞ」
「最初からそう言え」
女子たちが呆れた顔をする。
「また藤咲くん優先だ」
「獅堂くん、藤咲くんが絡むと分かりやすいよね」
「もはや夫夫では?」
「違ぇ!!」
俺が怒鳴る横で、零一は笑っていた。
それが、やけに楽しそうで腹が立つ。
こいつはいつもそうだ。
他人には完璧な顔をするくせに、俺の前だけ少し子供みたいに笑う。
その特別扱いが腹立つ。
腹立つのに、嫌じゃない自分がもっと腹立つ。
****
掲示板前。
学年順位が貼り出されていた。
一位、獅堂零一。
二位、藤咲優牙。
また一点差。
「惜しかったな」
零一が横から覗き込んでくる。
俺は順位表を睨んだ。
「次は勝つ」
「毎回言ってる」
「毎回本気で言ってる」
「知ってる」
零一が肩を揺らして笑う。
その余裕がムカつく。
「お前さ」
「ん?」
「俺以外に勝っても嬉しそうじゃねぇよな」
その瞬間、零一が少し黙った。
「嬉しくねぇからな」
「……は?」
「優牙に勝つから意味がある」
心臓が跳ねた。
零一は、さらっとそういうことを言う。
こっちは勝手に揺れる。
それがまた気に入らない。
「じゃあ俺が見てない勝負は?」
「どうでもいい」
「教師に怒られるレベルで手抜いてたの、そういうことかよ」
「あれは手抜きじゃない」
「何だよ」
「優牙が見てないと、燃料が足りない」
「意味分かんねぇ!!」
周囲がざわつく。
「また始まった」
「今日も仲いいな」
「一位と二位、距離バグってる」
「バグってねぇ!!」
怒鳴ったのに、零一は嬉しそうに笑っていた。
本当に、腹立つ男だ。
****
体育祭。
リレーのアンカー決めで、クラスは揉めていた。
「獅堂だろ!」
「いや藤咲も速い!」
「どっちが出ても勝てるけど、どっちも引かないだろ!」
「俺が走る」
「いや、俺だ」
俺と零一の声が重なった。
視線がぶつかる。
周囲がため息を吐いた。
「もう二人で走れよ」
「それリレーじゃなくて戦争だろ」
「付き合えよもう」
「「付き合ってねぇ!!」」
また声が揃った。
零一が吹き出す。
「ほんと息合うな」
「うるせぇ」
零一が近づいてくる。
顔が近い。
「勝負する?」
「望むところだ」
「負けた方、言うこと一個聞く」
「いいぜ」
零一が少し笑った。
「じゃあ俺が勝ったら、優牙に名前で呼ばせる」
「は?」
「零一って」
一瞬、言葉に詰まった。
その隙を見逃さず、零一が楽しそうに目を細める。
「照れた?」
「照れてねぇ!!」
「顔赤い」
「日差しだ!!」
周囲が爆笑する。
俺は本気で殴りたくなった。
でも、同時に思った。
零一が俺にだけ、こういう馬鹿みたいな勝負を仕掛けてくるのが、少し嬉しい。
本当に最悪だ。
****
屋上。
模試前の放課後、俺は缶コーヒーを零一へ投げた。
零一は片手で受け取る。
「珍しい。奢り?」
「購買で二本買っただけ」
「俺の分まで?」
「うるせぇ。一本余ったんだよ」
「優牙のそういう嘘、嫌いじゃない」
「嘘じゃねぇ」
零一は笑いながら缶を開けた。
風が強い。
フェンスへ寄りかかる零一の制服が揺れる。
俺は隣に立ち、同じように缶を開けた。
「優牙」
「何だよ」
「最近、俺のこと見すぎ」
「は?」
「授業中も、試合中も、順位表の前でも」
図星だった。
でも認めるわけがない。
「お前が視界に入ってくるだけだ」
「へぇ」
零一が笑う。
「嬉しい」
「キモ」
「優牙」
その声が少し低くなった。
ふざけた調子が消える。
「俺、お前にだけは負けたくねぇ」
「……っ」
「でも、お前にだけは認められたい」
零一が俺を見る。
いつもの余裕が、少しだけ崩れていた。
その顔を見た瞬間、胸が変な音を立てた。
「何だよ、それ」
「本音」
「急に本音出すな」
「優牙相手だと、隠すの面倒になる」
零一の手が伸びて、俺の手首を掴む。
逃げようと思えば逃げられる。
でも逃げなかった。
「他の奴を見てる優牙、嫌い」
「……は?」
「俺を見てろよ」
声が低い。
独占欲むき出しだった。
なのに、嬉しいと思ってしまう。
俺は本当に終わっている。
「何で命令されなきゃいけねぇんだよ」
「勝負だから」
「何の勝負だ」
「優牙が俺から目を逸らさない勝負」
「お前、頭おかしいだろ」
「優牙限定でな」
胸が熱くなる。
腹が立つ。
でも、たぶん。
俺も同じくらい、おかしい。
****
夜。
零一の家。
模試の勉強をするという名目で泊まりに来ていた。
昔から、勝負のあと何となく一緒にいることが多かった。
テスト前も、体育祭後も、喧嘩した日も。
気づけば、零一の部屋には俺用のクッションと、俺が置いていった参考書がある。
「優牙」
「何」
「成人したら、雄女化する?」
いきなりの言葉に、シャーペンの先が止まった。
雄咲市では、成人後に雄女になることができる。
身体が変わる。
声も少し柔らかくなる。
婚姻も、家族を持つこともできる。
俺は、考えたことがなかったわけじゃない。
でも、それを零一に聞かれると、妙に落ち着かない。
「知らねぇ」
「そっか」
「何だよ」
「俺は、優牙がどっちでも好き」
息が止まりそうになる。
零一は、当然みたいな顔で言った。
「でも」
「でも何だよ」
「雄女化したら、絶対反則だと思う」
「は?」
「勝負にならないくらい」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「殺す」
「その反応も好き」
「黙れ」
零一は笑う。
でも、その目は少し真剣だった。
「優牙が誰かと結婚するとこ、想像したことある?」
「……何でそんなこと聞く」
「俺はある」
零一の声が低くなる。
「最悪だった」
心臓が跳ねる。
「知らない奴が、優牙の隣にいる」
「……」
「優牙がそいつの名前呼ぶ」
零一が眉を寄せた。
「無理」
普段は何でも勝ち取るみたいな顔をしている男が、今だけ本気で嫌そうだった。
それを見て、俺の胸の奥が熱くなる。
「俺も」
声が漏れていた。
零一がこっちを見る。
「零一が、誰かのものになるの想像した」
「どうだった?」
「最悪」
零一が少しだけ笑った。
でも茶化さなかった。
「じゃあ、同点だな」
「何が」
「独占欲」
「勝手に勝負にすんな」
「じゃあ、優牙」
零一が距離を詰める。
「この勝負、続ける?」
俺は、逃げなかった。
「負ける気はねぇよ」
「俺も」
初めてのキスは、勝敗なんて分からないくらい不器用だった。
けれど、零一の手が少し震えていたことだけは、はっきり覚えている。
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