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#37 ロッティのお腹の子は誰の子?
冷たい石造りの廊下は、素足の裏から凍えるような寒さを伝えてきた。
三人部屋の生々しい熱気から逃げ出したロッティは、薄暗い階段を下りていた。向かう先は、冷遇されている使用人たちが押し込められている狭い区画だ。
ベッキーの部屋の前に辿り着いたものの、ドアを叩く勇気が出ず、ロッティはもじもじと立ち尽くしていた。以前、自分の身体の異変を伝えた時、彼に逃げられてしまった悲しい記憶が足をすくませる。
(やっぱり、迷惑だよね……)
踵を返そうとしたその時、背後から階段を歩いてくる足音が聞こえた。
「……ロッティ?」
一日の厳しい労働を終え、煤で顔を汚したベッキーだった。
予期せぬ鉢合わせに、気まずい沈黙が落ちる。ロッティがすっと目を逸らした瞬間、ベッキーが一歩踏み出し、その冷え切った小さな手を両手で包み込んだ。
「この前は、逃げるような真似をしてごめんね」
掠れた、けれど真っ直ぐな声だった。
「あたしみたいな底辺には、重すぎて……。でも、傷つけちゃったよね。ごめんね。許して」
「ベッキー……」
「こんなところで凍えてないで、中に入って」
ベッキーは震えるロッティを、自分の狭い部屋の中へと静かに引き入れた。
◇
部屋の片隅にある小さなストーブが、微かな温もりを作っていた。
ベッドの端に腰を下ろしたロッティは、ポケットに忍ばせていた小箱——先ほどラビニアから押し付けられた『妊娠検査薬』を、震える手で取り出した。
「……これ、ルームメイトのラビニアから渡されたんだ。これで、はっきりするからって」
ロッティの言葉に、ベッキーは息を呑んだ。二人の間に、再び重苦しい緊張が走る。
それでも、ベッキーは逃げずにしっかりと頷いた。
「使おう。あたしも、ちゃんと知りたいの。どんな結果が出ても……もう絶対に逃げないから」
その言葉に背中を押され、ロッティは意を決して立ち上がった。部屋の隅にある共用の小さな洗面所で検査薬を使い、ベッドに戻る。
長い、長すぎる数分間だった。
やがて時間が来て、二人は息を詰めながら、小さな判定窓を覗き込んだ。
そこに浮かび上がっていたのは、残酷なほどにはっきりとした『陽性』を示す線だった。
「あ……ぁ……」
ロッティの目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。——本当に、妊娠してしまった。だが、誰の子だというのだろう。
恐怖で混乱するロッティの脳裏に、父親候補達がフラッシュバックする。
①アーメンガード? いや彼はΩ(オメガ)だから違う。 (1、12話参照)
②ラビニアとは戯れた程度だし…最後まではしてない。(26話参照)
③セーラ? 一度だけだけど…そもそもセーラはΩなの…違うの??(23話参照)
④ミンチン院長? 実は一番多いかも。ヤバ!(19話参照)
⑤そして、目の前のベッキー。この人はβ だからあり得る…(29、33話参照)
誰の子がこのお腹に宿っているのか、ロッティ自身にも分からなかった。もしこれが学園に知れたら、ただでは済まない。
(それにしても僕は、なんで多くの人と関係を持ってしまったんだろう……)
絶望に崩れ落ちそうになるロッティの肩を、ベッキーが強く抱きしめた。
「大丈夫だよ……。あたしが、絶対にを守るから」
ベッキーはロッティの震える背中を撫でながら、必死にそう囁いた。しかし、その慰めの言葉の裏で、二人はどうしようもない重い現実に押しつぶされそうになっていた。
◇
数日後の教室。
重苦しい空気と、拭いきれない恐怖が常にロッティを包んでいた。
教壇ではアメリア先生が淡々と黒板に文字を書き連ねている。閉め切られた教室にこもったチョークの粉の匂いと、少年たち特有の熱気と汗の入り混じったむせ返るような空気が、ロッティの鼻腔を突いた。
途端に、胃の底から強烈な吐き気がせり上がってくる。
「うっ……!」
ロッティは思わず口元を両手で強く押さえた。顔面は蒼白になり、額には冷や汗が滲む。
限界だった。椅子を蹴倒すようにして立ち上がると、そのまま教室を飛び出し、トイレへと駆け込んでいった。
ガタッという大きな音が響いたが、アメリア先生は一切気にする様子もなく、黙々と黒板に向かって授業を続けている。他の生徒たちもすぐに興味を失い、退屈そうに視線を戻した。
しかし、いつもロッティを目の敵にしているジェシーだけは違った。隣の取り巻きと顔を見合わせ、意地悪く目を細める。
「ねえ……今の見た? ロッティのやつ、最近ずっと顔色悪かったし……」
「授業中に吐き気なんて。まさか……」
ジェシーが、嘲笑を含んだ声で決定的な言葉を口にする。
「あいつ、妊娠してるんじゃ……?」
取り巻きたちが息を呑むと、ジェシーはさらに口角を吊り上げた。
「確かめてやろうよ。あいつが本当に隠し事をしてるのかどうか……」
残酷な好奇心という名の火種が、確実に落ちた瞬間だった。
つづく
37話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8166
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突然の抜き打ち持ち物検査!まずい……カバンの中には、昨日使ったあの『空き箱』が入ったままなのに! 僕 は慌てて逃げ出したんだけど、すぐに捕まって、中身をぶちまけられちゃった……っ。
さらに最悪なことに、あの大切な『封筒』まで見つかっちゃったんだ。——デュファルジュ先生から「アーメンガードに渡して」って預かっていた手紙の封筒。
次回、A-Little-Prince 第38話。
そういえば、肝心の手紙の中身はベッキーに預けたままだったけど……それでも、ダメ! それだけは返してよッ!!
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