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#17 引き裂かれたエミリーと、業火の夜
気高き『ダイヤモンドプリンス』の失墜と、底なしの発情 がもたらした狂乱の夜。
あの絶望的な凌辱劇から数日後。薬の熱が完全に抜け落ちたセーラは、虚ろな正気を取り戻し、再び学園の下働きとして酷使されていた。骨の髄まで軋むような過酷な労働と寒さに耐える馬小屋での生活は、セーラの心身を容赦なく削り取っていく。
また、下男のラムダスも屋根裏部屋での使用人としての生活に戻り、ミンチン学院には再び、何事もなかったかのような平穏な日々が訪れたかのようだった。
そんな、冷たい静寂に包まれたある夜。この物語は、再びあの部屋から動き始める。入学時の検査でΩ(オメガ)の気質があると判明したラビニア、アーメンガード、そしてロッティが押し込められた三人部屋——幾度となく事件の舞台となってきた、この特別な密室から——
◇
院長ミンチンの寵愛を一身に受け、すっかり傲慢な性質へと作り変えられたアーメンガードは、苛立たしげに舌打ちをした。彼の冷酷な視線の先には、ベッドの上で大切そうに古びた人形を抱えているロッティの姿があった。
「……おい、ロッティ。いつまでそんな人形を大事に抱えてるんだ。セーラからもらったものだろ、それ」
アーメンガードの冷たい声に、ロッティはビクッと肩を震わせた。
かつて理性を失ったセーラに噛みつかれ、恐ろしい思いをしたロッティだったが、それでも昔の優しかったセーラがくれた人形だけはどうしても手放せずにいた。ロッティは何も言い返せず、ただ俯いたまま人形を庇うように強く抱きしめる。
しかし、その未練がましい態度が、アーメンガードの癇に障った。セーラへの執着を断ち切れないロッティの姿は、かつて自分がセーラを崇拝していた「愚かな過去」を見せつけられているようで猛烈に腹が立つ。
「目障りだ、よこせ!!」
「やめてっ!!」
アーメンガードが無理やり人形を奪い取ろうと手を伸ばし、二人が激しく揉み合ったその刹那——ビリッ、という嫌な音が響いた。
アーメンガードの手に握られていたのは、縫い目から無惨にちぎれ飛んだエミリーの片腕だった。
「なんだ、こんなもの……っ」
「ひどい……ひどすぎるよっ!!」
ロッティは涙をポロポロとこぼし、片腕を失ったエミリーともげた腕を抱え込むと、パジャマ姿のまま素足で夜の廊下へと飛び出していった。
◇
凍てつくような冷たい風が吹き込む、夜の馬小屋。
その日の仕事を終え、藁の上で泥のように眠っていたセーラは、微かな足音に目を覚ました。
「……ロッティ?」
馬小屋の入り口に、人形を抱えたロッティが涙ぐんで立っていた。
かつてバスルームで発情したセーラに噛み付かれた恐怖が微かに頭をよぎったのか、ロッティは少しおずおずと身を強張らせている。しかし、今のセーラから危険な匂いがしないことを悟ると、堰を切ったように泣きじゃくりながら駆け寄ってきた。
「セーラ……っ。ごめんなさい、大事にしてたのに、アーメンガードに引っ張られて……腕が、もげちゃった……っ」
差し出された無惨な人形を見て、セーラは優しく目を細めた。
「それ……? 僕が、君にあげたやつだね」
「うん……っ エミリー」
「そう。エミリーって言うの…」
セーラは生来の気高さと優しさを湛えた微笑みを浮かべ、震えるロッティの頭を撫でた。
「泣かないで、ロッティ。……ベッキーが、こういうお裁縫、得意だったから……。きっと、綺麗に直してくれるかもね」
追放されてしまったかつての仲間の名前を呟きながら、セーラはもげた腕とエミリーをそっと受け取った。
「見つけたぞ、ロッティ!」
そこへ、手提げランタンを持ったアーメンガードが、ドアを乱暴に蹴り開けて追ってきた。その目は怒りと、権力を笠に着た歪んだ優越感にギラギラと血走っている。
「こんな汚い豚小屋に逃げ込むなんてな。さあ、帰るぞ!」
アーメンガードはロッティの腕を乱暴に掴み、無理やり引きずり戻そうとする。
「やめろ、アーメンガード! ロッティに乱暴するな!」
ロッティを庇おうと、セーラが立ち上がってアーメンガードの腕を掴んだ。
三人の激しい揉み合いになり、力任せに暴れたアーメンガードの手からランタンがすっぽ抜けた。
ガシャン!!
床に落ちて割れたランタンから油がこぼれ、乾燥した藁に一気に引火した。
「あ……っ!」
炎はあっという間に燃え広がり、馬小屋の中を真っ赤に染め上げる。
パニックに陥ったアーメンガードは、「俺のせいじゃない……っ!」と叫びながら、二人を置いて一人で暗闇の中へ逃げ出してしまった。
「ロッティ、こっちへ!」
ゴォォォと激しく炎が渦巻く中、煙に巻かれながらも、セーラはロッティの手を強く引き、間一髪で雪の積もる中庭へと脱出した。
その直後、けたたましい半鐘の音が夜空に鳴り響き、大人たちの怒号が飛び交い始める。馬小屋の火事は、瞬く間に学園全体を巻き込む大騒動へと発展していた。
そして——誰も気づかない屋根裏部屋の窓から。
下男のラムダスは、火事で人々が庭へ飛び出していくこの絶対的な混乱に乗じ、かねてより狙っていた隣のクリスフォード邸への逃亡を、誰にも見咎められることなく果たしていた。
「ゲホッ、ゴホッ……! ロッティ、怪我はない……?」
「う、うん……セーラ、あ、あれ……!」
中庭で激しく咳き込むロッティの無事を確認したセーラだったが、ロッティの指差す先を見て、自分の腕の中が空であることに気がついた。
「……エミリーを、中に置いてきちゃった……!」
振り返れば、馬小屋はすでに業火に包まれ、屋根まで炎が達しようとしていた。
「ダメだよセーラ、死んじゃう!」
ロッティが泣き叫んで止めるのも聞かず、セーラは迷うことなく、真っ赤に燃え盛る炎の中へと再び飛び込んでいった。
「エミリー……っ!」
熱風と黒煙が視界を奪う。燃え落ちる寸前の梁を間一髪で避け、火の粉を全身に浴びながら、セーラは炎の向こう側に転がっていた人形を見つけ出した。
ドォォォン……!!
背後で大きな柱が崩れ落ちる音とともに、セーラが炎の中から転がり出てきた。
その顔は煤だらけになり、服のあちこちが焦げていたが、その腕の中には片腕を失ったエミリーがしっかりと抱きしめられていた。
「セーラ……っ、セーラぁ……っ!」
命がけで人形を守り抜いたセーラの姿に、ロッティはただ泣きついてしがみつくことしかできなかった。
つづく
17話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8131
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院長先生からあいつらの「しつけ」を任されて、俺 はちょっと面白いゲームを思いついたんだ。放火の罪を見逃してやる代わりに、ほんの少し卑しい真似をさせて、プライドの高いセーラに屈辱を味わわせてやる。ただ、それだけのつもりだったのに。
あ、ああぁぁぁっ……!! やめろ! もうやめろぉっ!!
自分で命令しておいておかしいかもしれないけど……俺は、セーラのそんな姿、本当は見たくなんてなかったんだよ……ッ!!
次回、A-Little-Prince 第18話。
どうして……俺ばっかりこんなに苦しいんだよ……っ!
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