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第2話 暖めてやるって舐められたらその気になるだろ 〜ラチュカとピッグルハムの冷製カッペリーニ〜
バルドが重い。
蓮は後ろから抱きしめてきて、首筋の匂いを嗅ぐバルドにそう思った。
物理的なことだけではなく、心理的な意味でも、バルドは重い言葉を吐き続けている。
「蓮、どうしても一緒に住めないのか?」
「どうしてそんなに一緒に住みたいんだ……」
「一緒にいたいからだ」
「…………」
正直、こんなに重いことを言ってくる女は今までにも居た。
そう言う時には『じゃあ、別れよう。それとも、抱いてくれって言うなら抱くけど?』と返せば、怒るか泣くかして諦めてくれる。
しかし、バルドにそのセリフは言いたくなかった。
それくらいには情は持っている。
「バルド、頼むから少し離れてくれ」
蓮はワイン棚に拭いたボトルを戻して、バルドの腕を軽く叩いた。
バルドの体がゆっくりと離れ、ワイン蔵の低い温度が背中に当たって軽く身震いする。
バルドは低い天井に頭をぶつけないように屈みながら、蓮を見下ろす。
「ずっと一緒にいたいんだ、蓮……」
「はぁ、あのな。俺は付き合うことは嫌じゃない。でも、束縛されるのは嫌だ。自由に恋愛がしたい」
「束縛……なのか?一緒にいたいだけなのに?」
「……重いな……」
「そうか……」
バルドは床に沈み込みそうな体を、入り口に続く階段に腰掛けてなんとか耐えている。
「なぁ、別に一緒に住まなくても、やりたいことは出来るだろ?」
「やりたい事?」
「あぁ、週一くらいで泊まってやるから」
「そういう事じゃない。常に蓮の空気を感じていたいんだ」
(重い……)
蓮は再び感じた言葉を口に出さないように気をつけて長く息を吐く。
感情のすり合わせがこんなに大変な作業だとは知らなかったのだ。
どんどんと階段へめり込んでいく勢いのバルドを見ながら、どうするかと蓮は考えを巡らせた。バルドがどうしてそんなにこだわっているのかが、蓮にはわからない。
(今まで女と真剣に付き合って来なかった報いか?いや、俺にはそもそもわからない感情なのかもな)
「そうか、蓮。同棲の前に、ご両親への挨拶だな!」
順番を間違えていたと、閃いた顔をするバルドに、蓮の顔は引き攣る。
「あ、でも蓮の家に行くとなると……息子さんをくださいじゃなくて、息子にしてくださいか?」
「やめろ、絶対に言うな」
両親への挨拶を想像してテンションを上げるバルドを一蹴して、蓮はワインを一本取り出す。
実家のダイニングでよく出されていたものだ。
一緒に飲んだ相手は居なかったが、蓮の好きな一本だった。
(でもまぁ、獣人で男を婚約者だと連れて帰れば、流石の両親も少しは動揺してくれるか?いや、ないか……)
蓮は首を振りながら、自分の考えを振り払う。そして、グラスを二つ用意すると、ワインを開ける。
「なぁ、スーツは新調した方が良いか?」
「しなくて良い。挨拶も別に来なくて良い」
「でも、そうしたら蓮とはいつ一緒に住める……」
「そのうちだよ」
蓮はワインの入ったグラスを一つバルドに差し向ける。
「そのうちで良いだろ?」
「蓮……」
どこか寂しげに笑う蓮に、バルドは手を伸ばし、頬を撫でる。
「冷たいな……」
「んっ……ここ涼しいからな」
「舐めてやろうか?」
「なんでだよ」
差し出したワインを受け取りもせずに、行為を始めるつもりかと蓮は目を細める。
「開店前だ。仕事にならないだろ」
「なんでだ?」
「お前な……んっ……」
バルドはそのまま、冷たい蓮の頬をペロリと舐めた。バルドの舌は暖かく、ふわりと優しさを感じる。
(あぁ、マッサージ的な意味で舐めてくれんのか)
「なぁ、別に疲れてないから。とりあえず、これ飲めよ」
もう一度ワインを向ければ、バルドは受け取ってくれた。
「蓮、手も冷たいぞ」
「ちょっと冷えただけだ。いいから飲め!俺が買ったワインだ。店の在庫じゃない」
「そうか、じゃあいただく」
バルドは一口飲んで、爽やかな香りに顔が綻んだ。
「ずいぶんスッキリとしてるな。あと、良い香りだ。ルルカみたいな」
「だろ?キャルカのワインだ。飲みやすいからよくテーブルワインにされてる」
「蓮は白が好きなのか?」
「え?いや別に」
「この前カラランのグラッセを作った時も、白を買ってきていただろ?」
「よく覚えてんな」
蓮はバルドの記憶力に感心しつつも、自分の好みを覚えていてくれていたのかと、多少嬉しく思う。
「店で仕入れ始めたんだ。覚えてるさ」
「あぁ、そうだな」
バルドの言葉に、さっき感じた気持ちは薄れる。
好みを覚えていてくれてたのではなく、仕事だから覚えていたのだ。
(そういや、俺、マフマフの代わりだったっけ……)
グラッセの時に持ち出したマフマフを思い出し、完全に惚れられたと思ったのに、まだ自覚をしてなかったバルドを思い出す。
(もしかして、今回も何か穴があったりしないよな。一緒に住みたいって、また何か違う理由があるのか?)
蓮は訝しげな視線をバルドに向ける。
座っているバルドから見上げられる位置にいるのがなんだか新鮮で、このままキスでもしてやろうかと近づいたら、手を取られ、舐められた。
「冷たい……蓮、ここだけ舐めさせてくれ。温めてやりたい」
「んっ……温まるのか……んっ……舐め方……」
バルドは、蓮の指先から舌を這わし、指と指の間を丁寧に舐める。くすぐったいような感覚に蓮は手を引くが、バルドは許さずに蓮を引き寄せる。
「んんっ……バルド……ぁっ……」
指先だけだと言うのに、蓮の身体は敏感に反応し、バルドの舌を見つめて物欲しそうに身を捩った。
蓮はグラスを置くと、身を屈め、バルドに擦り寄る。
「なぁ、少しだけ……」
「ん?寒いのか?ここ出るか」
「なんでだよ!ここだからできんだろ!」
「何する気だ?」
「おま……ベッドに誘わないとわからないのか?」
そこまで言って、ようやく理解したのか、バルドの顔が赤く染まっていった。
「い、い、いや!まだ昼間だぞ?」
「この前したのも昼間だっただろ」
「いや、開店前で!」
「さっき俺が言ったな。いいから、抱きしめろよ」
「~~~」
バルドはオズオズと蓮を抱きしめ、首筋に顔を埋めた。
「我慢出来なくなりそうだ……」
「それで良いんだよ。付き合ってんだろ?」
「蓮……蓮……良い匂い……」
スンスンと首筋を嗅ぐバルドの鼻息が当たり、蓮はくすぐったさに肩をすくめた。
「噛んでいいぞ」
「ぅん……あ……蓮の首……細いな……」
「……んっ……ふっ……ぁ……」
「首も冷えてる……細い……冷たい……」
バルドが持っていたワインを置いて、ピタリと止まった。
「おい?」
「蓮……」
「待て」
「良いのが出来そうだ」
「………………そうかよ……」
バルドはドゥルドゥの粉を練り、細く細くパスタマシンから切り出す。
蓮は、見たことのない細さに、これも技術かと感心する。
そして、先ほどまでの流れを思い出して、感心した自分の気持ちに憤慨した。
「なぁ、俺、だいぶ温まってきたんだけど?」
「そうか、良かったな。ワイン蔵の作業は長引くと良くないな」
バルドの言葉に、蓮は作業台を指先で叩く。
さっきのくすぐったいような感覚を思い出してギュッと手を握った。
(ずっと一緒にいたいって言ったやつが、こんなにすぐに料理に切り替えられるもんなのか?)
そんな事を思っていたら、バルドは茹で上がったパスタを水で絞め、氷に浸していた。
「固くならないか?」
「少し固さがある方がいいんだ」
ニカっと笑ってから、ラチュカとピッグルハムを切り出しボールに入れ、ルルカを絞って冷たくしたパスタも一緒に混ぜる。
最後にルーサ油を回して、カルで味を整え皿に盛り付けた。
「出来上がりだ」
「ラチュカって、パスタと一緒にするもんか?」
「ラチュカのワインだってあるだろ?料理と合わせるんだから問題ない」
果実がパスタに入っていることに疑念を抱きながら、蓮はフォークで巻く。
口に入れて、その冷たさと、さっぱりとした味にフッと笑みが溢れた。
「さっきのワインみたいだ」
「キャルカは使ってないけどな。蓮が好きな味だろ?」
ニコリと笑みを向けられ、蓮の頬がボッと赤くなった。
不意打ちに照れる蓮に、バルドは満足そうだ。
「これもコースに入れよう」
「あ、あぁ。いいな。そうなると次はメインか。魚は何にする?」
「そうだな……じゃあ、海に行くか」
「は?」
「また狩りにゃん?」
「お店の休みは急に決めないでください」
話が飛びすぎだと言おうとしたら、出勤してきたチェシュと志岐も話を聞いていたようだ。
「いや、そこじゃない。なんで海に行くんだ」
「魔魚獲るんだろ?」
「市場行けよ」
蓮の真っ当なセリフは、バルドの爽やかな笑顔に消された。
(海、俺も着いていくのか。まぁ、いいか。また二人きりだ)
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