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『ヤクザ若頭に保護されたら、なぜか嫁扱いです』 燎牙 × 澄夜 #2

##2 **** 澄夜が龍ヶ崎の屋敷に出入りするようになって、ひと月が経った。 危険はまだ完全に消えていない。 敵対組織の動きもある。 だから燎牙の保護は続いていた。 けれど、澄夜は気づいていた。 これはもう、ただの保護ではない。 朝、目が覚めると、廊下の向こうから燎牙の低い声が聞こえる。 食卓には、澄夜の分の茶碗が当然のように置かれている。 冷蔵庫には、澄夜が好きなプリンが入っている。 部屋の隅には、いつの間にか澄夜用のスリッパまで増えていた。 「……じわじわ侵略されてる」 澄夜が呟くと、背後から声が落ちる。 「何が」 「俺の生活が」 燎牙は悪びれない。 「安全になってるだろ」 「言い方を変えればいいと思うなよ!」 燎牙は少し笑った。 「今日は仕事休みだろ」 「そうですけど」 「部屋を見ろ」 「部屋?」 嫌な予感がした。 澄夜が案内されたのは、屋敷の奥にある一室だった。 広い。 広すぎる。 ベッド、机、服を入れる棚、小さなキッチン、テレビ、空気清浄機。 しかも、なぜか澄夜の好みに合いすぎている。 「……何これ」 「お前の部屋」 燎牙は当然のように言った。 「重い!!」 「広いだろ」 「そういう意味じゃない!」 「前の客間は、玄関に近すぎる」 「防犯目線!?」 「ここなら、俺の部屋からも近い」 「だから重いって!!」 燎牙は真顔だった。 「嫌か」 澄夜は言葉に詰まった。 嫌ではない。 それが一番まずかった。 自分のために用意された部屋。 守るためだけではなく、暮らすことを前提に整えられた場所。 怖い。 でも、少し嬉しい。 「……勝手に決めるな」 澄夜は小さく言った。 燎牙の表情が変わる。 「悪い」 すぐに謝られて、澄夜の方が焦った。 「え、いや、謝れとは」 「お前の場所を作りたかった」 燎牙の声は低い。 「でも、閉じ込めたいわけじゃない」 澄夜は黙った。 燎牙は続ける。 「お前が怖がらずに帰ってこられる場所を作りたかった」 胸が、熱くなる。 卑怯だと思った。 そんな言い方をされたら、怒りきれない。 「……じゃあ」 澄夜は部屋を見渡した。 「カーテンの色、俺が決めます」 燎牙が少し目を見開く。 「それでいいのか」 「あと、キッチン狭い。どうせならちゃんと料理できる方がいい」 「変えさせる」 「即答するな。怖いから」 「他には」 澄夜は少し考えた。 「鍵」 燎牙の顔がわずかに強張る。 「外から開けられる鍵じゃなくて、俺が閉められる鍵」 燎牙は静かに頷いた。 「分かった」 「……本当に?」 「お前の部屋だ」 燎牙は短く答える。 「俺が勝手に入る場所じゃない」 澄夜は、言葉を失った。 過保護で、独占欲が強くて、囲い込み癖がある。 でも、燎牙は澄夜の意思を無視しようとはしない。 そこが、ずるかった。 **** その日の夜。 澄夜は屋敷の台所に立っていた。 燎牙の食生活を改善するため、野菜多めの夕飯を作っている。 「若頭が野菜を……」 「夜見坂さん、すげぇ」 「奇跡って起きるんだな」 組員たちが遠巻きに見ている。 澄夜は包丁を置いて振り返った。 「見世物じゃないんですけど!」 「すみません!」 燎牙は食卓についていた。 煙草は吸っていない。 それだけで、澄夜は少し満足した。 「はい、食べてください」 澄夜が皿を置く。 燎牙は無言で箸を取った。 一口食べる。 「……うまい」 低い声だった。 澄夜は思わず顔を逸らす。 「そりゃどうも」 「毎日食いたい」 「重い!」 「事実だ」 「言い方を考えろ!」 燎牙は澄夜を見ている。 怖いくらい真っ直ぐに。 「澄夜」 「何ですか」 「ここに住め」 箸を落としそうになった。 「は!?」 「仕事には送る。迎えも行く。部屋も用意した」 「準備万端みたいに言うな!」 「危険も残ってる」 「また保護を盾にして」 「保護だけじゃない」 燎牙が、静かに言った。 「俺が、お前に帰ってきてほしい」 澄夜の胸が止まりそうになる。 燎牙は、こういう時だけ逃げない。 怖いくらい真っ直ぐ言う。 「……燎牙さん」 「ここを、お前の家にしろ」 その言葉は、命令の形をしていた。 でも中身は、お願いだった。 澄夜には分かった。 「俺、普通の生活したかったんですけど」 「ここでもできる」 「ヤクザの屋敷で?」 「野菜も食う」 「そこじゃない!」 「煙草も減らす」 「それは偉いけど!」 燎牙の表情は真剣だった。 澄夜は、ため息を吐く。 「……条件があります」 「言え」 「仕事は続ける」 「分かった」 「外出する時、毎回大げさな車で迎えに来ない」 「努力する」 「努力じゃなくて実行」 「分かった」 「あと、俺の部屋には勝手に入らない」 「分かった」 「そして」 澄夜は燎牙を見る。 「俺を、物みたいに扱わない」 燎牙の目が、わずかに揺れた。 「……そんなつもりはない」 「分かってます」 澄夜は小さく笑う。 「でも、燎牙さんは囲い込み方が雑です」 燎牙は黙った。 少し反省している顔だった。 その顔が珍しくて、澄夜は胸がくすぐったくなる。 「俺はここに置かれるんじゃなくて」 澄夜はゆっくり言った。 「自分で帰ってくるんです」 燎牙の表情が、少し変わった。 息を呑むような顔。 「だから、待っててください」 燎牙はしばらく黙っていた。 それから、低く答えた。 「待つ」 たった二文字。 でも、澄夜には十分だった。 **** 翌日から、澄夜の生活は少しずつ龍ヶ崎の屋敷に混ざっていった。 服が増える。 食器が増える。 冷蔵庫に澄夜の好きなものが増える。 燎牙の食事に野菜が増える。 煙草の本数が減る。 部屋のカーテンは、澄夜が選んだ明るい色になった。 組員たちは最初、遠巻きに見ていた。 けれど、すぐに慣れた。 「夜見坂さん、若頭の薬どこですか? 「右の棚。胃薬は食後」 「若頭、今日煙草何本まででしたっけ」 「三本。もう二本吸ってるから、あと一本」 「了解です!」 澄夜は完全に屋敷の健康管理係になっていた。 「俺、何してるんだろ……」 そう呟くと、燎牙が背後から答える。 「家のこと」 「しれっと家扱いするな」 「違うのか」 「……違わない気がしてきたのが怖い」 燎牙は少し笑った。 その笑顔が、以前よりずっと穏やかになっている。 澄夜は気づいていた。 自分がここにいることで、燎牙が少し眠れるようになったこと。 食事を取るようになったこと。 傷を隠さず見せるようになったこと。 そして、自分もまた、この危険な屋敷の中に、なぜか安心を見つけ始めていること。 **** ある晩。 燎牙は、澄夜を屋敷の奥座敷へ呼んだ。 そこには、組の古参たちが数人座っていた。 空気が重い。 澄夜はすぐに察した。 ただの夕飯ではない。 「……何ですか、これ」 燎牙は隣に座るよう促した。 「紹介する」 「誰を」 「お前を」 澄夜の心臓が跳ねた。 古参の一人が、低い声で言う。 「若頭。その方を屋敷に置くという話は聞いておりますが」 燎牙の目が冷える。 「置くんじゃねぇ」 場の空気がさらに重くなった。 燎牙は、澄夜を見た。 それから、全員へ向き直る。 「澄夜は、俺の家に入れる」 澄夜は息を止めた。 「保護対象じゃない」 燎牙の声は揺れなかった。 「俺が帰る場所として選んだ相手だ」 古参たちが黙る。 組の世界に一般人を入れる。 しかも雄女の澄夜を、若頭の隣に置く。 簡単な話ではない。 澄夜にも分かる。 だから、立ち上がった。 「夜見坂澄夜です」 声が少し震えた けれど逃げなかった。 「俺は、組のことは分かりません。たぶん、この先も分からないことの方が多いです」 燎牙が静かに見ている。 「でも、燎牙さんが怪我したまま平気な顔をするのは分かります。煙草を吸いすぎるのも、飯を適当にするのも、眠れてないのも分かります」 古参たちが少し目を見開く 澄夜は続けた。 「だから、そこは俺が怒ります」 場が、ほんの少しだけ揺れた。 笑いをこらえたような空気。 澄夜は真剣だった。 「俺は物じゃないし、飾りでもない。守られるだけのつもりもありません」 燎牙を見る。 「自分でここに帰ってきます」 燎牙の目が、柔らかくなる。 「だから、よろしくお願いします」 深く頭を下げる。 しばらく沈黙があった。 やがて、古参の一人が小さく息を吐いた。 「……若頭を怒れる方なら、必要でしょうな」 別の古参も頷く。 「最近、確かに若頭の顔色がよくなった」 「煙草も減りましたし」 「奇跡ですな」 「そこまで言うな」 燎牙が低く言う。 その声に、少しだけ照れが混ざっていた。 澄夜は笑いそうになった。 **** 奥座敷を出た後。 廊下で、澄夜は大きく息を吐いた。 「緊張した……!」 燎牙が隣に立つ。 「よく言った」 「誰のせいだと思ってるんですか」 「俺だな」 「即答されると怒りづらい!」 燎牙は澄夜を見下ろした。 いつもより、少しだけ静かな目だった。 「澄夜」 「何ですか」 「名前を、俺の家に入れろ」 澄夜の胸が跳ねた。 「それ、言い方」 「他に言い方が分からない」 「不器用すぎる」 「分かってる」 燎牙は一歩近づいた。 「結婚しろ、って言えばいいのか」 澄夜の顔が一気に熱くなる。 「そういうのも急すぎる!」 「急じゃない」 「急です!」 「俺の中では、もう遅い」 澄夜は言葉に詰まった。 燎牙の声は、いつもの命令口調に似ている。 けれど、今だけは違った。 不安が混ざっている。 澄夜が本当に帰ってくるのか。 ここを家にしてくれるのか。 燎牙は、それを恐れている。 「……俺」 澄夜は小さく息を吸った。 「普通の生活がよかったんです」 「うん」 「でも、燎牙さんのいる場所に帰るのも、もう普通になりかけてる」 燎牙の目が揺れた。 澄夜は照れ隠しに視線を逸らす。 「だから」 声が震える。 「俺の帰る場所に、なってください」 燎牙はしばらく動かなかった。 それから、澄夜を抱き締めた。 強い。 逃がさないみたいに。 でも、壊さないように。 「なる」 低い声だった。 「お前が帰ってくるなら、俺は何でも変える」 「何でもは怖いから、まず煙草を減らしてください」 「……分かった」 「野菜も食べる」 「分かった」 「勝手にGPSを入れない」 「……努力する」 「そこは即答しろ!」 燎牙が少し笑った。 澄夜も、つられて笑った。 怖い男。 危ない男。 普通とは程遠い男。 でも、自分が帰ると、この人は少しだけ人間らしい顔をする。 それを知ってしまったら、もう離れられなかった。 **** その夜。 澄夜は、自分の新しい部屋に荷物を置いた。 まだ全部ではない。 けれど、今日からここは、ただの保護部屋ではない。 自分で帰ってくる場所だ。 扉の外から、低い声がした。 「澄夜」 「入っていいですよ」 「鍵は?」 「今日は開いてます」 扉が開く。 燎牙が立っていた。 手には、湯気の立つマグカップ。 「何ですか、それ」 「温かいもの」 「急に生活力を出すな」 「お前が冷えるって言ってた」 澄夜は受け取った。 甘いミルクの匂いがする。 「……ありがとうございます」 燎牙は部屋へ入らず、扉の前に立ったままだった。 澄夜は首を傾げる。 「入らないんですか?」 「お前の部屋だからな」 その律儀さに、澄夜は胸が熱くなる。 「じゃあ、今だけ許可します」 燎牙が少し目を見開いた それから、静かに部屋へ入る。 二人で窓際に立った。 外には、雄咲市の夜景が広がっている。 澄夜はマグカップを両手で包みながら呟いた。 「変な人生になったな」 「悪い」 「謝るな。まだ悪いとは言ってません」 燎牙が澄夜を見る。 澄夜は、少しだけ笑った。 「怖いし、面倒だし、普通じゃないですけど」 マグカップの熱が、指先から伝わる。 「ここ、嫌いじゃないです」 燎牙の表情が、ゆっくりほどけた。 「そうか」 「はい」 「なら、帰ってこい」 命令みたいな声。 でも、澄夜にはもう分かる。 それは、燎牙なりの願いだ。 「帰ってきますよ」 澄夜は答えた。 「俺の部屋もできましたし 「俺の家でもある」 「そこは俺の意思で決めます」 「分かった」 燎牙が頷く。 澄夜は、小さく息を吐いた。 この人は、本当に少しずつ変わっている 囲い込むだけではなく、待つことを覚えようとしている。 守るだけではなく、澄夜が帰るのを信じようとしている。 それが、どうしようもなく嬉しかった。 「燎牙さん」 「何だ」 「ただいま、って言ったら」 少し照れる。 「ちゃんと、おかえりって言ってください」 燎牙は目を細めた。 「分かった」 低い声。 「何度でも言う」 澄夜は顔が熱くなり、マグカップで口元を隠した。 「重い」 「今さらだ」 その返しに、澄夜は笑ってしまった。 ここは普通ではない。 でも、帰る場所になり始めている。 そして、その中心にはいつも、危険で不器用で、澄夜だけを真っ直ぐ囲い込もうとする男がいる。 澄夜は思った。 たぶん、自分はもう、この家から逃げられない。 いや。 逃げたいと思っていない時点で、もう負けている。

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