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『親友の距離感、最初からバグってました』 匡 × 千隼 #2
##2
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成人して、千隼は雄女化の申請をした。
大げさな決意をしたつもりはなかった。
何日も泣いて悩んだわけでもない。
ただ、考えれば考えるほど、未来の中に匡が普通にいた。
ゲームして。
飯を食って。
ソファで寝落ちして。
起きたら匡が勝手に冷蔵庫を開けていて、千隼が文句を言う。
そういう日常が、これからも続くのだと思った。
だったら、その関係にちゃんと名前をつけてもいい。
親友でも、居候でも、距離感バグでもなく。
一緒に暮らす相手。
一緒に帰る相手。
夫夫になる相手。
雄女化は、千隼にとって人生を変える大事件というより、ずっと前から始まっていた日常に、ようやく正式なラベルを貼るようなものだった。
****
申請書を出した日も、二人は普通にゲームをした。
千隼の部屋。
画面には協力プレイのリザルトが映っている。
「千隼、今日ちょっと弱くない?」
「申請書出した日に煽るな」
「やっぱ緊張してる?」
「してねぇ」
「嘘。今、回避ミスった」
「お前が話しかけるからだろ」
匡は笑った。
それから、画面を見たままぽつりと言う。
「でもさ」
「何」
「千隼がどんなふうに変わっても、俺たぶんゲームの誘い方変わんないよ」
「……は?」
「明日もやる? って聞く」
千隼は、コントローラーを握る手に少しだけ力を込めた。
「それ、安心するような、しないような」
「じゃあ、安心しといて」
「雑」
でも、その雑さが匡だった。
変に綺麗な言葉で包まれるより、ずっと落ち着く。
「……明日もやるのかよ」
「やるでしょ」
「まあ、やるけど」
匡が少し嬉しそうに笑った。
千隼は画面へ視線を戻す。
変わることより、変わってもこの会話が続くことの方が、ずっと大事だった。
****
専門医から渡された術後の注意事項は、思ったより細かかった。
睡眠を取ること。
発情期前後は無理をしないこと。
疲労が強い日は長時間の集中を避けること。
千隼が説明書を読んでいると、匡が横から覗き込んできた。
「長時間の集中って、ゲームも?」
「たぶん含まれる」
「まじか」
「そこに一番ショック受けるな」
「でも大事だろ」
「俺の身体よりゲームか」
「千隼の身体が大事だから、ゲーム時間をどう分けるか考えてる」
千隼は言い返せなかった。
匡は、こういう時だけ妙に真面目な顔をする。
普段は適当で、財布も忘れて、冷蔵庫を勝手に開けて、千隼の家を自分の家みたいに使うくせに。
千隼のことになると、変に核心だけは外さない。
「じゃあ、休憩挟む」
「続ける前提かよ」
「千隼とゲームしたいし」
「……まあ、それは俺もだけど」
言ってから、千隼は少しだけ顔を逸らした。
匡はにこにこしている。
「今のセーブした」
「ゲームじゃねぇんだよ」
「覚えときたい」
「忘れろ」
「無理」
こういうやり取りも、きっと変わらない。
そう思えることが、千隼には少しだけ救いだった。
****
処置後、千隼が最初に違和感を覚えたのは、鏡の前ではなかった。
匡の家のソファに座って、いつものようにコントローラーを握った時だった。
少し疲れやすい。
指先に力が入りにくい。
いつもなら避けられる攻撃を、一拍遅れて食らう。
「……最悪」
「千隼、今のミス珍しい」
「言うな」
「体、だるい?」
匡の声が、急に真面目になる。
千隼は画面を見たまま、少しだけ黙った。
「……ちょっと」
「じゃあ休憩」
「まだ勝ってない」
「千隼が倒れたら俺の不戦勝になる」
「最低だな」
「だから休ませる」
匡はコントローラーを置き、当然みたいに千隼の隣へ座った。
いつもなら腹が立つ距離。
でも、その日は少しだけ安心した。
「水いる?」
「いる」
「何か食べる?」
「今はいらない」
「じゃあ、隣いる」
「それは許可制にしろ」
「許可ください」
「……五分だけ」
「やった」
匡が肩を寄せる。
重い。
でも、落ち着く。
千隼は小さく息を吐いた。
身体が変わった実感は、思ったより静かに来た。
鏡の中の自分を見て驚くより、いつものゲームが少しだけ上手くいかないことの方が、ずっと現実だった。
そして、その横に匡がいることも。
同じくらい現実だった。
****
数日後。
千隼の家。
リビングには、いつものように匡がいた。
ソファに座り、ゲームのコントローラーを持っている。
「千隼、遅――」
振り返った匡が、途中で止まった。
千隼も止まる。
「……何」
匡は何も言わない。
画面の中で、匡のキャラが敵に突っ込んでいく。
「あ」
そのまま、派手に負けた。
ゲームオーバーの音が流れる。
千隼は眉を寄せる。
「お前、今の負け方ひどすぎだろ」
匡は画面を見ていなかった。
ずっと千隼を見ている。
「……今日、ゲーム無理」
「は?」
「集中できない」
千隼の顔が熱くなる。
「何言ってんだよ」
「千隼がいる」
「いつもいるだろ」
「いつもいるけど」
匡はコントローラーを膝に置いた。
珍しく、手元が落ち着いていない。
「今日、当たり前じゃない」
その言葉に、千隼の胸が跳ねた。
匡はゆっくり立ち上がる。
でも、すぐに近づかない。
いつもなら当然みたいに距離を詰めるくせに、今日は少し迷っている。
「千隼が変わったから、っていうより」
匡は、言葉を探すみたいにコントローラーを握り直した。
「いつもの千隼なのに、急にちゃんと恋人に見える」
千隼の顔が熱くなる。
「意味分かんねぇ」
「俺も分かんない」
匡は画面を見ようとして、また千隼を見た。
その瞬間、キャラが落下した。
「……また落ちたぞ」
「今日、ほんと無理」
「ゲーム捨てるな」
「千隼が隣にいる方が強い」
「敵みたいに言うな」
匡が少し笑った。
いつもの笑い方だった。
それだけで、千隼は少しだけ息ができた。
「……匡」
「うん」
「変か」
匡はすぐ首を振った。
「変じゃない」
「じゃあ何でそんな固まってんだよ」
「分かんない」
「分かんないで済ますな」
「でも」
匡は少し困ったように笑った。
「千隼が隣にいるの、ずっと当たり前だったのに」
一歩近づく。
「今、めちゃくちゃ意識してる」
千隼は視線を逸らした。
負けた気がした。
「……馬鹿」
「うん」
「普通にしろよ」
「無理かも」
「いつものお前どこ行った」
「千隼のせいで操作ミスした」
「ゲームの負けを俺のせいにするな」
匡は少し笑った。
千隼も、悔しいけれど少しだけ笑ってしまった。
****
匡は、しばらく妙だった。
ゲームを始めても、凡ミスが増えた。
「匡、右」
「え、あ」
「遅い」
「ごめん」
「お前、今日弱くない?」
「千隼の声が近い」
「いつも近いだろ」
「今日は、もっと近く感じる」
「……っ」
千隼の指がコントローラーを強く握る。
匡は本気で困っている顔をしていた。
「今日、協力プレイ向いてない」
「じゃあやめるか」
「嫌」
「面倒くせぇ」
「千隼とゲームしたい」
「集中できないんだろ」
「でも一緒にいたい」
千隼は言葉に詰まる。
そういうところだ。
匡は、甘い言葉を言おうとしていない。
ただ思ったことを、そのまま言う。
だから刺さる。
「……じゃあ、難易度下げるぞ」
「うん」
「俺が全部指示する」
「いつも通り」
「今日は特にお前が使い物にならないからな」
匡は笑った。
「千隼がいるから大丈夫」
また、そんなことを言う。
千隼は顔を赤くしたまま、画面を見るしかなかった。
****
夜。
ゲームを終えて、二人はソファに並んでいた。
匡は千隼の家の冷蔵庫を勝手に開け、麦茶を二つ持ってきた。
「勝手に開けるな」
「いつものことじゃん」
「そうだけど」
「はい」
千隼は麦茶を受け取る。
匡は隣に座った。
肩が触れそうで触れない。
その微妙な距離が落ち着かない。
「……いつも通りにしろよ」
千隼が言う。
匡は少しだけ考えた。
それから、千隼の肩へ頭を預けた。
「これ?」
「それ」
「じゃあする」
体重がかかる。
いつもの重さ。
いつもの温度。
千隼は、ようやく少し息ができた。
「千隼」
「何」
「俺、変なこと言うかも」
「今さらだろ」
「結婚しよ」
麦茶を吹き出しかけた。
「は!?」
匡は、いつもの調子で言った。
まるで「明日ゲームしよ」と同じ温度だった。
「お前、順番!」
「順番?」
「こういうのは、もっとちゃんと」
「雄女化したから急に言ってるわけじゃない」
匡は、珍しく少し真面目に言った。
「千隼の歯ブラシ、うちに置けばいいじゃんって、ずっと思ってた」
「それがプロポーズの理由かよ」
「あと、帰ったら千隼がゲームしてる家がいい」
「雑」
「でも本気」
匡は、千隼の手を握った。
「変わったから一緒に住みたいんじゃない」
その声は、いつもより少し低かった。
「前から一緒にいたかったことに、ちゃんと名前をつけたい」
千隼は何も言えなくなった。
匡の言葉は、いつも少し雑だ。
でも、肝心なところだけ真っ直ぐ来る。
「……ずるい」
「じゃあ、だめ?」
「だめじゃない」
「じゃあ結婚する?」
「だから軽い!」
「軽くないよ」
匡は、千隼の手を強く握った。
「千隼いない家、つまんない」
たったそれだけ。
けれど匡らしい、最高の口説き文句だった。
****
翌日。
二人は、千隼の部屋で同居について話していた。
話している、というより、匡が勝手に具体化していた。
「ゲーム部屋ほしい」
「いきなり贅沢」
「リビングでもいい」
「妥協が早い」
「寝室は?」
千隼は手元のメモを落としかけた。
「急にそこ行くな」
「一緒でいい?」
「聞き方!」
「別々がいい?」
匡が少し不安そうな顔をする。
その顔が卑怯だった。
千隼は視線を逸らす。
「……別々じゃなくていい」
「ほんと?」
「二回言わせんな」
匡は、分かりやすく嬉しそうに笑った。
「じゃあベッド大きいやつ」
「お前、寝相悪いからな」
「千隼が端に追いやられるかも」
「自覚あるなら直せ」
「抱き枕にしたら動かないかも」
「俺を家具扱いするな」
「千隼は家具じゃないよ」
匡は真顔で言った。
「家の中心」
千隼は黙った。
顔が熱い。
匡はたまに、こういうことを何の前触れもなく言う。
「……お前、本当にずるい」
「また?」
「まただよ」
匡は笑った。
「じゃあ、千隼も言って」
「何を」
「俺のこと、家の何?」
千隼は一瞬考えた。
言うのは恥ずかしい。
でも、匡が期待した目で見ている。
「……帰ったらいるやつ」
「雑」
「でも、いないと落ち着かないやつ」
匡の顔が、ゆっくり嬉しそうに崩れた。
「それ、めちゃくちゃいい」
「満足したか」
「した」
匡は千隼へ抱きついた。
「重い」
「嬉しい」
「分かったから離れろ」
「やだ」
「お前な」
文句を言いながら、千隼も匡の背中に手を回した。
ずっとこうだった。
ゲームして、飯を食って、ソファでくっついて、気づけば寝ている。
それが恋になるなんて、昔の自分は思っていなかった。
でも今は、その全部が恋だったのだと分かる。
****
婚姻手続きの説明を聞きに行く日。
匡は妙に落ち着きがなかった。
「お前、緊張してる?」
千隼が聞く。
匡は素直に頷いた。
「してる」
「珍しい」
「だって、ちゃんとする日じゃん」
千隼は少し黙った。
匡が「ちゃんとする」と言うのは、かなり珍しい。
普段は適当で、ゆるくて、流されるように生きている男が、今日は本気で緊張している。
それが分かって、胸が温かくなった。
「匡」
「ん?」
「いつも通りでいい」
「でも」
「俺ら、今さら急にかしこまる方が変だろ」
匡は少し考えた。
それから笑った。
「確かに」
職員の前で、二人は必要な説明を受けた。
同居予定。
婚姻申請。
家族登録。
書類に並ぶ言葉は堅い。
でも、匡はその一つ一つを、妙に嬉しそうに見ていた。
「同居予定、じゃなくて、ほぼ同居済みだよな」
「職員さんの前で余計なこと言うな」
「歯ブラシあるし」
「黙れ」
職員が微笑ましそうに笑う。
千隼は顔を赤くしながら、匡の足を軽く蹴った。
「痛い」
「黙れの意味だ」
「分かった」
匡は書類を見つめる。
「千隼」
「何」
「名前、一緒になる?」
千隼の胸が跳ねた。
「……そういう話は後でちゃんとする」
「うん」
「でも」
千隼は小さく息を吸う。
「ちゃんと、考える」
匡の顔が、ぱっと明るくなる。
「うん」
その笑顔を見て、千隼は思った。
ああ、だめだ。
自分はこの笑顔に、昔から弱い。
****
新居探しは、案の定ゲーム中心になりかけた。
術後の生活を考えると、ただ広い部屋を探せばいいわけではなかった。
休める場所。
長時間ゲームしすぎない導線。
ソファで寝落ちしても風邪を引かない環境。
そして、匡が勝手に冷蔵庫を開けても腹が立ちすぎない距離。
「最後の条件いるか?」
「いる」
「俺、そんなに開ける?」
「開ける」
「じゃあ大きい冷蔵庫」
「そういう問題じゃない」
「でも冷蔵庫大きいと、千隼の好きなプリンも入る」
「急に実用的なこと言うな」
匡は楽しそうだった。
千隼も、文句を言いながら間取り図を見ている。
キッチンの広さ。
収納。
日当たり。
リビングの広さ。
そして、ゲーム機を置く場所。
二人分の生活を考えるのは、思ったより楽しかった。
「ここ、ソファ置けるな」
千隼が呟く。
匡がすぐ反応した。
「今のやつ持ってく?」
「ボロいだろ」
「でも、千隼ん家のソファ落ち着く」
「お前が寝すぎてへたったんだよ」
「じゃあ新しいの買って、またへたらせる」
「やめろ」
「二人で寝落ちできる大きいやつ」
千隼は少し黙った。
それは、悪くないと思ってしまった。
ゲームをして。
飯を食って。
大きなソファで寝落ちする。
今までと同じようで、今までとは違う日常。
「……まあ」
千隼は視線を逸らす。
「大きいソファは、いるかもな」
匡が嬉しそうに笑った。
「千隼も寝る?」
「お前が寝たらな」
「一緒に?」
「調子乗るな」
「でも、一緒に?」
千隼は顔を赤くして、間取り図で匡の顔を叩いた。
「うるさい!」
匡は笑った。
その笑い声が、これからの家にも響くのだと思うと、千隼の胸は静かに満たされた。
****
引っ越しの準備は、ほとんど答え合わせみたいだった。
「このパーカー、匡の」
「それ千隼にあげた」
「勝手に譲渡するな」
「似合うし」
「着てない」
「着て」
「今じゃない」
段ボールの中には、二人のものが混ざっていた。
どちらの家から持ってきたのか、もう分からない物も多い。
ゲームソフト。
マグカップ。
充電器。
漫画。
古いプリクラ。
ゲームセンターのメダル。
「うわ、これ懐かしい」
匡がメダルを拾う。
「中学の時のやつだろ」
「千隼に初めて負けた日」
「俺が勝ったんだよ」
「うん」
匡が笑う。
「そこからずっと一緒」
千隼は手を止めた。
ずっと。
本当に、ずっとだった。
友達になって、親友になって。
半分家族みたいになって。
恋人になって。
雄女になって。
これから夫夫になる。
どこから恋だったのか、今でもはっきりとは分からない。
でも、たぶん。
最初に隣へ座った時から、もう始まっていた。
「千隼」
「何」
「俺、やっぱりゲームできないかも」
「まだ言うか」
「だって、新しい家で、千隼が普通にいるんだろ」
匡は段ボールに座り込む。
「絶対集中できない」
千隼は呆れた。
でも、少し笑った。
「そのうち慣れるだろ」
「慣れるかな」
「慣れろ」
「でも、慣れてもずっと嬉しいと思う」
千隼の胸が熱くなる。
「……そういうの、急に言うな」
「急じゃないよ」
匡はメダルを千隼の手に乗せた。
「ずっと思ってる」
千隼は、その小さなメダルを握った。
中学二年のゲームセンターから、今まで続いてきた時間。
その全部が、二人のこれからにつながっている。
「匡」
「ん?」
「明日、ゲームするぞ」
匡が笑う。
「新居で?」
「そう」
「最初の対戦?」
「負けねぇから」
「俺も」
二人は笑った。
夫夫になる話をしているのに、結局ゲームの勝ち負けになる。
それが自分たちらしい。
****
新しい部屋に、二人分の荷物が運び込まれた日。
匡はリビングの真ん中に座り込んだ。
「千隼」
「何」
「ただいま」
千隼は一瞬、言葉に詰まった。
まだ外から帰ってきたわけではない。
でも、匡は真顔だった。
この部屋を、もう帰る場所として扱っている。
千隼は小さく息を吐いた。
「……おかえり」
匡の顔が、ものすごく嬉しそうに緩む。
「いいな、それ」
「何が」
「千隼が言う、おかえり」
胸が熱くなる。
千隼は照れ隠しに段ボールを開けた。
「早く片づけろ。ゲームできないだろ」
「今日ゲームする?」
「する」
「集中できるかな」
「しろ」
「千隼が隣にいるのに?」
千隼は、匡を見た。
「隣にいるのは、今さらだろ」
匡が少し目を見開く。
千隼は顔を赤くしながら続けた。
「これからずっと、そうなんだから」
匡の表情が、ゆっくり嬉しそうに崩れた。
「うん」
「だから慣れろ」
「慣れる」
「でも」
千隼は、少しだけ笑った。
「たまに集中できなくなるくらいなら、許す」
匡は立ち上がって、千隼に抱きついた。
「重い!」
「嬉しい」
「段ボール潰れる!」
「後で直す」
「今直せ!」
文句を言いながら、千隼も匡の背中へ手を回した。
ゲーム画面ではなく。
ソファでもなく。
台所でもなく。
この部屋全部が、二人の居場所になっていく。
そう思うと、胸が少しだけくすぐったい。
「千隼」
「何」
「結婚しよって言ったの、軽く聞こえた?」
千隼は匡の肩越しに天井を見た。
少し考えて、答える。
「匡らしかった」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
「じゃあ、ちゃんと言う」
匡が少し身体を離す。
珍しく、真面目な顔をしていた。
「千隼」
「ん」
「俺と一緒に住んで、ゲームして、飯食って、寝落ちして、たまに喧嘩して」
匡は、千隼の手を握る。
「ずっと一緒にいて」
千隼の胸が熱くなる。
派手な言葉ではない。
でも、匡らしい。
日常をそのまま差し出すみたいな告白だった。
「……仕方ねぇな」
千隼は小さく笑った。
「俺がいないと、お前ゲーム下手になるし」
「うん」
「飯も適当だし」
「うん」
「財布も忘れるし」
「うん」
「だから」
千隼は、匡の手を握り返した。
「いてやるよ」
匡が笑う。
「ずっと?」
千隼は顔を逸らした。
「……ずっと」
その瞬間、匡はまた抱きついてきた。
「重い!」
「嬉しい」
「何回目だよ!」
でも、千隼はもう離れろとは言わなかった。
この重さも、体温も、少し抜けた笑い方も。
全部、昔から知っている。
そしてこれからも、きっとずっと隣にある。
ゲームセンターで始まった距離感のおかしい関係は、ようやく名前を得た。
親友では足りない。
同居人でも足りない。
恋人で、夫夫で。
一緒に帰る相手。
千隼は、匡の背中を軽く叩いた。
「とりあえず、片づけるぞ」
「ゲームは?」
「片づけたら」
「勝負?」
「当然」
匡が笑う。
千隼も笑った。
新しい家での最初の勝負は、たぶんいつも通りくだらなくて、楽しくて、少しだけ甘い。
それが、この二人には一番似合っていた。
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