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#08 殴り合いアーメンガードVSラビニア
放課後。自室に戻ってきたアーメンガードは、扉を開けた瞬間に異変を感じ取った。
(……なんだ、この匂い)
むせ返るような、甘くねっとりとした異常な匂いが部屋に充満している。匂いの元は、奥にある閉ざされたお風呂場 だ。
さらにドアの向こうからは、激しい水音に混じって、ロッティのただならぬ悲鳴が聞こえてきた。
「いやっ! やめて、セーラくん……っ!!」
(セーラ!? なぜセーラがこの部屋のお風呂場 に……っ!)
最悪の予感に全身の血の気が引く。アーメンガードは鞄を放り出し、お風呂場 へと駆け寄ると、力任せにその扉を蹴り開けた。
◇
「……何やってんだ、お前ら!!」
踏み込んだアーメンガードの目に飛び込んできたのは、理解が追いつかないほどの大惨事 だった。
濡れたタイル張りの床には、首筋から血を流して泣き叫ぶロッティと、裸のセーラ。そして壁際で、その異常な光景を冷笑しながら見下ろしているラビニア。
「セーラ……ッ!?」
何が起きているのか全く呑み込めないまま、アーメンガードは壁際のラビニアの胸ぐらを掴み、怒りのままに突き飛ばした。
「ぐっ……なにすんだよ!」
「貴様、セーラに何をした!!」
怒髪天を衝く勢いで怒鳴りつけるアーメンガードに対し、ラビニアは突き飛ばされた痛みに顔をしかめつつも、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
「ぼくが何をしたって? あの二人が勝手にここでお楽しみ中だったんだよ」
「……は?」
「あの転校生 、ロッティに襲いかかったんだよ。汚らしい」
「嘘をつくな! セーラがそんな真似をするはずがない!」
吠えるアーメンガードの耳元に、ラビニアは残酷な囁きを落とす。
「おまえもパーティの時に見ただろ? あの二人、キスして随分と嬉しそうだったじゃないか。……おまえの可愛いペットと転校生 」
——ドクン、と。
アーメンガードの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
(セーラとロッティが……?)
脳裏にフラッシュバックするのは、誕生日パーティで見せつけられた二人のキス。そして今目の前で、ロッティの首筋に顔を埋め、甘い匂いを撒き散らしているセーラの姿。
最も触れられたくない傷——セーラとロッティへの狂おしいほどの嫉妬。
「お邪魔だったみたいだから、ぼくは退散するわ」
ラビニアは嘲笑うように肩をすくめると、ヒートの熱に喘ぐセーラと泣き叫ぶロッティを浴室に残したまま、くるりと背を向けて廊下へと出て行った。
「待て……」
目の前の惨状を収拾することすら頭から吹き飛び、アーメンガードの中で何かが決定的に焼き切れた。
「……嘘を、言えぇぇぇッ!!」
獣のような咆哮と共に、アーメンガードは廊下へと飛び出した。逃げようとしたラビニアの背中に飛びかかり、そのまま冷たい廊下の床へと力任せに押し倒す。馬乗りになり、我を忘れてその顔面に拳を振り下ろした。
「ぎ!? 痛っ、やめっ……!!」
「殺してやる! お前なんかぶっ殺してやるッ!!」
ドスッ、ドスッという鈍い音が廊下に響く。
「やめなさい!! 何という暴力を!」
騒ぎを聞きつけて駆け込んできたムッシュ・デュファルジュが、血相を変えてアーメンガードを背後から羽交い締めにし、必死の力で引き剥がした。
「放せ! そいつを殺させろ!!」
「落ち着きなさい、アーメンガード君! 正気を取り戻すんだ!!」
その後、駆けつけた警備員 たちに引きずられ、アーメンガードは地下の反省室へとぶち込まれた。
◇
その頃、フラフラとした足取りで屋根裏部屋へ戻ってきたセーラの異変に気がついたラムダスが血相を変えて隣部屋から飛び出してくる。
「はぁっ……はぁっ……く、うぅ……っ」
「セーラ様!? 一体どうされたのですか……」
駆け寄ったラムダスは、セーラの首元を見て息を呑んだ。
「これは……アルファ用の懲罰チョーカー』!? なぜこんなものを!」
「らむ、だす……っ」
セーラは熱でトロンとした目を向け、苦しそうに首元を掻きむしった。
「はずして……苦しいんだ……っ」
「……!」
(おかしい。いくら抑制具とはいえ、セーラ様にここまでの異常な熱と……この、甘い匂いを引き起こすはずが……)
セーラから漂うむせ返るような芳香。
ラムダスの脳裏に、一つの信じがたい可能性がよぎる。まさか、旦那様を亡くされたあの時の絶望で、セーラ様の性 が……。
「……失礼いたします」
ラムダスは迷いを捨て、手早くチョーカーの鍵をこじ開けた。
——カチャリ。
重たい金属の輪が床に落ちた瞬間。堰き止められていた強制的な負荷が解かれ、セーラの体からフッと力が抜けた。
(ああ……これも、父さんと僕が犯した罪への罰なんだ……)
己の身体がΩ(オメガ)へと決定的な変化を起こしていることに気づく術もなく、セーラはこの狂おしい熱と苦しみをただ「罪人への罰」なのだと思い込み、弱々しく震えていた。
「あ……」
「セーラ様!」
倒れ込む細い体を、ラムダスがしっかりと抱きとめる。極限まで追い詰められていたセーラは、そのまま糸が切れたように意識を手放し、ラムダスの腕の中で泥のように眠りに落ちた。
◇
一方その頃。
ラビニアとロッティ、そしてアーメンガードが暮らす——あの3人部屋。
——ガチャリ。
扉が開き、ラビニアが戻ってきた。
その顔は痛々しく腫れ上がり、苛立たしげに氷嚢 が当てられている。
ベッドの上で膝を抱えて震えていたロッティが、恐る恐る顔を上げた。
「ラ、ラビニア……大丈夫、なの……?」
「……」
ラビニアは何も答えない。
氷のような目でロッティを一度だけ睨みつけると、無言のまま自分のベッドにどさりと腰を下ろした。
重く、息が詰まるような気まずい沈黙が部屋を支配する。耐えきれなくなったロッティが、震える声で絞り出した。
「ねえ……アーメンガードは、どうしたの……?」
ラビニアは氷嚢を押さえたまま、鼻でふんと嗤 った。
「知らねーよ。地下の独房にでも入れられたんじゃ」
「え……っ」
「あのバカ、しばらく出られないね」
ロッティの目から、再び絶望の涙がこぼれ落ちる。
決定的に壊れてしまった平穏。主を失った空のベッドだけが、ひっそりと冷たい夜の闇に沈んでいった。
つづく
8話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8117
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アーメンガードくんが反省室に連れ去られて、僕 は一人ぼっちになってしまった。でも、もっと信じられないことが起きていたんだ。
院長先生の命令で、セーラくんが女の子のような『メイド』の姿にされてしまったなんて……。心を完全に壊されて、「私はただのメイドです」と感情のない声で呟く彼。戻ってきたアーメンガードくんが見たのは、もう僕たちの知っている気高いセーラくんじゃなかったんだ。
次回、A-Little-Prince 第9話。
そんな……セーラくん、どうしてそんな姿に……?
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