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#34 妊娠???
ロンドンの街路樹がすっかり葉を落とし、吐く息が白く染まり始める頃。秋も深まった全寮制の男子校・ミンチン学院では、新学期に伴うクラス替えが行われていた。
かつて数多の因縁を刻んだ、セーラ、ラビニア、ロッティ。そして、彼らを支配するアーメンガードが、同じクラスの名簿に名を連ねている。——それは生徒会長アーメンガードの傲慢な欲望によって書き換えられた、新たな陰謀の始まりにすぎなかった。
◇
冷たい秋風の音が不気味に響く薄暗い廊下。ロッティは、ベッキーの私室の古びたドアの前に力なく立ち尽くしていた。
いつも鉢植えの裏に隠してあるはずの『合鍵』が、ない。何度ノックしても、ドアの向こうからは何の反応も返ってこない。だが、隙間から漏れる微かなランプの光と、息を潜めている気配が、そこに彼がいることを確かに伝えていた。
「……僕だよ……っ 開けてよ、ベッキー」
かすれた声で呼びかけても、ドアは冷たく閉ざされたままだった。
重い足取りで自分の部屋へ戻りながら、ロッティはここ数日の出来事をぐるぐると頭の中で巡らせていた……
◇
昨夜、ベッキーの部屋。
——数日前から、ロッティは激しい吐き気に襲われるようになっていた。胃の中が空っぽになってもえずきが止まらず、お腹の奥が内側から熱を持って張るような感覚。
ただの体調不良とは違う、自らの身体に起きている決定的な『変化』に、ロッティ自身も薄々感づき始めてはいた。だが、それを認めるのが怖くて、すがるようにベッキーの部屋へ逃げ込んだのだ。
最初は優しく背中をさすってくれていたベッキーだったが、ロッティの症状を目の当たりにするにつれ、次第にその顔色は真っ青に変わっていった。そして、ひどく震える声でこう尋ねてきたのだ。
『ねえ、ロッティ……もしかして。私以外の誰かと、そういうこと……した?』
ロッティは涙目で、力強く首を振った。他の誰かになんて触れられていない。愛しているのはベッキーだけだ、と。
だが、その言葉を聞いたベッキーは安堵するどころか、スッと血の気を引かせて絶望的な沈黙に陥ってしまった。
ロッティはまだ、事の重大さを完全に理解してはいなかった。オメガがベータ相手でも命を宿す可能性があるという事実。そして、一介の下働きであるベータのメイドが、名門校の生徒を妊娠させてしまったという事実が、この学園でどれほどの『完全なる破滅』を意味するのかを。
『ねぇベッキー、どうして黙るの……? 僕、怖いよ……っ』
不安に泣きじゃくるロッティを抱きしめることすらできず、ベッキーは血の滲むような声でただ一言、こう告げた。
『……ごめん、ロッティ。今日はもう……自分の部屋に戻って』
自分の両手がガタガタと震えているのを必死に隠すように、ベッキーはロッティを突き放した。
あの時の、すべてを悟って絶望したような、泣き出しそうな瞳。大好きなベッキーに拒絶されたという恐怖に怯えながら、ロッティはただ一人、冷たい廊下を歩くしかなかったのだった——。
◇
(僕、どうしたらいいの……。ベッキー……)
唯一の心の拠り所すら失い、ロッティはフラフラと自分の部屋(ラビニア、ロッティとの三人部屋)のドアを開けた。
「……ん?」
部屋には、ラビニアが一人でベッドに腰掛け、退屈そうに爪の手入れをしていた。
アーメンガードの姿は今日もない。
ロッティは、無意識のうちに自分のお腹をさすっていた。自分の身体に何が起きているのか、分からない。そんな不安から気がつけば、ロッティは目の前のラビニアに声をかけていた。
「……あのさ、ラビニア」
「おぉ! びっくりした! 何だよ急に」
「ちょっと聞きたいんだけど……。オメガって……男でも、その、お腹に赤ちゃんができたりするの……?」
その恐る恐るの問いかけに、ラビニアは心底呆れたようなため息をついた。
「はぁ? お前、今さらなに言ってんの?」
「……え?」
「当たり前だろ。オメガは妊娠するよ。だから|ぼく《・・》たち、問題を起こさないようにこの『オメガ専用の三人部屋』に押し込められてるんじゃないか」
「えっ……!? そ、そうだったの……!?」
自分がオメガであることの本当の意味すら理解していなかったロッティの無知さに、呆れ果てるラビニア。しかし、腹を抱えるようにして小刻みに震え出したロッティの姿を見て、彼の脳裏に最悪の推測が閃いた。
「ちょっと、お前……まさか」
ラビニアの目が、ロッティのお腹を鋭く射抜く。
「誰の子だ。……セーラか?」
何も言えずに後ずさるロッティ。極限のパニックに陥り、逃げるように再び部屋を飛び出していくその背中を、ラビニアは呼び止めることすらできなかった。
「……馬鹿ばかしい。オメガ同士で妊娠なんて、あり得ない」
一人残された部屋で、ラビニアはポツリと呟いた。
セーラはオメガに転移したはずだ。番の刻印もできなかった。だからあり得ない。
だが……、かつて院長の愛人だった頃に知り得た裏の知識が、彼の思考を侵食していく。オメガ転移が不安定に揺らぎ、一時的に『アルファ』に戻るケース……。
もし、セーラがアルファに戻っているのだとしたら。
ロッティのお腹にいるのは、アルファの血に目覚めたセーラの子……
そこまで思考が至った刹那——
ラビニアの心臓が、ドクンと冷たく跳ねた。
(……待てよ)
——自身にも身に覚えがあった。(26話参照)あの時、セーラは確かに自分を支配するような、アルファ特有の強気な振る舞いを見せていた。
あの時……自分をうつ伏せに組み敷き、逃げ場を奪うように背後からのしかかってきた重み。オメガ同士の慰め合いなどではなく、抗いがたい雄としての熱情で、自身の奥深くまで容赦なく何度も熱を注ぎ込んできた、あの夜の記憶。
「まさか……うそだろ」
もしあの時のセーラが、一時的にでもアルファの機能を完全に取り戻していたのだとしたら。無防備に、その熱を最奥で受け入れてしまった自分は、どうなる?
震える両手が、ゆっくりと自分自身の平らな下腹部へと下りていく。
(:おれにも……妊娠の可能性が……!?)
冷たい秋風が、不吉な未来を暗示するように、ガタガタと窓ガラスを揺らしていた。
つづく
34話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8163
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院長からセーラのことでまたチクチク言われたので、生徒会室で対策会議、なのにラビニアのやつは上の空。
「ぼーっとしてんじゃねえよ」
お前がセーラを暗い部屋に押し込んで、外から鍵をかける。俺 (アーメンガード)のペットなんだから命令を聞け!なのになんでお前、セーラと一緒に中に入って、内側から鍵を下ろしてるんだよ。
次回、A-Little-Prince 第35話。
お前ら俺の目の届かないところで、またヤるつもりか……っ!?
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