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『負けたくないのに、抱かれるたび好きになる』 零一 × 優牙 #2
##2
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成人後、雄咲市では本人の申請で雄女化手術を受けられる。
専門医から説明を受け、子宝の実を体内に癒着させることで、子を宿すための疑似器官が形成される。
身体は少し中性的に変わり、体力の変化や発情期も起きる。
説明を聞いて、怖くなかったと言えば嘘になる。
でも、逃げる気はなかった。
俺は、“子宝の実”を選んだ。
零一に負けたからじゃない。
零一のものになるためでもない。
あいつと同じ未来で、真正面から勝負するためだ。
恋人として。
夫夫になる相手として。
それでも、ライバルとして。
俺は、自分でこの土俵に上がると決めた。
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処置後、鏡を見た。
身体の線は、前より少し柔らかい。
肌の質感も変わり、声にもわずかな甘さが混じっている。
それでも、鏡の中にいるのは俺だった。
藤咲優牙。
獅堂零一にだけは負けたくない男。
その事実だけは、何も変わっていない。
「……上等だ」
俺は鏡の中の自分を睨んだ。
体力が落ちるかもしれない。
発情期に振り回されるかもしれない。
今まで通りにいかないことも増えるかもしれない。
でも、それで負けたことにはならない。
この身体で零一の隣に立つ。
この身体で零一と喧嘩して、勝負して、同じ家へ帰る。
それを選んだのは、俺だ。
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とはいえ。
いざ零一に会うとなると、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
零一は、どっちでも好きだと言った。
でも本当に?
優しくされるだけになったら。
守られるだけになったら。
勝負相手ではなく、壊れ物みたいに扱われたら。
それが一番嫌だった。
俺は零一に大事にされたい。
でも、手加減はされたくない。
夫夫になるとしても、勝負を降りるつもりはない。
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待合室を出ると、零一が廊下に立っていた。
いつも通り、背筋が伸びている。
無駄に顔がいい。
無駄に落ち着いている。
見ただけで腹が立つくらい、いつもの獅堂零一だった。
「……零一」
声をかけると、零一がこちらを向いた。
その瞬間、零一の目が止まった。
本当に、止まった。
俺は思わず身構える。
「……何だよ」
零一は何も言わない。
ただ、俺を見ている。
その視線が、いつもよりずっと真剣で、胸の奥がざわついた。
「言いたいことあるなら言えよ」
「……最悪」
「は?」
零一が、片手で口元を覆った。
「これ、俺の負けだろ」
「何言ってんだよ」
「勝負になんねぇ」
「だから何の勝負だ!」
零一は、ようやく息を吐いた。
そして、少しだけ悔しそうに笑った。
「反則」
その一言で、顔が一気に熱くなった。
「反則って何だよ!」
「今までだって散々反則だったのに」
「誰がだ!」
「優牙」
即答だった。
俺は言葉に詰まる。
零一は一歩近づいた。
でも、触れる前に止まる。
「でも、手加減はしない」
その言葉に、俺は息を止めた。
零一が、真っ直ぐ俺を見る。
「優牙がこの身体で勝負するって決めたなら、俺も本気で受ける」
胸が、変な音を立てた。
欲しかった言葉だった。
綺麗だとか、可愛いだとか、守るとか。
そういう言葉より先に、零一にだけはそう言ってほしかった。
「……当たり前だろ」
俺は、わざと強く睨み返した。
「手加減なんかしたら、ぶん殴る」
「するわけない」
零一は笑った。
「むしろ困ってる」
「何が」
「本気で勝ちたいのに、見てるだけで負けそうになる」
「……っ、そういうことを言うな!」
「本音だから」
「本音ならなおさら言うな!」
廊下の空気が、少しだけ緩む。
いつもの言い合い。
いつものテンポ。
それが戻ってきた瞬間、俺はやっと少し息ができた。
変わった。
でも、変わっていない。
零一は俺を勝負相手として見ている。
そのことが、悔しいくらい嬉しかった。
****
数日後。
俺と零一は、婚姻申請の説明を聞きに行った。
雄咲市では、雄女化手術を受けた後、専門医の術後確認を経て、婚姻や同居に関する手続きへ進むことができる。
発情期や体力変化の説明まで書類に並んでいて、正直、現実感がありすぎて少し腹が立った。
恋とか、勝負とか、そういう熱だけでは済まない。
これからは、生活ごと零一と向き合うことになる。
「優牙」
隣で零一が書類を見ながら言った。
「何だよ」
「発情期前後の無理な運動は控えろって書いてある」
「読むな!」
「重要だろ」
「俺も読める!」
「読んでも無理するだろ」
「決めつけんな」
零一は、真顔でこっちを見る。
「無理するだろ」
「……するかもしれない」
「ほら」
「勝ち誇るな!」
零一は少し笑った。
「じゃあ、そこも勝負にするか」
「何を」
「どっちが先に相手の無理に気づくか」
「生活まで勝負にすんな」
「するだろ、俺たちなら」
言い返せなかった。
たぶん、する。
俺は書類に視線を落とした。
婚姻予定。
同居予定。
夫夫。
その文字が、妙に熱を持って見える。
昔なら笑い飛ばした言葉が、今は零一の隣で現実になっている。
腹立たしい。
でも、悪くない。
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雄女化を選んだ時点で、俺はもう勝負を降りられない。
いや、違う。
降りる気なんて最初からなかった。
零一と暮らすなら、家も、生活も、未来も、全部勝負にしてやる。
そう思っていたら、本当に家探しまで勝負になった。
****
新居探しは、開始五分で勝負になった。
「優牙、条件を三つ出せ」
「何でお前が仕切ってんだよ」
「先に理想物件を見つけた方が勝ち」
「家探しを競技にすんな」
「逃げるのか?」
「乗った」
不動産屋の担当が、笑っていいのか困っている顔をした。
机の上には間取り図が何枚も並んでいる。
零一は赤ペンを持ち、俺は青ペンを持った。
なぜか完全に採点形式だった。
「この部屋、俺の勝ち筋が見える」
「生活に勝ち筋とか持ち込むな」
「リビングが広い。ここで模擬問題も、筋トレも、口喧嘩もできる」
「最後いらねぇだろ」
「優牙が怒鳴っても隣室に迷惑がかかりにくい」
「俺基準の防音やめろ!」
零一が楽しそうに笑う。
腹が立つ。
でも、悔しいくらい楽しかった。
「じゃあこっち」
俺は別の間取り図を叩いた。
「キッチンが近い。お前、勉強始めると飯忘れるだろ」
「優牙が作る前提?」
「俺が勝ったらな」
「負けたら?」
「お前が作れ」
「どっちにしても二人で食うんだな」
「っ……そういう拾い方すんな!」
零一の目が、少しだけ甘くなる。
その顔がまた腹立つ。
「寝室は?」
零一がさらっと言った。
俺は間取り図から顔を上げた。
「そこ、いきなり本丸に来るな」
「勝負の拠点だろ」
「言い方!」
「一つでいいな」
「決めつけんな」
「二つにしたら、どっちが先に相手の部屋へ行くか勝負になる」
「なるわけ……」
ない、と言い切れなかった。
零一が勝ち誇った顔をする。
「今、想像した」
「してねぇ!」
「じゃあ一つでいい」
「何でだよ!」
不動産屋の担当が、とうとう肩を震わせた。
俺は顔を熱くしながら間取り図へ視線を落とす。
生活の話をしているはずなのに、全部勝負になる。
でも、その勝負の先に、零一と同じ家へ帰る未来が見えている。
それが腹立つくらい、悪くなかった。
「零一」
「何」
「この物件で勝負だ」
「採用理由は?」
「俺が勝てそうだから」
零一が笑った。
「じゃあ俺もそこにする」
「は? 対抗しろよ」
「優牙が勝つつもりで選んだ家なら、俺も本気で勝ちに行ける」
胸が跳ねた。
俺は間取り図を掴んだまま、零一を睨む。
「……次は俺が勝つ」
「俺も負ける気はない」
家探しなのに、結局いつも通りだった。
勝って、負けて、煽って、言い返して。
その全部を、これから同じ家で続けていく。
たぶん、それが俺たちらしい夫夫になるということだった。
****
夜。
帰り道。
駅前の明かりが、零一の横顔を照らしていた。
俺は少し遅れて歩きながら、昼間の書類のことを考えていた。
婚姻予定。
同居予定。
夫夫。
全部、少し前まで遠い言葉だった。
でも今は、零一の隣にある。
「優牙」
零一が振り返る。
「遅い」
「お前が早いんだよ」
「追いつけ」
「命令すんな」
そう言いながら、俺は零一の隣へ並んだ。
歩幅を合わせる。
昔からそうだった。
勉強でも、喧嘩でも、勝負でも。
俺が追いかける時もあれば、零一が待つ時もある。
そのたびに腹が立って、悔しくて、でも楽しかった。
「なあ、零一」
「何」
「俺、変わったか」
零一は少しだけ考えた。
そして、真面目な顔で言う。
「変わった」
胸が跳ねる。
「……どこが」
「書類の読み方が真剣になった」
「そこ?」
「あと、家探しで勝つ気が強くなった」
「元からだろ」
「それから」
零一が俺を見る。
夜の光の中で、その目だけがやけに真っ直ぐだった。
「俺と未来で勝負する覚悟が、前より見える」
言葉が出なかった。
零一は、たまにこういうことを言う。
俺が一番ほしい言葉を、平然と置いていく。
「……お前も変わった」
俺は、視線を逸らしながら言った。
「どこが?」
「俺に手加減しないとか言うくせに、ちゃんと見てるところ」
「前から見てる」
「分かってるよ」
だから腹が立つのだ。
零一は、俺が強がっている時も、負けたくない時も、本当は少し怖い時も、全部見ている。
そのうえで、勝負をやめない。
だから俺は、零一の隣でいられる。
「零一」
「うん」
「俺、夫夫になっても負けねぇから」
零一が笑った。
「俺も」
「生活でも勝つ」
「じゃあ俺は、優牙を幸せにする勝負で勝つ」
「っ、急に競技変えんな!」
「一番重要だろ」
「そういうとこだぞ!」
零一は楽しそうに笑った。
俺は顔を熱くしながら、その隣を歩く。
この身体で。
この意地で。
この男と。
恋人として、夫夫として、それでもライバルとして。
俺はこれからも、真正面から勝負する。
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