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『刑事と闇医者、傷だらけの恋を縫い合わせる』 凱 × 汐音 #2
##2
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その夜。
汐音は凱の家のソファで毛布に包まっていた。
本当は帰るつもりだった。
けれど、凱に「休め」と言われ、押し切られた。
体は確かに疲れていた。
診療所では眠れないのに、ここでは少しだけ眠気が来る。
それが悔しい。
「白石」
凱が湯気の立つマグカップを持ってきた。
「何だ」
「温かいもの」
「雑な説明だな」
受け取る。
甘くない。
ちょうどいい温度。
汐音は一口飲む。
「……悪くない」
「よかった」
凱は向かいに座る。
汐音はマグカップを両手で包みながら、ぽつりと言った。
「俺、ここにいるの変だな」
「そうか」
「闇医者が刑事の家で飯作って、毛布に包まってる」
「変だな」
「同意するな」
凱は少しだけ笑う。
その表情が、柔らかい。
診療所で傷を縫っている時の凱とも、現場で銃を構える凱とも違う。
家にいる男の顔だった。
「白石」
「何」
「ここに来い」
汐音の手が止まる。
「一晩だけって言っただろ」
「何度でも来い」
「図々しい」
「そうだな」
「俺は診療所がある」
「送る」
「患者がいる」
「待つ」
「夜中に呼ばれる」
「迎えに行く」
汐音は呆れた。
「何でも即答するな」
「決めてるからな」
「何を」
凱は、まっすぐ汐音を見た。
「お前を一人にしないこと」
汐音の胸が大きく揺れた。
「……っ」
「診療所にいるお前も、闇医者のお前も、口の悪いお前も、雄女として見られるのを嫌うお前も」
凱の声は低く、静かだった。
「全部、俺の人生に入れる」
汐音は、息をするのを忘れた。
「重い」
「知ってる」
「馬鹿だ」
「それも知ってる」
「俺を守ると、お前が傷つく」
「傷つくのが怖くて、お前を見捨てる方が嫌だ」
汐音の目が熱くなる。
凱は、静かに手を伸ばした。
汐音の指先に触れる。
「冷たい」
「……うるさい」
「温める」
「勝手にするな」
「嫌か」
汐音は答えられなかった。
嫌ではなかった。
それが、一番困る。
「……嫌じゃない」
小さく言うと、凱の目が少しだけ揺れた。
それから、汐音の手を包み込む。
大きく、温かい手だった。
****
汐音は、その夜、凱の家に泊まった。
ソファで寝ると言い張ったが、凱は寝室を使えと言った。
結局、言い合いの末、汐音が寝室、凱がソファという形になった。
「ここはお前の家だろ」
「今日はお前を休ませるための家だ」
「意味分からん」
「寝ろ」
「命令するな」
「頼みだ」
「頼みの声じゃない」
凱は少しだけ困った顔をした。
珍しい顔だった。
汐音は、ため息を吐く。
「……分かった。寝る」
凱の表情が、少しだけ緩む。
「おやすみ」
その言葉に、汐音は胸が詰まった。
診療所では、誰もそんなことを言わない。
患者は来て、治療して、去っていく。
夜は長く、冷たく、いつも一人だった。
「……おやすみ」
小さく返すと、凱は静かに頷いた。
扉が閉まる。
汐音はベッドに横になった。
他人の家なのに、不思議と落ち着く。
いや、違う。
凱がいるからだ。
そう認めるのは悔しい。
けれど、もう誤魔化せなかった。
****
翌朝。
汐音が起きると、キッチンから物音がした。
行ってみると、凱が不器用に卵を焼いていた。
「……何してる」
「朝飯」
「見れば分かる」
「焦げた」
「だろうな」
汐音はフライパンを覗き込み、ため息を吐いた。
「貸せ」
「休ませるつもりだった」
「このままだと炭を食うことになる」
凱は素直に場所を譲った。
汐音は卵を焼き直す。
凱は隣で見ている。
「見るな」
「覚える」
「患者でもないのに観察するな」
「お前を休ませたい」
その言葉に、汐音は少しだけ手を止めた。
「……皿、出せ」
「ああ」
凱が皿を出す。
二人で朝食を食べる。
簡単なものだった。
でも、診療所でゼリー飲料を流し込む朝とは、まるで違った。
汐音は箸を置く。
「黒崎」
「何だ」
「たまになら、来てやる」
凱が顔を上げる。
汐音は視線を逸らした。
「ここに」
凱はしばらく黙っていた。
それから、低く答える。
「ああ」
「毎日じゃない」
「ああ」
「診療所もある」
「分かってる」
「迎えは呼んだ時だけ」
「努力する」
「そこは即答しろ」
凱は少しだけ笑った。
汐音も、ほんの少しだけ笑った。
****
数日後。
汐音は診療所の奥に、小さな鞄を置いた。
中には、着替えと歯ブラシ。
凱の家に置いておくものだった。
自分で用意した。
その事実に、少しだけ顔が熱くなる。
「白石」
扉の方から声がした。
凱だった。
「勝手に入るな」
「鍵は開いてた」
「そういう問題じゃない」
凱の視線が、鞄へ向く。
「それ」
「見るな」
「うちに置くのか」
「……邪魔なら持って帰る」
「邪魔じゃない」
即答だった。
凱は、汐音の前まで来る。
「白石」
「何」
「おかえり、はまだ早いか」
汐音の胸が、どくんと鳴った。
何だ、その言い方。
反則だろう。
「……診療所に来た側が言う台詞じゃない」
「そうか」
「でも」
汐音は小さく息を吐く。
「そのうち、言わせてやる」
凱の目が、少しだけ見開かれる。
汐音は視線を逸らした。
「調子に乗るなよ」
「ああ」
凱は、静かに頷いた。
「待つ」
その言葉に、汐音は胸が熱くなった。
凱は、追い詰めるだけではない。
守ろうとするだけでもない。
待つことも覚えようとしている。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
****
雨の夜。
診療所を閉めた後、汐音は凱の車に乗った。
助手席。
以前は張り込みのために座った席。
今は、凱の家へ向かうための席。
「寒いか」
凱が聞く。
「寒くない」
凱は黙って暖房を上げた。
汐音は横目で睨む。
「聞く意味」
「お前の否定は信用してない」
「本当に失礼な刑事だな」
「手」
凱が言う。
汐音は少し迷ってから、片手を差し出した。
凱が、その手を包む。
温かい。
「冷たい」
「知ってる」
「なら、温める」
「……勝手にしろ」
車は雨の中を進む。
裏路地のネオンが、窓に滲む。
汐音は外を見ながら、小さく呟いた。
「俺、本当に面倒な相手を選んだな」
凱は前を見たまま答える。
「俺もだ」
「否定しろ」
「面倒だが、手放す気はない」
汐音は黙った。
顔が熱い。
「馬鹿刑事」
「何度でも言え」
「重い」
「知ってる」
「……でも」
汐音は、凱の手を握り返した。
「嫌じゃない」
凱の横顔が、少しだけ柔らかくなった。
車は、凱の家へ向かっていく。
診療所も、裏路地も、汐音の人生から消えるわけではない。
けれど、帰れる場所が一つ増えた。
守られることには、まだ慣れない。
それでも。
この温かい手に、少しずつ慣れていくのも悪くない。
汐音はそう思いながら、窓の外の雨を見つめた。
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