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番外:それはチョコレートの日(上)

 ここはアケドラルと呼ばれる世界。  その世界の数ある国の一つに存在する北の魔王の城では何やらあま~い匂いが朝から漂っていた。 「よっしこんなもんだろ!」  調理場のすみっこで真っ青な襟足の長い髪を一つに結った人間の少年が得意気に言う。  すると場所を貸していた調理場の魔族達がなんだなんだと少年の手元を覗いた。そこにはハートや星、いろんな形の茶黒い何か。それはとても甘い香りをさせてその場にいる者達の食欲を誘う。 「坊っちゃん何を作ったんだい?」  少年と一番親しい年嵩の調理人が訊いた。 「うん? 知らねーの? これチョコってんだよ」  少年はニコニコしながら作ったモノをみせる。それをじっくりと見て、年嵩の調理人も他の者も首を振った。 「なんでしょうか? とても良い匂いがしますがね。わたくしどもは知らない食べ物です」  すると少年は少し驚いた顔をする。 「そっか知らないのか。これチョコレートって言ってとっても甘い菓子なんだよ」 「お菓子ですかい?」 「うんそう。で、俺が作ってんのはクッキーて菓子にチョコレートをコーティングしたモノ」 「へー、クッキーにチョコですかい」  すると若い調理人が聞いた事があるかも知れないと言い出した。 「人間側ではよく食べられる菓子だと何処かで聞いたような、何処だったか……」  すると少年はにっこり笑う。 「そうそうそのお菓子だぜ! それ作ったんだー。あとガトーショコラってのもあって今作ってる最中だからちょっとまっててな」  少年はいそいそと釜の中を覗きこむ。その中ではチョコレート色の生地がパンのようにふっくらと膨らんでいた。 「よしよし、ここは俺の住んでたとこと調理器具が微妙に違うし使えそうなのが中々ないから不安だったけどなんとかなりそーだな!」  嬉しそうに声を弾ませる。 「いったいなんだって急にそんな菓子を?」 「そりゃあ日頃の感謝を込めてって奴だよ!」  調理場の者達は顔を見合わせた。 「あのさ俺の住んでたとこではこの時期になると皆でこのチョコって甘い菓子を配りっこするんだ! 日頃世話になってる感謝を込めてさ!」 「はーそうなんですかい」 「うん! まぁもしかしたら他の地域や国で多少違うのかもしんねーし、俺の住んでたとこだけの風習かもしんねーけど」  釜の中から多少歪だがなんとかそれらしくなったモノを取り出して皿にのせると、少年は振り向く。 「だからいつも世話になってる皆にと思ってさ! この間カボチャに頼んでちょっと人間の街まで買い物に行って来たんだ!」 「そうだったんですかい」 「うん、だから楽しみにしててくれよな!」  ニッと無邪気に笑う。そしてまたいそいそと慌ただしく菓子を作り始めた。  その様子を朝餉のしたくを終え、昼の仕込みを(少年が来る前までは昼餉などなかったが)始めたその場の者達はチラチラと気にして、とうとう声をかける。 「わたくしどもに教えて貰えないですかい?」 「見ていたらなんだか作ってみたくなっちまったよ」 「あーそうだな。人間の食べる菓子は旨いと聞くし」 「プロとしては気になるところだ」 「それにその風習ってのも悪くない」  手を止めて教えてくれと集まる調理場の魔族。少年はぽかんと呆け、直ぐにとびっきりの笑顔で「もちろん!」とこたえた。  ワイワイと皆で楽しく菓子を作っていると、慌ただしく誰かが調理場に入ってきた。 「カイン! 姿を見ないと思ったらこんな所にいましたか!」  現れたのはオレンジ色のカボチャの被り物をした魔族だ。彼のそのカボチャはまるでハロウィンのジャック・オー・ランタンのように目と鼻と口を模した穴がくり抜かれている。  けれどその穴から彼の赤い瞳も子供のように幼く愛らしい顔も艶のある真っ黒な長い髪も不思議と見えはしない。  更に言うならカボチャを被った彼は本来ならある筈の胴体も脚も姿を隠し、まるで無数の銃弾にでも撃たれたように穴が開いたマントを揺らし浮遊する。  そして唯一それとわかる礼装の白手袋が彼の気質を表すようにせわしなく少年、もとい〝カイン〟を指差した。 「探してたんですよ。まったく朝食も食べず何をやってるんですか」  どうにも朝から姿を見せないカインを心配して探していたようだ。本人は違うと言うかも知れないが、カボチャはそういう奴なのだ。 「あーカボチャカボチャいいとこに来た!」  カインは出来上がった一つをつまむとカボチャの口があると思しき穴へクッキーを投げ入れた。 「ぎゃっ! なんですかこれ! あ、甘!!」  どうやら被り物の中に隠れたカボチャの口に見事命中したらしい。口元に手をあててカボチャはアタフタと慌てる。 「あ、甘過ぎる! 僕を殺す気ですか!?」 「ひっどいなぁ。今日は〝チョコの日〟なんだぜ?」  カボチャはモゴモゴ言いながら「チョコの日ですって?」と訊く。 「そうそう」 「なんだか知りませんが僕はですね甘い物がこの世で一番」 「あのな! 今日はいつもお世話になってる人に感謝の気持ちを込めてチョコを贈る日なんだぜー!」 「……」  照れたようにニコニコ笑顔のカインの言葉に、カボチャは続けようとした言葉を思わず呑み込んだ。 「……な、なんですって?」  恐る恐る尋ねると、カインはやっぱりにこにこと。 「俺が住んでたとこではそうだったんだよ! だからさカボチャにも作ったんだぜ! カボチャには一番世話になってるもんな! えーと……美味しいか?」  そして上目遣いで少し不安そうにカボチャを見つめる。  その様子を見て、調理場の者達はアワアワと手に汗を握った。何故ならカボチャは甘い物がこの世で一番苦手だという事を彼らは嫌というほど知っているからだ。  だが彼らよりもカボチャの方がダラダラと冷や汗を流し焦っていた。正直言って今口にあるモノのせいで吐き気がしそうなほど気持ちが悪くなってしまっているのだが、そんなこと口が裂けても言える状況ではない。  カボチャはその被り物の中から目の前の少年を窺った。  人知れず緊迫した状況に何も気付かずカボチャの反応をキラキラと期待した瞳で待っている。  カボチャはとうとうそれを喉の奥に飲み込み、絞り出すように言う。 「な、中々美味しい、じゃないです、か」  すると見るからにカインの顔が嬉しそうに綻んだ。 「わ~マジかそっか良かった良かった! 正直魔族の口に合うか心配だったんだ!」 「そ、そうですか……良かったです、ね」  ぴょんぴょん跳ねて喜ぶカインをよそにカボチャはその場の調理人達をじろりと睨んだ。  被り物を被っていてもその中の表情が青ざめていると分かる様子に、近くの者が慌てて苦い苦い茶をこっそりと出す。それをサッと飲み終えて、カボチャはカインに向き直った。 「ちなみにそこにある大量のチョコはどうするつもりですか?」  カボチャは内心ヒヤヒヤしていた。まさかこれを全部食べろと言うんじゃないだろうなと。しかしそれは杞憂だ。 「もちろん皆に配るんだよ! 昼飯と一緒に出せば皆に行き渡るだろ?」 「まさか城の者全てにですか?」 「そうだぜ~俺色んな奴に世話になってるもんねー! あと皆大好きだし」  にこにこと楽しそうに言って、それならと、調理場にいる全員が手伝い出した。  お陰で甘い匂いが余計に濃く漂いだしたので、その匂いにカボチャは酔いそうになり、一度はその場をあとにしようとした。だが、やたらウキウキとした(みな)の様子に足を止める。 「しょうがないですね。せっかく来たんですし、僕も手伝いますよ」  カインは喜んでカボチャに抱き着いた。 「――フフフ、何やら随分と楽しそうですね」  ほんの暫くして今度は魔王の腹心、シュケルが現れた。まるで司祭のような真っ白な衣を身にまとった髪の先から足の先まで白い、白の魔族である。  なんでも調理場からとても甘くて美味しそうな匂いがすると城のあちこちで話がもちきりだそうだ。  ついで言うと朝から姿が見えないカインと、それを探しに行ってから姿を見ないカボチャ、二人がここにいるのではと確かめに来たのである。 「ゲッお前がここになんのようですか」  カボチャはあからさまに嫌そうな顔をした。 「用と言うかなんと言うか。しいて言うなら甘い匂いに誘われました」  シュケルはいつものように胡散臭げな笑みを浮かべ、その片手にはこれまたいつものように水晶を手にしていた。実はこの水晶、ちょっと変わっていて落書きみたいな目と口が愛嬌のあるにこにこした表情を、その水晶に浮かび上がっているのだ。  そして辺りを好奇心旺盛にキョロキョロと見て、珍しいお菓子を見付けると嬉しそうにハートを飛ばした。 「へへ、なんだよ水晶、お前これが気になるのか?」  カインが訊くと水晶は瞳を><にして、もっとハートを飛ばす。 「これは?」とシュケルが確認すると、カインは自分が住んでいたとこのお菓子だと、そして今日は感謝を伝える日なのだとさっきと同じように説明した。 「なるほどそうでしたか」とシュケルはチョコの菓子をまじまじと眺める。 「シュケルのぶんもちゃんと」 「カインちょっと!」  突然カボチャに腕をひかれた。 「な、なんだよカボチャ??」  カボチャはシュケルから少し離れてコソコソとカインに確認する。 「一応確認したいのですが、これって先日買って来た材料だけで作ってるんですよね?」 「え、そうだけど?」 「本当に本当に食べても大丈夫なんですか?」 「え、多分。少なくとも人間は大丈夫だけど……どうしたんだよ?」  どうにも様子がおかしい。するとカボチャはやはりコソコソと言った。 「言いたかないですけどね。シュケルはあぁ見えて白の魔族らしく身体が弱いんですよ。下手に今まで食べた事もないようなモノを食べさせでもしたらどうなるか」 「えぇウソ。死んでも死にそうにないのに」 「いや僕も死んでも死なないとは思います。ただ虚弱体質なのは確かですから」 「えーそんな事言われてもなぁ。俺だって食べてみてもらわない事には大丈夫かどうかなんて……」  二人がコソコソコソコソと話していると、シュケルはまじまじと見つめていたクッキーを一つ頬張った。  とたんにカボチャが「あ゛ーー!!」と叫びシュケルに詰め寄る。 「何やってんですかバカ! しかもよりにもよって僕が作ったのを食べやがって!!」 「やはりそうでしたか。ひときわ雑な形のものがあったのでそうではないかと思ったのですよ」 「な!? ざ、雑!?」  カボチャはワナワナと肩を震わす。  そんなのはお構いなしにシュケルは、カインに面白そうなので私にも教えて下さいと声をかけた。勿論カインがそれを断る筈もなく、カボチャはその横でぶっすりと不貞腐れながら投げやりに作業する。 「心配した僕がバカでした」 「おやおや心配してくれていたのですかそれはそれは」 「煩い黙れ白々しい。貴様なんかさっさと仕事に戻りやがれ。忙しいんじゃないのか」 「いえ実は魔王さまは殆どの事を自分でやってしまわれる方なので、私がする事は普段からさしてないのですよ。よって今は暇です」 「は、はぁ!? いつもあれだけ忙しいからって僕に面倒事を押し付けておいてお前、おまっはあああ!?」  思わずカボチャの手が止まる。 「フフフそれより聞きましたよ。あんなに甘い物が苦手な貴方が文句も言わずに食べ切ったと、調理場の者が感動しておりました」 「チッ、誰だ余計な事を。そもそもこんな甘いもんを平気で食べれる奴の方がどうかしてやがる」 「そのせいでしょうかどうしてか貴方の作ったチョコ菓子は妙に苦く感じます」  そしてまたひょいっとその場にあったチョコクッキーを口にした。 「あ゛ー!! だからバカだろお前それ焦げてんだよ!」  そう、シュケルが先程形が雑だと称したそれはカボチャの失敗作なのだ。 「なんでよりによってそんなもん食べるんですか! せめてもっとマシな方を喰いやがれ!」 「フフフそうは言いますがそれだとこれを食べる方がいないでしょう。作った貴方は甘い物が苦手ですし」 「捨てる!」 「材料費が勿体無い。ただではないのですから」 「そんな理由で喰うな!」 「そうですね。では貴方が作ったものなので」 「わざわざ理由を変えんでいい!」  ギャーワーといつものように騒がしいカボチャに今日も平和だなぁと調理場の者は思いながら作業は着々と進み、様々なチョコ菓子が調理台の上に並べられていく。そんな中、カインが声を上げた。 「出来た!」  どれどれと皆が集まると丸い皿の上にこれまた皿程もある丸い何か。  そう、カインが作っていたガトーショコラが出来上がったのだ。 「これしかないから今いる皆で切り分けようぜ!」  カインはそう言って丁寧に人数分切り分けていく。その様子を見てカボチャが声をかけた。 「それにしてもカイン。随分手際がいいですね」 「まぁな、俺いろんなとこでバイトしてたからこんなの朝飯前だぜ!」 「もう昼ですが」 「いいんだよ細かいことは!」  そう言って渡されたケーキの断片を見ると中の方にスライスされた苺が入っていた。 「本当はこれに苺ってあんまり使わねーんだけど、ガトーショコラをケーキのスポンジ代わりにしてさ、間にクリームと苺を挟んでみたんだ。カボチャのとこは苺多めに入れといたから、そもそもガトーショコラってそこまで甘くねーし、これなら食えるだろ?」 「……気付いてたんですか」 「だってカボチャ変な顔すんだもん。甘いもん苦手ならそう言ってくれりゃーいーのに」 「悪かったですね」  するとカインは首を振って「ううん。食べてくれてありがとな」と笑う。  フンッと照れ隠しにそっぽを向いて、カボチャはそれを口にした。 「よしよし、それじゃあ俺ちょっと行って来る」  最後の一つに何やら溶かした白いチョコを入れた袋の端を切り取って、ペンのように書き込んでいたカインはそのガトーショコラを片手に調理場をあとにする。 「ちょっとカイン、何処に行くんですか!?」  お菓子で口をもごもごさせながらカボチャが訊くとカインはくるっと振り向いてニッと無邪気に笑う。 「魔王のとこ!」 「え?」と、シュケルを除いて全員が固まった。  

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