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#52 バレンティーヌスの

——バレンティーヌスの祭日。 あれから約一年の時が経とうとしていた。学園の至宝、ダイヤモンド・プリンスがこの学園に舞い降りたあの日から——。 そして、あの日アーメンガードが落とし、ミンチンが密かに拾い上げたあの一枚の告白カードは、一体どうなってしまったのだろうか。未だ破裂しない爆弾のように不気味な沈黙を保ったまま、季節は一巡りしてしまった。 ◇ ——昼下がり、バレンティーヌスの祭日。 下働き用の薄暗い部屋で、ベッキーは泣きじゃくるロッティの背中を優しく撫でていた。 「どうしよう、ベッキー……お腹、どんどん大きくなって……。ジェシーたちにも目をつけられたし、僕、もう……」 制服の上からでもはっきりと分かるほどに丸みを帯びた腹。周囲からの嘲笑と恐怖に怯えるロッティの涙を、ベッキーは指先でそっと拭い、両手でその頬を包み込んだ。 「……ロッティ。もう泣かないで」 普段、控えめな「お姉さん」のように振る舞うベッキーの顔から、ふっと柔らかさが消えた。そこにあったのは、愛する者を何があっても守り抜こうとする、一人の『男』としての決死の覚悟だった。 「僕が、責任を取る。……君と、そのお腹の子の責任は、全部僕が取るから」 静かで、けれど力強く揺るぎない告白。 ロッティは目を丸くし、やがてせき止めていたものが決壊したように、大粒の涙をこぼしてベッキーの胸に飛び込んだ。 ◇ 誰かが愛の覚悟を決め、誰かが静かに身を引く。 秘められた想いが交錯するバレンティーヌスの祭日という特別な一日は、学園の至る所で、大小さまざまな愛憎のドラマを生み出していた。 ロッティと誓いを交わしたベッキーは、その後、人気のない厨房でセーラと向かい合っていた。セーラはすべてを悟ったように、穏やかな微笑みを浮かべている。 「……顔つきが変わったね、ベッキー。覚悟を、決めたんだね」 「……はい。セーラ様、私……」 「よかった。ロッティを、どうか大切にしてあげて」 罪悪感に言葉を詰まらせるベッキーの唇を、セーラは自らの人差し指でそっと塞いだ。 冬休みの間だけ続いた、傷を舐め合うような秘密の共犯関係。それが本当の愛へと昇華されたベッキーに対し、セーラは気高く身を引くことを選んだのだ。 「謝らないで。君たちが幸せになることが、僕にとっての幸せでもあるんだから」 「セーラ様……」 「短かったけれど……魔法みたいだった二人だけの冬休み、ずっと忘れないよ。……さようなら、ベッキー」 その一言が、二人の関係に対する正式な終止符となった。 ◇ 夕暮れ時。 一人で中庭へ続く階段を下りていたセーラは、不意に物陰から腕を強く引かれた。 「……ラビニア?」 人気のない踊り場。荒い息をつくラビニアの瞳には、異様なほどの熱と執着が宿っていた。 「セーラ。……これを受け取ってくれ」 震える手で差し出されたのは、美しくラッピングされた小箱だった。セーラが戸惑いながらリボンを解き、箱を開けると、そこには黒い革で作られた特注の『オメガ用制御チョーカー』が収められていた。 「これは……」 「僕たちの、愛の証だ。ペアで二つ用意した。一つは僕が、もう一つは君がつけるんだ」 ラビニアは身を乗り出し、すがるような、それでいて支配的な声で囁いた。 「それを着ければ、ヒートも番のフェロモンも抑え込める。ミンチンの刻んだ痕なんて関係なくなるんだ。二人の貞操を、この首輪で守るんだよ。……だからセーラ、それをつけて、僕だけのものになってくれ……!」 それは、ラビニアの狂信的な愛が形となった『貞操帯』としての首輪だった。 「……気持ちは、嬉しいよ。ラビニア」 セーラは青ざめた顔で、その黒い首輪が収められた箱を両手でギュッと胸に抱き込み、一歩後ずさった。 「でも……ごめん。その首輪は、怖いんだ。少し……考えさせて」 「え……? セーラ、待って……!」 伸ばされたラビニアの手をすり抜けるようにして、セーラは箱を抱えたまま、逃げるようにその場を走り去った。 後に残されたのは、呆然と立ち尽くすラビニアだけだった。 「……なんでだよ、セーラ。僕が、君を救うって言ってるのに……」 薄暗い踊り場に、誰にも届かないラビニアの歪んだ愛のつぶやきが、虚しく溶けていく。 セーラが持ち帰った黒い首輪。そして一年前のあの告白カード…… 形を変えながら繰り返される執着の連鎖の中で、二度目のバレンティーヌスの夜は残酷に更けていった。 つづく 52話グラレコ https://fujossy.jp/fanarts/8199 — 誰もいない空き教室。セーラが制服のボタンを外し、甘い声で俺を誘ってきた。 「ねえ、アーメンガード。すごく寂しいんだ。慰めてくれない?」 ……どうしちゃったんだよ、セーラ。誘いを断る俺を見て「つまらない」って冷たく突き放したけど……違うんだ。今の俺には、もうそんな欲望なんて湧かないんだよ。 次回、A-Little-Prince 第53話。 俺はただ純粋に、お前を守る唯一の騎士(ナイト)になりたいんだ……!

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