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#44 失墜のアーメンガード、セーラへの理不尽な八つ当たり
一昨夜の院長室での屈辱。セーラへの嫉妬。
どす黒い感情に支配されたアーメンガードは、朝から苛立ちを隠せずにいた。廊下で生徒会のメンバーを見つけると、憂さ晴らしのように高圧的に命じた。
「おい、セーラを中庭に引きずり出せ。『指導』してやる」
しかし、彼らは動かない。それどころか、アーメンガードを小馬鹿にするような冷ややかな視線を向けてきた。
「は? 何言ってんだよ」
「お前、自分がまだ生徒会長だとでも思ってんのか?」
「……なに?」
鼻で笑う彼らの中心から、ジェシーが一歩前に出た。
「院長先生からの決定だ。お前は今日付けで会長を解任。俺が新しい生徒会長に任命された。……だいたいオメガのくせに、偉そうなんだよ」
「な……っ!」
信じられない言葉に、アーメンガードは絶句した。メンバーたちは「行こうぜ、新会長」とジェシーを取り囲み、呆然と立ち尽くすアーメンガードを置いて冷酷に去っていった。
◇
学園での絶対的な権力を失い、誰一人として自分の命令を聞かなくなった。その事実が、アーメンガードの狂気に火をつけた。
昼休み。組織的な嫌がらせができなくなったアーメンガードは、単独で動いた。廊下を歩いていたセーラを見つけるや否や、力任せに腕を掴み、誰も寄り付かない薄暗い物置部屋へと強引に引きずり込んだのだ。
「あっ……! 離せ、アーメンガード!」
「お前なんて、ここで一生埃でも被ってろ!!」
アーメンガードはセーラを冷たい床に突き飛ばすと、外から重い扉を閉め、乱暴に鍵をかけた。
「開けてくれ! アーメンガード!」
内側から扉を叩く音を背に、アーメンガードは荒い息を吐きながらその場を離れた。
◇
午後の授業。
教室の机が並ぶ中、セーラの席だけが空っぽだった。
教壇の教師は気にも留めないが、ラビニアだけは不審に眉をひそめていた。
(……あいつ、どこへ行ったんだ。授業をサボるなんて珍しいな)
放課後の鐘が鳴ると同時に、ラビニアは足早に教室を飛び出すと、セーラを探して学園中を回った。
やがて、裏庭にある物置部屋の前を通りかかった時、扉の向こうの微かな気配を感じた。
「……セーラ?」
ラビニアが鍵を開けて扉を引くと、埃まみれになり、冷え切った床でうずくまるセーラが転がり出てきた。
「何やってんだ、お前、こんな所で……!」
「おい、ラビニア、なに勝手な真似してんだ!」
不意に、背後から怒鳴り声が響いた。
「アーメンガード! もう、こんなのやめろよ」
「黙れ! ペットの分際で意見するな! 躾けてやる!」
血に飢えた獣のようになっているアーメンガードに、言葉は通じなかった。激昂したアーメンガードはラビニアに掴みかかり、力任せに床へと押し倒す。
「ひっ……!」
完全に理性を失ったアーメンガードは、自分からすべてを奪っていくこの世界への憎悪を込めるように、ラビニアの顔面に向かって容赦なく拳を振り上げる。
「やめろッ!!」
鈍い音が響いた。
だが、ラビニアに痛みは走らなかった。
「……ぁ、う……っ」
ラビニアを庇って間に割って入ったセーラの頬に、アーメンガードの全力の拳がまともにめり込んでいたのだ。
セーラはそのまま吹き飛び、冷たい石の床に力なく倒れ込んだ。切れた唇から、タラリと赤い血が流れ落ちる。
「あ……」
自分の拳に残る生々しい感触と、床に倒れて動かないセーラを見て、アーメンガードはハッと我に返った。
「ち、違うんだ、これは……ッ」
自らの制御できない狂気に怯えるように、アーメンガードはラビニアの上から転げ降りると、逃げるようにその場から走り去っていった。
◇
パニック状態のまま、アーメンガードはミンチンの院長室へと駆け込んでいた。
バンッ!と扉を開け、執務机に座るミンチンにすがりつく。
「院長先生! なぜですか! なぜ僕を生徒会長から降ろしたんですか!」
半狂乱で問い詰めるアーメンガードを、ミンチンは氷のような冷ややかな目で見下ろした。まるで、出来の悪い人形を眺めるような視線。
「わからないのか、お前……」
すがりつこうとするアーメンガードを、ミンチンは汚いものでも払うかのように無造作に振り払った。
「……っ。どうして……どうしてもう、僕を以前のように抱いてくれないのですか!」
「下がれ」
「お願いです。せめて、理由を教えてください!」
「……そうか、知りたいか」
ミンチンは口角を歪め、ねっとりとした声で告げた。
「ふっ。よかろう。ならば、今夜私の部屋に来い。……理由を教えてやる」
◇
夕食の時間。
セーラは、わざと時間を遅らせて食堂へと向かった。昨夜もアーメンガードに食事をひっくり返され、今日の昼は物置に閉じ込められて食べ損ねている。これ以上目をつけられ、なけなしの食事を奪われないように警戒した結果だった。
だが、遅れて厨房に向かったため、受け取れたのは鍋の底に残っていた冷めたスープと、固いパンの切れ端だけ。それでも、昨日の夜から何も口にしていないセーラにとっては命綱だった。
殴られた頬の痛みに耐えながら、食堂の隅の席でようやくパンをかじろうとした、その時だった。
「おい、アーメンガード! よせ! やめるんだ!」
背後から、ラビニアの焦ったような声が響いた。
ハッとして顔を上げたセーラの視線の先で、真っ直ぐにこちらへ向かってきていたアーメンガードの腕を、ラビニアが必死に掴んで引き留めていた。
「もういい加減にしろよ! 昨日の夜もやっただろ。昼間のことだって……!」
昼間、自分を庇ってセーラが殴られた一件もあり、ラビニアは暴走するアーメンガードをこれ以上見過ごせなかった。
(もう、これを使うしかないのか)
ラビニアは制服のポケットから冷たい『金属の輪』——アルファ用の制御チョーカーを取り出すと、強引にアーメンガードの首へ嵌めようと飛びかかった。
「なっ……! 何すんだよ、よせッ! 離せッ! 鬱陶しいんだよ、お前は!」
しかし、完全に理性を失い、力で勝るアーメンガードは、すがりつくラビニアを力任せに振り払った。
——カチャンと虚しい音を立てて床に転がり落ちるチョーカー。
そして、アーメンガードは、獲物を狙う獣のような目でセーラを睨みつけると、狙い澄ましたようにそのテーブルを蹴り飛ばした。
ガシャアンッ!!
鈍い音を立てて、スープとパンが床にぶちまけられた。
「あっ……」
「……フンッ」
アーメンガードは、床に散らばったパンを無惨に踏み躙り、足早に食堂を出て行った。ミンチンの不可解な命令と、自分の転落への恐怖で、もはや彼には手近な弱者への八つ当たりしか残されていなかったのだ。
あとに残されたラビニアは、床に散らばった無惨な食事とセーラを交互に見つめ、痛ましそうに顔を歪めた。
「大丈夫か? セーラ。……すまない」
「…………」
「あいつめ!」
申し訳なさそうにそう言い残すと、ラビニアはチョーカーを拾い上げると、慌てて「待てよ、アーメンガード!」と背中を追って駆け出していった。
セーラは床に散らばった無惨な食事を見つめ、ギュッと空っぽの腹を押さえて無言のまま立ち上がった。
結局、昨夜から丸一日、冷たい水以外は何も口にすることができなかった。
◇
「……今日も、何も食べられなかったな」
その夜。極限の空腹と寒さ、そして暴力の痛みで限界を迎えた身体を引きずり、セーラは氷室のような屋根裏部屋へと帰り着いた。
昨日アーメンガードに毛布を奪われてしまったため、今夜は凍えるような寒さを身一つで耐えなければならない。絶望的な気持ちで、重い木の扉を押し開ける。
しかし。
暗い部屋の中に足を踏み入れたセーラは、ハッとして足を止めた。
「え……?」
硬いベッドの上に、ふかふかで温かそうな『真新しい毛布』が畳まれて置かれている。
そしてその横には、湯気を立てているような『焼きたてのパン』がひっそりと用意されていたのだ。
「どうして……こんな……」
セーラは震える手で、ふかふかの毛布に触れた。確かに温かい。夢でも幻でもない。
誰がこんなことをしてくれたのかは分からない。だが、今のセーラにとって、それは神様からの贈り物のようだった。
「魔法だ……」
セーラは温かいパンを両手で包み込むように持ち上げると、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
冷え切った身体と心に、その魔法の温もりが優しく染み渡っていった。
つづく
44話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8189
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「……理由を知りたいなら、今夜私の部屋へ来い」その言葉の真意を知るため、俺 は夜の廊下へ足を踏み出した。
なのに、ラビニアのやつがしつこくついてきやがる。
「うるさいな……もういい、ならお前もついてこい! ただし、今度は逃げ出すなよ!」
俺たちを不気味な笑みで出迎えた院長先生は、「……すべてを見せてやる」とだけ言い放ち、俺たちを薄暗いクローゼットの中へと強引に押し込んだんだ。
次回、A-Little-Prince 第45話。
ねえ、先生。こんな暗い場所に閉じ込めて……これから一体、何が始まるっていうんだ……ッ!?
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