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第4章:彼女(ライバル)(3)

 結局、ダブラーは店の前までついてきた。湊は何度も 「もう大丈夫ですから、帰ってください」 と撥ねつけるが、そのたびに 「一人にすると、何をしでかすか分からねぇからな」 とニヤニヤ笑う。一緒にいるところをアルダスに見られないか、湊は気が気でなかった。  やっとの思いで店の扉を開けると、化粧と香水の匂いが鼻をつく。カウンターの前には一人の女性客が立っていた。呼び鈴の音を聞いて、湊の方へ振り向く。それは物語に出てきたミレイユそのものだった。 「あら、あなたが新しいお弟子さんね」 「あっ……す、クォークと申します」 そう言って湊は、今度こそ胸に手を当てて会釈をした。作業場からアルダスが出てくる。 「なんだ、クォーク。帰ってきたのか」  むしろ予定よりも遅れて戻ってきたのだが、アルダスは少し困ったような顔をしていた。まるで邪魔者が帰ってきたと言わんばかりに。ミレイユに向き直ると 「はい。これが頼まれていたものですよ」 と薬が入った瓶や軟膏が入った壺を渡す。これまで湊に向けたことのない笑顔を見せて。 「いつもありがとうございます。助かりますわ」  ミレイユはにこやかに笑みを浮かべて受け取った。途端に薄暗い店の中が華やぐ。まるで陽だまりのようだった。  柔らかく波打つ亜麻色の髪は肩の辺りで揺れ、動くたびに微かな光を反射して優しく輝く。整った顔立ちには、どこか母性的な穏やかさと少女のような無垢さが同居していた。白い肌は透けるように繊細で、目元にはほのかな赤みが差している。それが一層、彼女を清楚に見せていた。  アルダスに限らず、女好きの男を誰でも魅了できるだろう。けれども、湊に向ける眼差しはどこか冷たい。まるで自分が優位に立っているのと言わんばかりに。  ミレイユは、瓶や壺を籠に詰める。物語では、近くの病院で手伝いをしていたはずだった。腰の辺りに革紐で留めた小さなポーチからは、薬草や包帯の切れ端が覗いている。 「クォーク、済まないが彼女を送っていくから、店番をしておくれ」  そう言い残すと、アルダスはミレイユをエスコートして出て行ってしまった。後ろ姿が心なしか浮かれているように見える。  残された湊は大きなため息をついた。先ほどまで熱を帯びていた店の空気が、急に冷えたように感じる。まさか、こんなに早くミレイユが登場するなんて。アルダスが錬金術師を続けられるようにするためにも、二人の結婚は阻止しなければいけない……あらためて心に誓った。  湊の胸の辺りがチクチクと痛む。自分の知らない笑顔が、アルダスにはまだあるのだと思い知らされたような気がした。 「僕ではダメなのかな……」  湊は自分でも分からないほど、ひどく悲しい気持ちになっていた。

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