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#32 アーメンガードの復讐
「——お前、自分の立場が分かっているのか?」
重厚なマホガニーのデスク越しに、ミンチン院長の冷酷な声が響いた。
院長室の絨毯の上に膝をつかされているのは、使用人のベッキーだ。昨日の休み時間、生徒会からの命令に逆らったことで呼び出されていた。
「アーメンガードから報告が上がっているぞ。底辺のメイド風情が、あろうことか生徒会の命令に背いたそうだな」
「……申し訳、ありません」
「次に逆らったら即刻クビだ。……実家への仕送りもできなくなるな。田舎の幼い弟や妹たちは、路頭に迷うぞ」
ビクッと、ベッキーの細い肩が跳ねた。
絶対的な服従を強いる目に見えない首輪を嵌められ、ベッキーはただ深く頭を擦り付けることしかできなかった。
◇
放課後の生徒会室。
アーメンガードに呼び出されたラビニアが重いドアを開けると、そこには奇妙な空間が広がっていた。
部屋の中央では、セーラが床の拭き掃除をさせられており、部屋の隅にはお茶汲みとしてベッキーが控えさせられている。
嫌な予感を覚えたラビニアの目の前で、ソファに座っていたジェシーが、机の上のインク瓶をわざとらしく手で払い落とした。
——ガシャン! という音と共に、黒い液体が床にぶちまけられる。
「あーあ! セーラがぶつかってきたせいで、院長の大切な書類が台無しじゃないか!」
ジェシーが白々しい声を上げた。セーラは数メートルも離れた場所で雑巾を握ったまま、ただじっと床を見つめている。
「困ったな。院長の書類を汚すなんて、ただじゃ済まないぞ」
アーメンガードがニヤニヤと笑いながら立ち上がり、ラビニアを見据えた。
「……そういえば、昔もこんなことがあったな? 誰かが身代わりになって落とし前をつけたんだっけ?」 ※11話参照
その嘲笑を見た瞬間、ラビニアはすべてを悟った。かつて自分がアーメンガードに味わわせた屈辱を、今、そのままそっくりやり返そうとしているのだ。
「……鞭で打たれればいいんだろう」
ラビニアは静かに上着を脱ぎ、床に投げ捨てた。壁に手をつき、背中を向ける。
「察しがいいな。お前のそういうところ、嫌いじゃないぞ」
アーメンガードは嗤うと、床にうずくまるセーラを見下ろした。
「セーラ、お前は分かってるよな? あの時のことだ。同じようにやってもらうぞ」
◇
かくして、地獄の復讐劇が幕を開る。
セーラは部屋の中央に立たされ、頭の上に熱い紅茶がなみなみと注がれたティーカップを乗せられた。動いてお茶をこぼすたびに、ラビニアが鞭で打たれる。ルールはあの時と完全に同じだ。
「おいメイド。お前が打て」
アーメンガードは自ら手を下さず、部屋の隅にいたベッキーの足元に革の鞭を投げ捨てた。
「院長の言葉を忘れたか? お前の実家がどうなってもいいのか」
ベッキーは青ざめた顔でブルブルと首を振ったが、脅しには逆らえない。ギリッと唇から血が出るほど噛み締め、震える手で鞭を握り立ち上がった。
「……っ」
セーラは頭上の熱を意識しながら、必死に無表情を取り繕った。
少しでも動いてお茶をこぼせば、ベッキーの持つ鞭がラビニアに振り下ろされる。そのプレッシャーに、セーラの細い足は小刻みに震えそうになっていた。
「おいジェシー、数を数えろ」
アーメンガードは壁に手をつくラビニアを見下ろし、嘲るように鼻を鳴らした。
「……ラビニア、お前たちはあの時、俺に『百』なんて無茶な数字を言いやがったな。だが安心しろ、俺は慈悲深い。……たったの『十』で許してやるぞ」
「いち……、にぃ……」
アーメンガードの合図で、ジェシーがいやらしい声でゆっくりとカウントを始めた。
「さん……、しぃ……」
張り詰めた沈黙の中、ジェシーの声だけが響く。セーラは息を殺し、必死に頭の上のティーカップの均衡を保っていた。
ラビニアは壁に手をついたまま目を閉じ、まだ一度も下りてこない鞭の恐怖と痛みに耐える覚悟を決めている。鞭を構えるベッキーも、セーラが耐え抜いてくれることを祈りながら、震える手でじっと待っていた。
「……はち……、きゅう……」
いよいよ次で終わる。セーラが安堵でわずかに気を緩めかけた、その瞬間だった。
アーメンガードがセーラの目の前にスッと立ち塞がり——突如、耳元で「パンッ!」と激しく両手を打ち合わせた。
「……っ!?」
猫だましのような強烈な破裂音に、不意を突かれたセーラの肩が大きく跳ねた。
均衡を失った頭上のカップが、無残にも床へと滑り落ちる。
ガシャーン!!
陶器が粉々に砕け散り、熱い紅茶がセーラの足元にぶちまけられた。
「おっと。……ほら、こぼしたぞ。ルール通りだ。メイド、早くそいつを打て!」
アーメンガードの容赦ない怒声が響く。
ベッキーは「ひっ……!」と悲鳴のような声を上げながら、脅しに屈して力任せに鞭を振り下ろした。
⚡️——ピシャァンッ
「ぐうぅっ……!」
ラビニアの背中を、この日初めての痛烈な一撃が裂く。くぐもった呻き声と、白い肌に浮かび上がる痛々しい赤いミミズ腫れ。
その凄惨な光景を見た刹那——
「……やめて! もうやめて!!」
セーラは床に這いつくばるラビニアの背中に覆いかぶさり、その身体を庇うようにしがみついた。アーメンガードを涙ながらに見上げ、必死に懇願する。
「……こんなこと、もうやめて……っ! 悪かったから……、何でも言う通りにするから……だから、……っ!!」
その時、廊下からバタバタという足音と共に、ロッティが担任のアメリアを連れて飛び込んできた。
アメリアは、床に散乱した破片と血、抱き合って泣き叫ぶセーラとラビニア、そして鞭を握りしめて震えるメイドという地獄のようなカオスを一瞥した。だが、その瞳には驚きも怒りも、一欠片の感情すら宿っていない。
「……お前ら。なんだこれは」
アメリアは面倒くさそうに首の後ろを掻き、ひどく間の抜けた声で告げた。
「……もう下校時間はとっくに過ぎてるぞ。こんな時間まで居残りしやがって。早く帰れ」
……
「じゃあな」
アメリアは本当にただそれだけを言うと、何事もなかったかのようにバタンとドアを閉め、足音を遠ざけていった。
助けなど来ない。この学園の大人は、完全に狂っているのだ。
アーメンガードはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「まあいい。命拾いしたな、ラビニア。……セーラ、お前、今『何でもする』って言ったな? 楽しみにしてるぞ」
アーメンガードとジェシーは嫌味な笑いを残し、さっさと生徒会室を出ていった。
静まり返った部屋。
セーラは震える腕でラビニアを抱きしめたまま、ただ声もなく泣き続けていた。
つづく
32話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8161
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赤く腫れた背中の傷……痛かったかい? ごめんよ、ラビニア。でもさ、これでお互い様だろう? 俺 だってあの夜、君に打たれてひどく痛かったんだぜ。ほら、そんなに意地を張って睨むなよ。優しくしだってしてあげるんだぜ、俺の言うことを聞くんならな!
次回、A-Little-Prince 第33話。
俺の可愛いペット。その痛みが引くまで、ずっと優しく愛してあげるからな。
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