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『負けたくないのに、抱かれるたび好きになる』 零一 × 優牙 #2

##2 **** 成人後、雄咲市では本人の申請で雄女化手術を受けられる。 専門医から説明を受け、子宝の実を体内に癒着させることで、子を宿すための疑似器官が形成される。 身体は少し中性的に変わり、体力の変化や発情期も起きる。 説明を聞いて、怖くなかったと言えば嘘になる。 でも、逃げる気はなかった。 俺は、“子宝の実”を選んだ。 零一に負けたからじゃない。 零一のものになるためでもない。 あいつと同じ未来で、真正面から勝負するためだ。 恋人として。 夫夫になる相手として。 それでも、ライバルとして。 俺は、自分でこの土俵に上がると決めた。 **** 処置後、鏡を見た。 身体の線は、前より少し柔らかい。 肌の質感も変わり、声にもわずかな甘さが混じっている。 それでも、鏡の中にいるのは俺だった。 藤咲優牙。 獅堂零一にだけは負けたくない男。 その事実だけは、何も変わっていない。 「……上等だ」 俺は鏡の中の自分を睨んだ。 体力が落ちるかもしれない。 発情期に振り回されるかもしれない。 今まで通りにいかないことも増えるかもしれない。 でも、それで負けたことにはならない。 この身体で零一の隣に立つ。 この身体で零一と喧嘩して、勝負して、同じ家へ帰る。 それを選んだのは、俺だ。 **** とはいえ。 いざ零一に会うとなると、胸の奥が妙に落ち着かなかった。 零一は、どっちでも好きだと言った。 でも本当に? 優しくされるだけになったら。 守られるだけになったら。 勝負相手ではなく、壊れ物みたいに扱われたら。 それが一番嫌だった。 俺は零一に大事にされたい。 でも、手加減はされたくない。 夫夫になるとしても、勝負を降りるつもりはない。 **** 待合室を出ると、零一が廊下に立っていた。 いつも通り、背筋が伸びている。 無駄に顔がいい。 無駄に落ち着いている。 見ただけで腹が立つくらい、いつもの獅堂零一だった。 「……零一」 声をかけると、零一がこちらを向いた。 その瞬間、零一の目が止まった。 本当に、止まった。 俺は思わず身構える。 「……何だよ」 零一は何も言わない。 ただ、俺を見ている。 その視線が、いつもよりずっと真剣で、胸の奥がざわついた。 「言いたいことあるなら言えよ」 「……最悪」 「は?」 零一が、片手で口元を覆った。 「これ、俺の負けだろ」 「何言ってんだよ」 「勝負になんねぇ」 「だから何の勝負だ!」 零一は、ようやく息を吐いた。 そして、少しだけ悔しそうに笑った。 「反則」 その一言で、顔が一気に熱くなった。 「反則って何だよ!」 「今までだって散々反則だったのに」 「誰がだ!」 「優牙」 即答だった。 俺は言葉に詰まる。 零一は一歩近づいた。 でも、触れる前に止まる。 「でも、手加減はしない」 その言葉に、俺は息を止めた。 零一が、真っ直ぐ俺を見る。 「優牙がこの身体で勝負するって決めたなら、俺も本気で受ける」 胸が、変な音を立てた。 欲しかった言葉だった。 綺麗だとか、可愛いだとか、守るとか。 そういう言葉より先に、零一にだけはそう言ってほしかった。 「……当たり前だろ」 俺は、わざと強く睨み返した。 「手加減なんかしたら、ぶん殴る」 「するわけない」 零一は笑った。 「むしろ困ってる」 「何が」 「本気で勝ちたいのに、見てるだけで負けそうになる」 「……っ、そういうことを言うな!」 「本音だから」 「本音ならなおさら言うな!」 廊下の空気が、少しだけ緩む。 いつもの言い合い。 いつものテンポ。 それが戻ってきた瞬間、俺はやっと少し息ができた。 変わった。 でも、変わっていない。 零一は俺を勝負相手として見ている。 そのことが、悔しいくらい嬉しかった。 **** 数日後。 俺と零一は、婚姻申請の説明を聞きに行った。 雄咲市では、雄女化手術を受けた後、専門医の術後確認を経て、婚姻や同居に関する手続きへ進むことができる。 発情期や体力変化の説明まで書類に並んでいて、正直、現実感がありすぎて少し腹が立った。 恋とか、勝負とか、そういう熱だけでは済まない。 これからは、生活ごと零一と向き合うことになる。 「優牙」 隣で零一が書類を見ながら言った。 「何だよ」 「発情期前後の無理な運動は控えろって書いてある」 「読むな!」 「重要だろ」 「俺も読める!」 「読んでも無理するだろ」 「決めつけんな」 零一は、真顔でこっちを見る。 「無理するだろ」 「……するかもしれない」 「ほら」 「勝ち誇るな!」 零一は少し笑った。 「じゃあ、そこも勝負にするか」 「何を」 「どっちが先に相手の無理に気づくか」 「生活まで勝負にすんな」 「するだろ、俺たちなら」 言い返せなかった。 たぶん、する。 俺は書類に視線を落とした。 婚姻予定。 同居予定。 夫夫。 その文字が、妙に熱を持って見える。 昔なら笑い飛ばした言葉が、今は零一の隣で現実になっている。 腹立たしい。 でも、悪くない。 **** 雄女化を選んだ時点で、俺はもう勝負を降りられない。 いや、違う。 降りる気なんて最初からなかった。 零一と暮らすなら、家も、生活も、未来も、全部勝負にしてやる。 そう思っていたら、本当に家探しまで勝負になった。 **** 新居探しは、開始五分で勝負になった。 「優牙、条件を三つ出せ」 「何でお前が仕切ってんだよ」 「先に理想物件を見つけた方が勝ち」 「家探しを競技にすんな」 「逃げるのか?」 「乗った」 不動産屋の担当が、笑っていいのか困っている顔をした。 机の上には間取り図が何枚も並んでいる。 零一は赤ペンを持ち、俺は青ペンを持った。 なぜか完全に採点形式だった。 「この部屋、俺の勝ち筋が見える」 「生活に勝ち筋とか持ち込むな」 「リビングが広い。ここで模擬問題も、筋トレも、口喧嘩もできる」 「最後いらねぇだろ」 「優牙が怒鳴っても隣室に迷惑がかかりにくい」 「俺基準の防音やめろ!」 零一が楽しそうに笑う。 腹が立つ。 でも、悔しいくらい楽しかった。 「じゃあこっち」 俺は別の間取り図を叩いた。 「キッチンが近い。お前、勉強始めると飯忘れるだろ」 「優牙が作る前提?」 「俺が勝ったらな」 「負けたら?」 「お前が作れ」 「どっちにしても二人で食うんだな」 「っ……そういう拾い方すんな!」 零一の目が、少しだけ甘くなる。 その顔がまた腹立つ。 「寝室は?」 零一がさらっと言った。 俺は間取り図から顔を上げた。 「そこ、いきなり本丸に来るな」 「勝負の拠点だろ」 「言い方!」 「一つでいいな」 「決めつけんな」 「二つにしたら、どっちが先に相手の部屋へ行くか勝負になる」 「なるわけ……」 ない、と言い切れなかった。 零一が勝ち誇った顔をする。 「今、想像した」 「してねぇ!」 「じゃあ一つでいい」 「何でだよ!」 不動産屋の担当が、とうとう肩を震わせた。 俺は顔を熱くしながら間取り図へ視線を落とす。 生活の話をしているはずなのに、全部勝負になる。 でも、その勝負の先に、零一と同じ家へ帰る未来が見えている。 それが腹立つくらい、悪くなかった。 「零一」 「何」 「この物件で勝負だ」 「採用理由は?」 「俺が勝てそうだから」 零一が笑った。 「じゃあ俺もそこにする」 「は? 対抗しろよ」 「優牙が勝つつもりで選んだ家なら、俺も本気で勝ちに行ける」 胸が跳ねた。 俺は間取り図を掴んだまま、零一を睨む。 「……次は俺が勝つ」 「俺も負ける気はない」 家探しなのに、結局いつも通りだった。 勝って、負けて、煽って、言い返して。 その全部を、これから同じ家で続けていく。 たぶん、それが俺たちらしい夫夫になるということだった。 **** 夜。 帰り道。 駅前の明かりが、零一の横顔を照らしていた。 俺は少し遅れて歩きながら、昼間の書類のことを考えていた。 婚姻予定。 同居予定。 夫夫。 全部、少し前まで遠い言葉だった。 でも今は、零一の隣にある。 「優牙」 零一が振り返る。 「遅い」 「お前が早いんだよ」 「追いつけ」 「命令すんな」 そう言いながら、俺は零一の隣へ並んだ。 歩幅を合わせる。 昔からそうだった。 勉強でも、喧嘩でも、勝負でも。 俺が追いかける時もあれば、零一が待つ時もある。 そのたびに腹が立って、悔しくて、でも楽しかった。 「なあ、零一」 「何」 「俺、変わったか」 零一は少しだけ考えた。 そして、真面目な顔で言う。 「変わった」 胸が跳ねる。 「……どこが」 「書類の読み方が真剣になった」 「そこ?」 「あと、家探しで勝つ気が強くなった」 「元からだろ」 「それから」 零一が俺を見る。 夜の光の中で、その目だけがやけに真っ直ぐだった。 「俺と未来で勝負する覚悟が、前より見える」 言葉が出なかった。 零一は、たまにこういうことを言う。 俺が一番ほしい言葉を、平然と置いていく。 「……お前も変わった」 俺は、視線を逸らしながら言った。 「どこが?」 「俺に手加減しないとか言うくせに、ちゃんと見てるところ」 「前から見てる」 「分かってるよ」 だから腹が立つのだ。 零一は、俺が強がっている時も、負けたくない時も、本当は少し怖い時も、全部見ている。 そのうえで、勝負をやめない。 だから俺は、零一の隣でいられる。 「零一」 「うん」 「俺、夫夫になっても負けねぇから」 零一が笑った。 「俺も」 「生活でも勝つ」 「じゃあ俺は、優牙を幸せにする勝負で勝つ」 「っ、急に競技変えんな!」 「一番重要だろ」 「そういうとこだぞ!」 零一は楽しそうに笑った。 俺は顔を熱くしながら、その隣を歩く。 この身体で。 この意地で。 この男と。 恋人として、夫夫として、それでもライバルとして。 俺はこれからも、真正面から勝負する。

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