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#09 メイドに改造されるセイラ
昨夜の狂乱が残した答え合わせは、捕食者たちにとってあまりにも容易だった。
いくら深く噛み付いても残らない「番」の痕。むせ返るような甘いフェロモン。ラビニアの報告を受けたミンチンは、セーラが絶望によってΩ(オメガ)へと性反転 している事実を完全に把握した。
一方で、セーラ本人はまだ己の変化に気づかず、この熱を「罪人への罰」だと思い込んで震えている。その無知で哀れな勘違いを利用し、彼を過去の身分から完全に切り離すため、ミンチンは極めて悪辣な命令を下した。
小賢しい元・執事 からの隔離。そして、完全なる身分と性の剥奪である。
◇
冷たい院長室の片隅。
下働きのベッキーの震える手が、セーラの白い肌にそっと触れた。
「ごめんなさい、セーラ……」
「いいんだ、ベッキー先輩。続けて……」
命じられるがままに着せられたのは、ひらひらとしたフリルが過剰にあしらわれた女物のメイド服。そして今、彼の顔には「化粧」が施されようとしていた。
冷たい筆先が唇をなぞり、淡い色彩が乗せられていく。頬を柔らかな何かが滑るたび、かつて学園の至宝と謳われた「クルー家の御曹司」としての尊厳が、薄皮を剥がされるように消え失せていく。
セーラはただ目を伏せ、じっとそれに耐えていた。これも父の罪を償うための罰なのだと、己の心に言い聞かせるように。
やがて、すべての身支度が終わり、セーラがゆっくりと立ち上がると院長室の空気が、ふっと止まった。
「……ほぅ」ミンチンの口から、無意識のうちに感嘆の吐息が漏れた。
それは、ぞっとするほどの変貌だった。男であるはずのセーラの骨格は、メイド服と薄化粧によって、隠し持っていたΩ(オメガ)特有の儚さと色香を暴力的なまでに引き出されていた。伏せられた長い睫毛、ほんのりと熱を帯びたように色づく唇。痛々しいほどの羞恥に染まるその姿は、見る者の劣情を否応なくかき立てる、完璧な「芸術品」だった。
男であるミンチンの視線が、獲物を舐め回すようにねっとりとセーラに絡みつく。そのただならぬ熱気に当てられ、横にいたラビニアが思わず言葉を失うほどに、今のセーラは圧倒的な、そして淫靡な美しさを放っていた。
「……実にいい。これなら誰も、お前があの気取った元・お坊ちゃんだとは気づかないだろう。今日からお前は、ただのメイドだ」
ミンチンの欲望の混じった視線に、セーラは背筋が凍るような悪寒を覚え、強く自分の腕を抱きしめた。
◇
「早く屋根裏部屋の荷物をまとめて、下働きの部屋へ行きなさい」
ミンチンの命令で解放されたセーラは、逃げるように薄暗い廊下を駆け抜け、屋根裏部屋へと急いだ。
(誰にも見られたくない。こんな、こんな惨めな姿……っ)
だが、逃げるように戻った屋根裏部屋で、その切実な願いは最も残酷な形で裏目に出る。
物音に気づいて姿を現したラムダスと、よりにもよって最悪の鉢合わせをしてしまったのだ。女装させられた主人の姿に、忠実な男は絶句した。
「セーラ、様……? なんという、ひどい……っ」
耐えきれず、ラムダスが痛ましそうに一歩踏み出し、手を伸ばそうとした瞬間。セーラは弾かれたように後ずさった。
「来ないで……ッ!!」
悲痛な叫び声が、屋根裏部屋に響き渡る。
「見ないでくれ! 僕はもう、あなたの主人じゃない! ただの……ただのメイドなんだ……っ!」
大粒の涙が、化粧を施された頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちる。
「だからもう、僕に関わらないで……っ!」
それが、すべてを奪われた彼に残された、最後のちっぽけなプライドだった。セーラは伸ばされた手を激しく拒絶し、荷物を抱え込んだまま、逃げるようにその場を走り去っていった。
◇
それから数日後。
実家から積まれた多額の寄付金の力もあってか。予定よりも早く地下の反省室から解放されたアーメンガードは、まっさきに屋根裏部屋へと走っていた。
(セーラ……無事でいてくれ……っ!)
彼が最後に見たのは、浴室でヒートの熱に喘ぐ無防備なセーラの姿だ。自分が独房に隔離されていた数日間、ラビニアたちに何をされたか分からない。
しかし、息を切らして飛び込んだ屋根裏部屋は、もぬけの殻だった。
「……嘘だろ。セーラが、いない……?」
荷物すら消えた冷たい空き部屋を前に、最悪の想像が胸をよぎる。学園から追放されたのか、それとももっと酷い目に——。
絶望に顔を青ざめさせ、肩を落として自分の部屋へと引き返す。重い足取りで廊下を歩いていた、その時だった。
ふと、床を磨く小柄なメイドの後ろ姿が目に止まった。ひらひらとしたメイド服に身を包んだその背中から、ふわりと、あの甘い匂いが漂ってくる。
その華奢な肩のラインと、伏せられた横顔の輪郭。アーメンガードは雷に打たれたように足を止め、息を呑んだ。
「……セーラ、?」
信じられない思いで、震える声を絞り出す。
床を拭いていた手がピタリと止まり、メイドがゆっくりと振り返った。そこには、薄化粧を施され、目を奪われるほど可憐な『女』の姿に作り替えられたセーラがいた。
だが、アーメンガードを見つめ返すその瞳には、かつての気高い光は一切なく、ただただ黒く濁った空虚さだけが広がっている。
「……違います」
感情の抜け落ちた、平坦な声。
「私は、ただのメイドです」
過去も、名前も、男としての尊厳すらも捨て去ったように。淡々とそう言い残すと、メイドは再び冷たい床に視線を落とし、機械のように雑巾を動かし始めた。
愛した少年の面影が完全に消し去られ、見知らぬ「メイド」に成り果ててしまった光景。あまりにも残酷なその現実を前に、アーメンガードは言葉を失い、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
つづく
9話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8118
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私はこの学園でこき使われている下働きメイドのベッキー。でも、全寮制男子校にメイドがいるなんて普通じゃないでしょ? 実は私にも、誰にも言えない秘密があるの。
あの日、氷水で凍え切ったセーラを、私のベッドで温めてあげたんだ。重なる体温に熱が高まって、思わずセーラに触れてしまったけれど……
「私のこと、女だと思ってたんでしょ? この学園に女なんているのかしらね」
次回、A-Little-Prince 第10話。
ねえセーラ、男の子同士は……いや?
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