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『親友の距離感、最初からバグってました』 匡 × 千隼 #1
##1
白峰匡(しらみね・たすく) と黒瀬千隼(くろせ・ちはや) は、昔から距離感がおかしかった。
恋人ではない。
家族でもない。
けれど、友達という言葉だけで片づけるには、あまりにも生活の中に入り込みすぎていた。
****
中学二年。
ゲームセンター。
「うわ、また負けた」
白峰匡は、筐体の前で肩を落とした。
隣に座っていた黒瀬千隼は、無表情のまま画面を見ている。
「ざっこ」
「初対面でそれ言う?」
「事実」
「もう一回」
「嫌だ」
「何で!?」
匡は身を乗り出した
千隼は、涼しい顔で席を立つ。
「ゲームで負けて叫ぶ奴、嫌い」
「俺、まだ叫んでないだろ」
「顔がうるさい」
「顔!?」
それが最初だった。
次の日も、匡は同じゲームセンターにいた。
千隼もいた。
「また来たのか」
「リベンジ」
「暇人」
「お前もいるじゃん」
千隼は言い返さなかった。
代わりに、コインを入れた。
そこから、二人は毎日のように対戦するようになった。
勝って、負けて。
煽って、睨んで。
気づけば、隣に座るのが当たり前になっていた。
****
高校二年。
「千隼、ジュース」
「自分で買え」
「財布忘れた」
「昨日もだろ」
千隼は呆れながら財布を出した。
匡は、昔から適当だった。
課題は忘れる。
財布も忘れる。
放課後の予定も忘れる。
でも、千隼との約束だけは忘れない。
「ほら」
千隼がジュースを渡す。
匡は当然みたいに一口飲んだ。
「ん」
「……お前さ」
「何」
「普通、回し飲みとか気にするだろ」
匡は首を傾げる。
「千隼だし」
その一言だけで、千隼は黙るしかなかった。
匡にとって、自分は特別なのだろう。
たぶん。
でも、匡はあまりにも自然に特別扱いをする。
だから、たまに怖くなる。
自分だけだと思っているものが、匡にとっては普通だったら。
それが、千隼は一番怖かった。
****
千隼の家。
「うわ、また勝手に入ってる」
リビングのソファには、匡がいた。
ゲーム中だった。
「おかえり」
「ここ俺ん家なんだけど」
「知ってる」
「知ってるなら、ただいまみたいな顔するな」
匡は悪びれない。
千隼の家には、匡の私物が普通に置いてある。
ゲーム機。
充電器。
パーカー。
歯ブラシ。
替えの靴下。
いつ置いていったのか分からない漫画。
もはや、匡の方が千隼の部屋の物の場所を知っている時すらある。
「お前、自分ん家帰れよ」
「帰ってる」
「週一だろ」
「千隼ん家の方が落ち着く」
「俺の家を別荘扱いするな」
その時、キッチンから千隼の母親の声がした。
「匡くん、ご飯食べる?」
「食べるー」
「返事早ぇな!」
匡はコントローラーを置き、当然のように食卓へ向かう。
千隼はため息を吐いた。
でも、追い出そうとは思わない。
匡がいるリビング。
匡のゲーム音。
匡が勝手に飲む麦茶。
全部、もう千隼の日常の一部になっていた。
****
夜。
オンラインゲーム中。
「千隼、回復」
「はいはい」
「右から来る」
「見えてる」
「ナイス」
「当然」
匡は、千隼の指示だけはちゃんと聞く。
他の仲間が何か言っても、たまに聞き流す。
でも、千隼の声だけは絶対に拾う。
「やっぱ千隼とやるのが一番楽しい」
何気ない声。
何気ない言葉。
でも、千隼の胸は簡単に跳ねた。
「……他の奴ともやってるだろ」
「やるよ」
千隼の胸に、小さな棘が刺さる。
匡は気づかない。
気づかないまま、続けた。
「でも、千隼いないとつまんない」
千隼は、コントローラーを握る手に力を入れた
本当にずるい。
匡は、狙っているわけではない。
計算もしていない。
ただ自然に、千隼が欲しい言葉を投げてくる。
「お前さ」
「何」
「そういうの、誰にでも言うなよ」
匡が画面から目を離す。
「言わないけど」
「……そうかよ」
千隼は視線を逸らす。
画面の中で、自分のキャラが少しだけ変な方向へ走った。
匡が笑う。
「千隼、ミスった」
「うるさい」
「珍しい」
「お前のせいだ」
「俺?」
匡は本当に分かっていない顔をする
千隼は、その鈍さが腹立たしくて、少しだけ愛しかった。
****
ある日。
教室で、匡が後輩の男子に話しかけられていた。
「白峰先輩、今度ゲーム教えてください!」
「いいよ」
匡はいつもの調子で笑う。
その瞬間、千隼の胸がざわついた。
意味が分からないくらい、不快だった。
匡が誰かとゲームする。
自分以外と楽しそうに笑う。
そんなの、今までもあったはずなのに。
「千隼!」
匡が千隼を見つけて、嬉しそうに手を振る。
「帰ろ」
その顔を見ると、安心する。
でも同時に、苦しくなる。
帰り道。
匡は隣を歩きながら、じっと千隼を見ていた。
「千隼」
「何」
「今日、機嫌悪い?」
「別に」
「嘘。分かる」
「分かるな」
「分かるよ」
匡が覗き込んでくる。
近い。
近すぎる。
「……後輩と仲良さそうだったな」
千隼は言った瞬間、後悔した。
完全に嫉妬だった。
けれど、もう遅い。
匡はきょとんとしている。
「は?」
「だから」
「俺、千隼以外とそんなにゲームしないけど」
「……っ」
「ていうか、千隼、嫉妬?」
千隼の顔が一気に熱くなる。
「違ぇ!!」
匡は笑った。
でも、その笑い方は少し嬉しそうだった。
「俺も嫌だった」
「何が」
「千隼が、別の奴と協力プレイしてた時」
千隼は目を見開いた。
「……見てたのか」
「見てた」
「怖いな」
「何かムカついた」
匡は不思議そうに首を傾げる。
「友達にしては、変だよな」
その言葉に、千隼の胸が苦しくなる。
ああ。
こいつも同じなのかもしれない。
そう思った瞬間、今まで見ないふりをしていた感情が、少しだけ形を持った。
****
夜。
千隼の家のソファ。
ゲームのロード画面中、匡がぽつりと言った。
「千隼」
「何」
「俺いなかったらどうすんの?」
「は?」
「別の友達とゲームする?」
その声が、妙に真剣だった。
千隼は画面を見たまま答える。
「……知らねぇよ」
「嫌だな」
匡は、千隼の膝へ頭を乗せた。
「重い」
「千隼、俺以外と仲良くすんな」
「お前な……」
「俺、お前が他の奴と笑ってんの嫌」
その瞬間、千隼の中で何かが崩れた。
「……俺も」
「ん?」
「匡が誰かといるの、ずっと嫌だった」
匡が固まる。
千隼はもう止まれなかった。
「でも、お前誰にでも距離近ぇから。俺だけじゃねぇって思ってた」
匡は、すごく困った顔をした。
「俺、千隼以外とこんなんならないけど」
「……は?」
「だって千隼、俺の居場所だし」
息が止まりそうになる。
「ゲームも、飯も、家も」
匡は千隼を見上げて笑った。
「全部、お前がいるから好き」
千隼は、もう無理だった。
「お前、そういうこと平気で言うなよ」
「平気じゃない」
匡が少しだけ真面目な顔になる。
「今、結構どきどきしてる」
千隼の顔が熱くなる。
「……俺もだよ」
匡は目を丸くした。
それから、嬉しそうに笑う。
「やっと答え合わせできた」
初めてのキスは、笑ってしまうくらい不器用だった。
ゲームのロード画面は、とっくに終わっていた。
画面の中では、自分たちのキャラが棒立ちのまま敵に殴られている。
でも、二人ともそれどころではなかった。
****
卒業式の日。
桜が散る校門前で、匡は千隼の隣に立っていた。
「千隼」
「何」
「成人したら、雄女化する?」
千隼は少しだけ黙った。
雄咲市では、成人後に“子宝の実”を体内に取り込む事で、雄女になることができる。
身体も、声も、少し変わる。
婚姻も、家族を持つ未来も開かれる。
千隼は、考えたことがなかったわけではない。
けれど、匡に聞かれると妙に落ち着かなかった。
「……分からん」
「そっか」
「何だよ」
匡は少し考える。
「千隼が雄女化したら」
「したら?」
「俺、ゲームできなくなるかも」
「何でだよ」
「隣にいたら、気になって集中できない気がする」
千隼の顔が赤くなる。
「馬鹿か」
「あと、他の奴に見られるの嫌」
匡の声が、珍しく低かった。
千隼は息を止める。
「俺さ、最近分かった」
「何を」
「千隼が誰かと結婚するとこ想像したら、頭おかしくなりそう」
匡は笑った。
でも、その目は少しも笑っていなかった。
「友達として好きなわけじゃなかった」
千隼の胸が熱くなる。
「……遅ぇよ」
「うん」
「俺なんか、とっくに嫌だった」
「何が?」
「お前が誰かのものになるの」
匡の目が大きくなる。
千隼は苦しそうに笑った。
「俺、お前といるの当たり前すぎて」
桜が風に揺れる。
千隼は、初めてちゃんと言葉にした。
「恋だって気づくの、遅れた」
匡は、泣きそうに笑った。
「俺も」
二人は手を繋いだ。
恋人らしい甘い雰囲気ではなかった。
けれど、帰る方向は同じだった。
いつも通り、千隼の家へ向かう。
ゲームをして。
飯を食って。
ソファで寝落ちする。
その当たり前が、これからは少しずつ名前を変えていく。
親友から、恋人へ。
そして、いつか夫夫へ。
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