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番外:水晶の朝とメイド服(上)

 魔王の腹心といつも一緒の良き相棒――水晶の朝は早い。  まずは城内、そしてお庭の散歩から始まる。  何しろ魔王の腹心の良き相棒なのだ。早寝早起き、健康的な規則正しい生活と情報収集は事欠かない。  さてはて今日も今日とて水晶は、殆どの者が目を覚ます前に、魔王の腹心シュケルが眠る布団の中から転げ落ちた。いや降りた。  カーテンの隙間から朝日がうっすらと室内を照らす。起きるにはまだ少し薄暗いそんな時間。  水晶はふにゃふにゃと~~こんな感じの目で少し眠そうにしながらもキリッと引き締め部屋の中を静かに転げ回りながら扉の前まで来る。慣れた手付き……いや丸つき(?)で扉を開けて部屋の外へ出た。  城内はやはりうっすらとまだ暗い。だが夜明けの静けさが漂っている。  もちろん魔王もカインもカボチャもまだ寝ている筈だ。  コロコロと転げ回りながら、それこそお城らしい豪奢な階段までくると、水晶なのにゴムボールのようにしなやかにポーンポーンと階段を転げ降りて行く。  中間まで降りたところで朝早くから掃除をする使用人に出くわした。 「あら水晶じゃない。おはよう、今日も早いわね」  年配の魔族の女性がいつものように水晶に声をかけた。  水晶はおはようの代わりに彼女の周りをくるっと一回りして愛嬌よく><と挨拶。 「ふふ、今日も元気ねぇ。私も負けてられないわ」  穏やかに微笑んだ彼女はまた掃除に精を出す。  水晶もまた、階段を転げ降りて行った。階段下では今度は男性の使用人が何やら台車で重い荷物を運んでいた。  静かな城内に響くごろごろとした車輪の進む音、なるべく響かないよう控えめにしているのは気遣い屋な彼の性格が出ている。  彼は水晶に気付くと、いつものように「やぁ水晶か。おはよう、今日も忙しくなりそうだ」と言ってそのまま通り過ぎて行った。  彼を見送った水晶はいつものように庭に繋がる扉へ向かう。その扉は水晶が必ず通る事を見越して、いつもこの時間、誰かが扉を林檎一個分開けてくれているのだ。そう、まさに水晶がちょうど通れる幅を。  庭へ出ると早朝の爽やかな香りが水晶を出迎えた。と言っても水晶に嗅覚はないので正確には匂いではなく体感とその場の空気感で感じている。  洗練されたトピアリーの花々の道をコロコロと転がって進み、花時計の所で季節の花を入れ替える庭師の姿が見えた。  少し腰を曲げた物腰が柔らかそうな爺さんだ――彼はもちろん水晶に気付いて目尻を下げた。 「来ましたな、水晶さん。こちらは新しい花ですぞ。ごらん、とても可愛らしい黄色い花でしょう。七月も終わり頃といえばこのリアンの花です」  それは北の魔族の領土では馴染み深い、小さな五枚の花弁が何個も丸っぽく集まった鮮やかな花だった。  水晶はその素敵な花が気に入って、花時計を縁取るレンガへ飛び乗ると、嬉しそうにハートを飛ばす。 「気に入りましたか、そうですか。何せこの花は人々の縁や絆を意味しますからね。ご縁を大切にする水晶さんならきっと気に入ると思ってましたぞ」  にこやかにそう言って、庭師は丁寧に花を植え替える。すると彼の目の前を黄色い蝶がひらりと一匹横切った。 「おや、蝶も喜んで早起きしたようですな」  水晶はお爺さんへ〝またね〟とその場でくるっと一回転、蝶々を追ってまたコロコロと転がりだした。そのままコロコロ進んで行くと噴水広場でライムグリーンの小鳥が数羽水浴びをしていた。  すっかり登った朝日が水面に反射し、小鳥が動くたび上がる飛沫がキラキラと光る。  水面にはまさに今、青空へ変わりきる間際の朝焼けが広がっていた。  水晶は噴水の縁へと飛び乗ると、晴れやかな空を見上げる。すると突然、空を飛んでいた小鳥が一羽、水晶に向かって急降下。  避ける間もなくツツツツとつつかれて水晶は噴水の中に落っこちてしまった。自分で落としておきながら、ボチャンと鳴った音と飛沫に被害者顔負けに驚いて、バッと小鳥達が我先にと逃げて行く。  理不尽な状況を悲しむ暇もなく、なんとか縁に這い上がった水晶は、太陽光でその丸いフォルムを乾かした。  ぽかぽかとした陽気に身も心も温まった頃、水晶はようやく朝の散歩を終えて城内へと戻るのだ。  入って来た時と同じ扉から中へ入ると誰かの足にぶつかった。 「だって、何もしないで居候するわけにもいかないだろ? だからちゃんと仕事しようと思って!」 「だからってなんで〝メイド服〟なんですか」  そう、それはカイン。人間で少年で来年には成人年齢16歳、魔王と結婚したいと押し掛けて来た居候――メイド服姿のカインの黒い靴だった。  彼はモップを片手に仁王立ち。その黒を基調としたふわりとしたワンピースと、真っ白なエプロンをなぜか違和感なく着こなしている。  そして案の定、険しい顔をした黒マントのパンプキン頭のお化け……ではなく、カボチャが怪訝そうな顔で、見えない筈の腕を組み、白手袋をはめた人差し指でととととんと苛立たしげに腕を叩く。  だがカインにかかればそんなことお構いなしだ。彼は笑顔で 「いや実はさ~俺バイトで一度この服見たことあったんだよ! あの時はなんとなく男の尊厳が壊れそうで避けたんだけど、今思うと一度着てみても面白かったかもなって! あとこれちゃんと仕事着だろ?」 「仕事着と言えば仕事着で間違いないですけどね。そうじゃなくてその服は女性用の」 「せっかくだからカボチャも着てみよーぜ! カボチャなら絶対似合うって」 「そうそう絶対似合……って、はぁああああぁああああああん!?」  かくしてがに股でものすご~~く不機嫌そうにメイド服に身を包む、子供姿のカボチャがいた。 「やっぱり、黒髪にその服は似合うよな~。こう見ると女の子顔負けだぜ」  確かにカインが言う通り、長い髪に少し生意気につり上がった真っ赤な大きな瞳と林檎色のほっぺ。  本人の意思とは裏腹に愛嬌ある顔立ちのせいか、不貞腐れている女の子のようである。  楽しそうに笑顔でカボチャの華奢な肩をバンバンとカインが叩く。 「カ~イ~ン~」  まるで「うらめしや~」とでも言いそうな顔で、カボチャがカインの真っ青なローテールの長髪を引っ張った。 「いてて、なんだよカボチャー」  痛いと、真っ青な瞳を涙で潤ませるカイン。  突然だが水晶は知っている。    「……これっきりですからね」  なんだかんだでカボチャはカインに甘いのだと。    「なんでだよ~!」 「なんでもかにも……えぇい、クソッまさかこんな形で……また女物の服を着るはめになるなんて」  ブツブツ文句を言うカボチャの剣幕に、恐れおののき、少しずつ後退していた水晶は、またもや誰かの足にぶつかった。  それは、階段下で、掃除をする振りをしながら二人を見守る使用人AとB。あと仕事をする振りをしたカボチャの直属の部下とシュケルの部下と、とにかくよく見ると目立たないようにしているだけでそこかしこにいた。  そして水晶は直感する。この場にいる全員、カボチャの不機嫌さにびくびくしながらも(違和感ないな)と満場一致で思っていると、水晶の直感は大概間違いない。  実際驚くほどに似合ってしまっているのだから誰も悪くない、悪くないのだ……いや、誰も悪いとも言ってないが。   「フフフ」  そんな少しピリついた雰囲気の間に空気を読んでかあえて読まずか、現れたのはやはりこのお方。 「シュケル!?」 「シュケルおはよう~!」  そう、魔王の腹心で水晶の(あるじ)――シュケル、その人だ。  彼はいつもの真っ白な司祭のような服に身を包み、穏やかに瞳を瞑ってやはりあのどこか含みのある微笑をたたえている。 「朝から随分楽しそうですね」  水晶の主は今のはまったく嫌味のつもりで言ってはいないのだが、残念ながらカボチャはそうはとってはくれない。その事をよく知っている水晶はハラハラとシュケルの背中を目で追った。 「来たなシュケル。僕をバカにしようたってそうは問屋が卸さないですよ」  案の定、片手に持つ箒を折らんかのごとく、カボチャはシュケルに矛先を向けた。 「なぁなぁシュケル、カボチャ似合ってるだろ?」 「えぇ、確かにそう見えますね」  「……フッそうですよ。この僕が、この僕が似合わない服なんてこの世にあるわけないんですよ! それを、貴様、シュケエエエル!!」  カボチャの魔力が、彼の怒りをあらわすように炎のように逆立つ。   「…………カイン、カボチャはいったい何に関して怒っていると思います?」 「え、シュケルもわかんねーの? 俺もさっぱりわかんねーや」 「フフフ、なんにせよ。普段の姿の方が貴方らしいですね」 「なあああにが普段の姿だいけしゃあしゃあと…………ん? いや待て、それはどういう意味ですか?」  

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