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『狼獣人に“番”認定されました』 虎太郎 × 晴臣 #1
##1
獅丸虎太郎(ししまる・こたろう) は、危険だった。
雄咲市でも珍しい狼系獣人。
背が高い。
肩幅がある。
目つきが鋭い。
銀色の髪の間から狼の耳が生えていて、機嫌が悪い時は尻尾が床を叩く。
その見た目だけで、だいたいの人間は一歩引いた。
****
図書室。
羽白晴臣(はじろ・はるおみ) は、本を抱えたまま固まっていた。
目の前に、でかい男がいた。
銀髪。
鋭い目。
制服の上からでも分かる体格。
そして、耳。
「……狼?」
晴臣が思わず呟く。
男は低い声で答えた。
「人狼だ」
「訂正するところ、そこなんだ」
晴臣は本を抱え直しながら一歩下がる。
相手は、獅丸虎太郎。
雄咲市の学園内でも有名な危険人物だった。
喧嘩が強い。
無愛想。
近寄るな危険。
目が合うと睨まれる。
大体そんな噂が流れていた。
晴臣は、その噂を信じすぎる気はなかった。
ただ、目の前の虎太郎がでかすぎて、普通に怖かった。
****
虎太郎は、群れに馴染めない男だった。
狼系獣人は本来、仲間意識が強いと言われる。
けれど虎太郎は、いつも一人だった。
食堂でも。
中庭でも。
帰り道でも。
誰かと群れることがない。
近づく者も少ない。
「獅丸ってヤバいらしいぞ」
「目合うと睨まれる」
「前に絡んだやつ、一瞬で黙らされたって」
晴臣は、その噂を何度も聞いた。
でも、図書室で見る虎太郎は少し違った。
静かに本を読んでいる。
ページをめくる手は大きいのに、やけに丁寧だ。
椅子に座ると尻尾が窮屈そうに揺れる。
たまに本棚の高いところの本を、無言で取ってくれる。
「……ありがとう」
晴臣が言うと、虎太郎は短く答えた。
「ん」
怖い。
でも、悪い奴ではなさそうだった。
たぶん。
かなり、たぶん。
****
「お前、羽白晴臣だろ」
ある日。
虎太郎が突然そう言った。
晴臣は本を戻そうとしていた手を止める。
「何で知ってんだ」
「見てた」
即答だった。
晴臣は固まる。
「怖」
「毎日図書室にいる」
「観察記録みたいに言うな」
虎太郎は鼻を鳴らした。
「お前、いい匂いする」
「は???」
晴臣は反射的に後退った。
虎太郎が一歩近づく。
大きい。
近い。
圧がすごい。
「気になる」
「いや、俺は気になられたくないんだけど」
「無理」
「会話が成立してない!」
虎太郎は真顔だった。
嘘を言っている様子はない。
だからこそ、余計に怖い。
晴臣は本を胸に抱えながら、じりじり下がる。
「獅丸」
「虎太郎でいい」
「距離を詰めるな。物理的にも、呼び方的にも」
「晴臣」
「お前も呼ぶな!」
虎太郎の耳が、ぴくりと動いた。
晴臣はそれを見てしまった。
何だ今の。
少しだけ、可愛いと思ってしまった。
負けた気がした。
****
晴臣は、真面目だった。
図書委員。
成績優秀。
提出物は期限内。
授業中に居眠りすることもない。
人付き合いは広くないが、頼まれたことは断れない。
だから、虎太郎みたいな本能で近づいてくる男は、正直かなり苦手だった。
「お前、また来たのか」
「いる」
「ここ図書室だぞ」
「静かで好き」
「じゃあ静かにしろ。あと近い」
虎太郎は、晴臣の隣の席に当然のように座る。
尻尾が床へ落ち、ゆっくり揺れた。
晴臣は本から目を上げる。
「お前、俺目当てだろ」
「うん」
即答。
晴臣は頭を抱えた。
「隠す気がない」
「隠す必要あるか」
「あるだろ普通」
「普通、分からない」
虎太郎は低い声でそう言った。
その言い方が少しだけ寂しそうで、晴臣は言い返す言葉を失った。
虎太郎は、本当に分からないのかもしれない。
群れに入る方法も。
誰かとの距離の取り方も。
好きな相手に、どう近づけば怖がられないのかも。
「……とりあえず」
晴臣は小さくため息を吐いた。
「隣に座るなら、静かにしろ」
虎太郎の耳がぴんと立った。
「いいのか」
「騒いだら追い出す」
「分かった」
尻尾が一度だけ、床を叩いた。
嬉しい時の反応だと、晴臣はまだ知らなかった。
****
虎太郎は、晴臣にだけ距離感がおかしかった。
他人には触れない。
話しかけられても短く返す。
廊下で誰かとぶつかりそうになると、無言で避ける。
それなのに、晴臣にだけは違う。
「晴臣」
「近い」
「触りたい」
「犬かお前」
「狼」
「そこ毎回訂正すんな」
虎太郎は、晴臣の腕に鼻先を寄せようとする。
晴臣は本で防御した。
「嗅ぐな」
「少しだけ」
「少しならいいとかない」
「お前、今日知らない匂いする」
「洗剤変えただけだ!」
虎太郎の眉間に皺が寄る。
本気で気にしている顔だった。
晴臣は、呆れながらも胸の奥が少しだけむずむずした。
自分の変化に、虎太郎だけがすぐ気づく。
それが落ち着かない。
落ち着かないのに、嫌ではない。
「……お前さ」
「ん」
「俺限定で距離バグってるって自覚ある?」
虎太郎は少し考えた。
「晴臣は、近い方が落ち着く」
「答えになってない」
「お前だけ」
その低い声に、晴臣は黙った。
虎太郎の言葉は短い。
飾り気もない。
でも、その分、逃げ場がない。
****
ある日。
晴臣が図書室で同級生の男子と話していた。
「羽白、これってどこに戻すんだっけ?」
「ああ、それは歴史資料の棚」
「助かる。ほんと頼りになるよな」
同級生が笑った。
その瞬間、背後から低い唸り声がした。
晴臣は振り返る。
虎太郎が立っていた。
耳がぴんと立ち、尻尾が低く揺れている。
「……虎太郎?」
「何あれ」
「クラスメイトだけど」
「近い」
「普通の距離だろ」
「嫌」
虎太郎が晴臣の腕を掴む。
強い。
でも痛くはない。
それが余計にたちが悪い。
「お前、俺の匂い薄くなる」
「だから意味分からん!!」
図書室の空気がざわついた。
「また獅丸だ」
「羽白限定で様子おかしくない?」
「番っぽいよな、あれ」
晴臣の顔が熱くなる。
「番とか言うな!」
虎太郎がその言葉に反応した。
耳が動く。
目が晴臣へ向く。
「番」
「拾うな」
「晴臣、俺の番?」
「違う!!」
反射で叫んだ。
なのに、胸の奥が変に跳ねた。
虎太郎は少しだけ目を伏せる。
尻尾がしゅんと落ちた。
その反応を見て、晴臣は罪悪感に襲われる。
「……今のは、その」
「違うのか」
「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあ、何」
晴臣は答えられなかった。
違う、と言い切れなかった自分に気づいたから。
****
ある夜。
図書室。
晴臣は試験勉強の途中で、机に突っ伏して眠ってしまった。
少し冷える夜だった。
夢の中で、何か温かいものが肩に掛かる。
「……ん」
目を開ける。
虎太郎がいた。
しかも、自分は虎太郎の尻尾に包まれていた。
ふわふわで、温かい。
一瞬、状況を忘れて安心しかけた。
次の瞬間、晴臣は跳ね起きる。
「っ、おまっ、何してんだ!?」
「冷えてた」
虎太郎は当然みたいに言う。
「だからって尻尾で包むな!」
「毛布なかった」
「発想が獣!」
「狼」
「そこはもういい!」
晴臣は尻尾から抜け出そうとする。
けれど、虎太郎は離さない。
むしろ、肩へ額を擦り寄せてきた。
大型獣だった。
「……お前だけ」
低い声。
晴臣の動きが止まる。
「何が」
「逃げない」
虎太郎の声は、いつもより少し静かだった。
「皆、俺を見ると下がる」
晴臣は言葉を失う。
「でも、お前は怒る」
「……怒られたいのか?」
「違う」
虎太郎は首を振る。
「怖がっても、いなくならない」
胸が、じんと熱くなる。
晴臣はゆっくり息を吐いた。
「俺だって怖い時はある」
「うん」
「でも、お前が本当に嫌な奴じゃないのは分かる」
虎太郎の耳が小さく動く。
晴臣は照れ隠しに視線を逸らした。
「あと、飯抜いたり一人で寝てたりする奴、放っておくと後味が悪い」
「晴臣」
「何」
「それ、群れ?」
晴臣は固まった。
「違う」
「違うのか」
「……少なくとも、図書委員の業務ではない」
虎太郎は少し考えた。
それから、低く喉を鳴らした。
嬉しそうな音だった。
晴臣は耳まで赤くなった。
「鳴るな!」
「勝手に鳴る」
「厄介な身体だな!」
****
虎太郎は、いつも一人だった。
食堂でも。
昼休みでも。
帰り道でも。
誰かに誘われても断る。
誘われること自体、ほとんどない。
だから晴臣は、ある日コンビニ袋を机へ置いた。
「ほら」
虎太郎が顔を上げる。
「何」
「おにぎり」
「俺に?」
「お前、昼食ってないだろ」
虎太郎は黙った。
「何で分かる」
「見てれば分かる」
晴臣はそう言ってから、しまったと思った。
見ている。
自分も虎太郎を見ている。
その事実に気づいて、少し気まずくなる。
虎太郎はおにぎりを受け取った。
大きな手で、少し大事そうに持つ。
「初めて」
「は?」
「誰かに飯もらったの」
その声が妙に静かで、晴臣の胸が締め付けられた。
「……大げさ」
「本当」
虎太郎は包みを開ける。
一口食べる。
耳が小さく揺れた。
「うまい」
「コンビニのだぞ」
「晴臣がくれた」
「そういうこと言うな」
顔が熱くなる。
虎太郎は晴臣を見ていた。
怖いくらい真っ直ぐに。
「晴臣」
「何」
「俺、お前がいい」
「何が」
「群れ」
心臓が跳ねた。
「お前、言葉が重いんだよ」
「軽く言えない」
「そういうところだぞ」
虎太郎は首を傾げた。
本当に分かっていない顔だった。
晴臣はため息を吐く。
でも、嫌ではなかった。
虎太郎にとって、自分が初めての群れかもしれない。
そう思ったら、胸の奥が熱くなった。
****
「晴臣」
「何」
放課後の図書室。
虎太郎はいつものように隣に座っていた。
けれど、今日は少し様子が違った。
耳が緊張するように立っている。
尻尾が床をゆっくり叩いている。
晴臣は本を閉じた。
「どうした」
「好き」
真っ直ぐだった。
あまりにも急で、晴臣は何も言えなかった。
「お前だけ欲しい」
低い声。
胸の奥へ落ちる。
「俺の匂い、覚えてほしい」
「っ、だからそういう言い方……」
「お前が他の奴といると嫌だ」
虎太郎は逃げなかった。
不器用なくせに、こういう時だけ真っ直ぐ来る。
「お前がいないと、落ち着かない」
晴臣は本を握り締めた。
「……俺は」
声が震える。
虎太郎の耳が少し伏せた。
不安そうだった。
その顔を見たら、突き放せなかった。
「俺は、お前のこと怖いと思う時もある」
「うん」
「距離感もおかしいし、匂いとか番とかすぐ言うし、普通に困る」
「うん」
「でも」
晴臣は視線を逸らさずに言った。
「お前が一人でいるのは、嫌だ」
虎太郎の目が揺れた。
「それ、好き?」
「すぐ答えを急ぐな」
「知りたい」
「……好き、かもしれない」
虎太郎の喉が、低く鳴った。
嬉しそうな音。
晴臣は顔を真っ赤にした。
「鳴るなって!」
「無理」
虎太郎は晴臣の手を取った。
強く握る。
でも、乱暴ではない。
「晴臣」
「何」
「俺の番になって」
晴臣は呼吸を止めた。
「……順番が全部おかしい」
「駄目か」
「駄目じゃ、ないけど」
虎太郎の耳が立つ。
晴臣はさらに赤くなった。
「今すぐ番とか言われても困るから、まず恋人からだろ」
虎太郎は少し考えた。
「恋人の次、番?」
「段階を覚えろ!」
虎太郎は、真剣に頷いた。
「覚える」
その不器用さが、どうしようもなく可愛かった。
晴臣は、もう駄目だと思った。
****
その夜。
帰り道。
虎太郎は晴臣の隣を歩いていた。
いつもより少し距離が近い。
近いが、ぎりぎり触れていない。
晴臣が言ったからだ。
「外では急に抱えるな」
虎太郎はそれを守っている。
ただ、尻尾だけが晴臣の脚へ当たりそうな距離で揺れていた。
「虎太郎」
「ん」
「近い」
「我慢してる」
「これで?」
「かなり」
晴臣は呆れた。
でも、少し笑ってしまう。
虎太郎がその笑顔を見て、目を細めた。
「晴臣」
「何」
「笑うと、匂い甘い」
「やめろ!」
「本当」
「そういうことを外で言うな!」
虎太郎は不思議そうに首を傾げる。
けれど、耳は嬉しそうに動いていた。
晴臣は思った。
たぶん、これから大変だ。
この狼は、重い。
距離感も、愛情表現も、本能も。
全部がこちらをまっすぐ囲ってくる。
でも。
手を伸ばすと、虎太郎はすぐ握り返した。
大きな手。
温かい手。
怖いのに、安心する手。
晴臣は小さく息を吐く。
「……とりあえず、明日も図書室来るなら静かにしろよ」
「行く」
即答だった。
「晴臣の隣にいる」
「声が重い」
「軽くできない」
「だろうな」
晴臣は苦笑した。
虎太郎の尻尾が、嬉しそうに揺れた。
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