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番外:それはチョコレートの日(下)

「ちょ、カイン!」  カインはあっという間に調理場から出て行ってしまった。 「……ど、どうするんですかいカボチャ様?」 「どうもこうも」  ――カボチャ達が心配している頃。  黒衣の偉丈夫は卓上に積み重ねられた書類の山を片付けながら、城のあちこちから漂う甘ったるい匂いに朝から嫌な予感がしていた。 「まさかとは思うが」  自身の右側、顔から腹まである青いアザ。そのせいで本人も周りも殆どの者が気付いていなかったその端正な面立ちが険しくなる。  すると突然、部屋の扉が勢い良く開き。そのままドタドタと入って来て卓上の僅かにあいた狭い空間に皿が割り込んだ。その皿の上には何やら見たこともない食べ物が。  それを目に留めた瞬間、彼は全てを察した。そしてこれはどうあがいても逃れられないだろうとも。 「〝魔王〟お疲れさま!」  そしてそれを置いた犯人を彼は見やる。 「……今日も変わらず元気だな」 「うん、俺はいつだって元気だぜ!」 「ところでこれはなんだ?」  だいたいなんなのかは予想がついているが、訊かないわけにもいかず。すると目の前の少年は真っ青な瞳をキラキラと輝かせ。良くぞ訊いてくれたとばかりに嬉しそうな顔をする。 「これねガトーショコラって言うんだぜ! ちょっとアレンジしてるけど、ほろ苦くて〝甘い〟お菓子なんだ!」  やはりかと心の中で頭を抱える。そして少年、もとい、カインの話を聞きながら、自分はこれをどうしても喰わなければならないのだろうとも。  しかしそんな心中などまるで顔に出す事もなく、魔王はカインの話を聞く。なんなら今の自分を褒めてやりたいとさえ思う。 「魔王には本当、世話になりっぱなしだからな! これはほんのお礼!」  ようやく話が終わった。だがどうしても気になる事が。 「話は分かった。分かったが……一つ訊きたい」 「何?」 「この書かれている文字はなんだ?」  ガトーショコラの上、その平らな面には何で書いたかは魔王にはわからないが何やら白い文字が綴られていた。  それはここ北の国の人間達が使う文字で、普通の魔族なら読めない者も多いのだが、何しろこの国の魔族の王である彼には読めてしまう。残念ながら、それだけの知識を持ち合わせている。  魔王は今日ほど己の真面目さ、勤勉さを恨んだ日はない。  そう何故ならそこにはデカデカと〝本命〟の文字が書かれていたのだから。 (こんなに大胆に書く必要があるか?)  自惚れているわけではない。確信がある。 (……食べづらい)    なんとも言えない嫌な汗が背中をつたう。カインの話だけではただの日頃のお礼だとの事だが、これもまた残念な事に魔王は知っていた。  この北の国ではともかく、東の国の人間の間では好きな相手に贈るのが一般的であると。なんなら恋愛的な意味で贈るとも、何故知っているのかと言うと、ちょうど最近、東の魔王からそんな話を聞いていたからだ。 『昨年は貰う側だったのだが、今年は私の方から寄越せと言われていて』  何を選ぶべきなのかとここ最近こっそり店を見て回っては頭を悩ませている。そんな個人的な話を聞かされ、その時は何を選んでも喜んでくれることでしょうと適当に返事をしたのだが。  考えてみればその伴侶は人間でカインと日頃から仲が良いワケで。北の人間の風習にかこつけて、本当のところはそれなのではないか。  目の前のカインはにこにこと笑って「なんでしょう?」ととぼけて教える気はないらしい。 (分かっていてやっているな)  カインの気持ちは嫌というほど知っている。だがそれを普段から断っている身としては  これを食べるか否か。  子供扱いして食べてもいいのだが、それはそれで後々面倒なことになりそうでもある。  口に入れた瞬間、カインの気持ちに応えたという捉え方をされてもおかしくない。いやカインならあり得る。  だがしかしせっかく作ってくれたというのに無下にするのも……。  正直食べるわけにもいかないし、食べないわけにもいかない。  いやその前にそもそも自分は甘い物が……。 「あとで食べると言ったらどうする」 「え? なんで?」  いたって純粋な瞳に何故あとでなのかと問われる。 「まぁそうだろうな」  この際書いてある字は読めない振りをして、仕方無いと意を決し魔王はフォークを手にした――。 「――あ! 食べましたよ!」 「え、本当ですかカボチャ様!?」 「あの魔王さまが?」  どれどれと廊下側の扉の前では中の様子をこっそりと見守る調理場にいた者達とカボチャがいた。 「あぁおいたわしや魔王さま。あんっっっっっっっな甘いものを召し上がるなんて、さぞやおツライことでしょう」  自身が先程食した時を思い出し、カボチャはふるふると肩を震わす。  何しろ魔王も甘いものが苦手なのだ。その事は城にいる者なら周知の事実。そのため二人を心配し、こうして様子を見に来たのである。 「魔王さまなら心配いりませんよ」  シュケルが少し離れた所でおかしそうにフフフと笑う。 「確かに魔王さまはカボチャ様ほど甘いモノが苦手ではないですから」 「確かにカボチャ様ほどではない」 「うん、カボチャ様ほどではないな」 「「うんうん、うんうん、うんうんうん」」 「えぇ確かに僕ほどではって……なんですかそれ、嫌味かなんかですか?」  プンプンと怒り出したカボチャに、しまったと焦る面々。そこへ調理場に残った筈の魔族が一人、血相を変えて走って来た。 「あーやっぱりここにいたか! おい全員早く戻れ、匂いにつられて腹を空かした奴らが集まってるぞ早くしろ!」  助かったとばかりに急ぎ足でその場から逃げて行く。 「あ、コラちょっと待ちなさい! 待てと言っているだろうが!」  追いかけていくカボチャと、そして扉の隙間から魔王とカインの様子を覗き見てシュケルはほくそ笑む。 「本日もつくづく平和な事で」  フフフと笑う主を見て水晶もこんな顔で><嬉しそうにハートを飛ばした。  ――ところで。魔王は全部食べたかと言うとそうではなく。 「……おい、なんださっきから」 「え、何が?」  ある程度食べ進めたところで、カインがそのガトーショコラをずっと見つめている姿に違和感を覚えた。 「さてはお前、自分の分を用意していないのか?」 「え、なんで分かったの!?」 「食べたいと顔に書いてある。ほらあとはお前が喰え」 「えぇいいの!?」 「充分だ。余には甘過ぎる」 「やったー!」  パクパクと頬張って「うまーい」とまるで今にも落ちそうなほっぺたを支えるように頬に手を添える。 「さすが俺! マジ天才!」 「そうか良かったな」  適当に相槌をして、書類に眼を通しているとじっとこちらを見つめる視線が気になった。 「……今度はなんだ?」 「これだと甘過ぎるのか……」 「なに?」  目が合うと 「カボチャも魔王もホント皆、優しいよな!」 「カボチャ?」  急になんの話だと問いかけると「ありがとね」と言って「大好き」とカインは微笑んだ。 ******************  それはチョコレートの日。おわり ****************** ◇おまけ◇  ちなみにシュケルは……カボチャのクッキーのせいでしばらく体調を崩し寝込んだ。 「だから食べるなって言ったんですよ!」 おわり(> <)。

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