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第11章:金色の指輪(3)

 湊はダブラーの店にいた。指輪は自分の家で作ると言ったのだが、ダブラーが作る過程を見たいと言い出して、無理やり連れてこられたのだ。 「朝まで付き合わせるかもしれませんよ」 「構わねぇよ。おまえの手腕が見られるんだからな」  ダブラーは興味深々で湊を見つめる。湊は抵抗を諦めて、買ってきた材料をテーブルに並べ始めた。  まずは元となる銅の指輪である。これは骨董品を扱う店で手に入れたものだ。どうやら、最近亡くなった未亡人が肌身離さず使っていたものらしい。裏にはイニシャルが刻印されている。  縁起が良くないわりに結構な値段だったが、ダブラーが「人様のイニシャルが彫られているんだ。もうちょっと安くてもいいんじゃないか?」と値引き交渉をしてくれたおかげで安く買えた。  金粉も、ダブラーが顔なじみの金細工職人から分けてもらったものだ。職人街のいろんなところに顔が利くダブラーならではである。湊だけでは顔すら合わせてくれなかったかもしれない。 「本当にこいつが金の指輪になるのかよ」  ダブラーは銅の指輪をランプの光にかざして不思議そうな顔をする。どうやら、この時代にはまだメッキの技術が普及してないようだった。  湊は指輪のイニシャルを削り取り、汚れを落として丁寧に磨いた。輝きこそ取り戻したものの、まだ銅のままである。  次に、ダブラーから「竜の胆液」と呼ばれる液体を分けてもらう。腐食性のある強酸性の液体で、うっかり皮膚に触れると火傷をしてしまう。湊の世界で言えば、硫酸みたいなものだった。これに金粉を溶かしてゆく。ビーカーの中でキラキラ光るのが見えた。 「竜の胆液って、本当に竜から採れるのですか?」 「さあな。行商人がそう言ってるんだから、信じるしかねぇだろ」  そこへ銅線を結びつけた炭と指輪をそれぞれ入れる。残りは電池の代わりになるものが必要だった。ダブラーに尋ねたところ、雷のように手で触るとビリッと痺れ、火花を発する石があるという。それが「魔光石」だった。  これも錬金術の材料を専門に扱う店で見つかった。絶縁体代わりとなる獣の毛皮でできた手袋と一緒にダブラーに買ってもらう。ダブラーは「俺の気持ちだ」と言うが、何から何まで頼り過ぎているのが、湊は申し訳なく思った。作るのは、アルダスがミレイユに贈る指輪なのに。  湊は魔光石を慎重に銅線と繋ぐ。さすがのダブラーも怖いのか、テーブルから離れて様子を見守っていた。 「よくも怖がらずにできるな。下手すりゃ命を落とすかもしれないんだぜ」  大げさなダブラーの言葉に、湊はクスッと笑う。アルダスの店では体験できない温かな時間だった。  最後の魔光石を繋ぎ終わり、湊はダブラーに「いよいよです」と声をかけた。ダブラーがビーカーに顔を寄せる。  最初は何も起こらなかったが、次第に銅の色が金に代わっていくのが目に見えて分かってきた。湊も固唾を飲んで成り行きを見守る。  どれくらい時間が経ったのだろう。頃合いを見計らって湊が指輪をビーカーから引き揚げると、確かにそれは金色に輝いていた。 「すげぇや……。元は銅の指輪だったなんて分からねぇな」  これで何もかも終わった。この指輪を渡してしまえば、僕は……。  湊は物語を変えるのを諦めようと思っていた。もう、アルダスは自分がいなくても店を続けていけるだろう。王室の御用達になったのだし、エリックという可愛い弟子もいるのだから。 「アルダス様が幸せになったのだから良いではないか」  言い聞かせるほど、湊の目から涙があふれて来る。ダブラーに見られてはいけないのに、とめどなく幾筋も頬に伝ってきた。  ダブラーは何も言わずに湊を見つめていたが、意を決したように顔を近づけてきた。湊の瞳にダブラーが広がる。次の瞬間、唇を重ねられていた。豪快な見た目に反して柔らかい唇。  最初は遠慮がちに、湊が抵抗しないと分かると、ダブラーは食むように唇を貪ってきた。思いがけない出来事に湊は大きく目を見開く。けれども、久しぶりの口づけは嬉しくて、心が解けてゆくのを感じた。  ようやく唇が離れると、ダブラーは気まずそうに背を向けた。よく見ると頬を赤らめている。 「……バカやろう。俺の前で泣くからだ。我慢できなかっただろ」 「どうして……女好きなのに」  湊の脳裏にいつもの飲み屋の女が過る。 「まだ分からねぇのか。俺はおまえの仲間だ!」  ダブラーの言葉に、湊は信じられないと言わんばかりの顔をする。 「あの日、アルダスの店で初めて会った時からずっと好きだった。いつかは無理やりでも俺のものにしようと思っていたんだ。けれども、おまえは真面目だから、なかなか手を出せなくってな」  どうして気づかなかったのだろう。いや、本当は初めから気づいていたのかもしれない。ただ、女好きという思い込みが邪魔をして、認めたくなかったのだろう。湊は今さらながら後悔していた。こんな近くに仲間がいたのに。 「それじゃ、あの女の人は?」 「あいつはただ飲み代が欲しくて、俺を誘いに来ただけだ。きっと気前が良いからだろ。それ以上の関係は何も無ぇよ」  ダブラーは忌々しげに言い捨てる。何度も邪魔をされて、心底腹を立てているようだった。 「俺は、アルダスとは違うかもしれねぇけどよ。幸せにすると約束するぜ」  そう言ってダブラーは指輪を奪い、湊の左手の薬指に嵌めてしまう。不思議とそれはサイズがぴったりと合った。そして、もう一度唇が重なる。 「俺のそばにいていいんだぞ」  抱き寄せられた湊は、頷きながら涙を流していた。こういった裏の設定があったからこそ、クォークはダブラーのそばにいたのかもしれない。今日からは自分がその役目を果たそう。もう回り道はしない。湊はあらためて心に誓うのだった。

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