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第17話 僕の護るべき星7
「なるほど。山口も、さすが名のある大学に通ってるだけあるね。書生にしてはなかなか骨のある計画を立ててるね」
聡様は感心したように、けれどどこか冷ややかな笑みを浮かべて顎を撫でた。握られた僕の手に、再びきゅっと力がこもる。
「公演の終了後、か。一番人目が惹きつけられるタイミングであり、同時に演者側が最も慌ただしくなる時間だ。楽屋裏の混乱に紛れれば、確かに逢瀬の手引きはしやすい。……でも、詰めが甘いよ。一条家の人間が劇場へ行くとなれば、当然、お供の者や運転手が付く。姉様はどうやって彼らの目を盗むつもりなの?」
「それは……山口さんが、当日あえて劇場の古い知人を呼び寄せておき、廊下で鉢合わせした体 で騒ぎを起こし、女中たちの注意が俺に向いた、その一瞬、僕はお付きになるだろう、旦那様の信頼の高い高瀬さんを広樹様からの緊急の伝言を伝えて引き剥がし…綾子様をその先の『楽屋裏の衣裳部屋』へ誘導する役目となってました」
僕の答えを聞くと、聡様は楽しそうに目を細めた。
「やっぱりね。巧、君は僕のためなら完璧に動けるのに、他人の計画に付き合うと途端に大雑把になる。高瀬さんはお父様の懐刀だよ?兄様からの緊急の伝言なんて、後で確認されたら一発で君の嘘だとバレてしまうじゃないか。君が捕まったら、僕はどうすればいいの」
聡様は呆れたように首を振りながらも、その表情には愛おしげな色が浮かんでいた。僕の手を自分の頬に引き寄せ、すり寄るようにしながら囁く。
「木曜日だね。よし、その日は僕も観劇に同行するよ。お父様には『先日の夜会の騒ぎで心労の重い姉様を元気づけるため、僕が観劇にお連れしたい』とでも言っておけば、殊勝な心がけだと喜んで許してくれるはずだ」
「聡様、それではあなた様まで現場に……!」
「いいんだよ。僕が一緒に行けば、高瀬さんへの『兄様からの緊急の伝言』は、僕の口から伝えることができる。僕がそう言えば、僕と兄様の仲の良さを知ってる高瀬さんだって疑いようがないし、後で辻褄を合わせるのだって僕の権限でどうにでもなる。巧、君がわざわざ怪しまれるリスクを背負う必要はなくなるんだよ」
聡様はそこで言葉を切り、酷く妖艶で、恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべた。その瞳の奥には、冷徹な計算が渦巻いている。
「それにさ……もしこの密会が、僕の預かり知らぬところで『偶然』政公叔父様に露見するような形になったら、どうなると思う?先日の失敗で焦っているおじ様なら、姉様の不審な動きを嗅ぎつけたら、大喜びで飛びつくだろうね」
「まさか……また政公様を罠にはめるおつもりですか!」
「叔父様が周囲に大騒ぎして姉様を糾弾した後に、僕がそれを『叔父様の事実無根の妄想、あるいは一条家を貶めるための卑劣な狂言』にすり替えるのさ。そうすれば、叔父様は今度こそお父様に見限られて完全に放逐される。姉様と役者の恋も、僕が隠してあげる限りは安全だ」
姉様の恋を本気で応援しているわけではない。聡様は、姉様の無謀な情熱さえも、自分たちを脅かす叔父を排除するための「最高の道具」として利用しようとしているのだ。すべては、この家で生き残るために。
「巧、これはお家への裏切りだよ。でも、僕たちの未来のためだ。これで僕の地位が上がれば、誰も僕を庶子だと見下せなくなる。君を僕の隣から引き離すこともできなくなる」
聡様は僕の手を強く握ったまま、熱を帯びた瞳で僕を見上げてきた。その純粋な恋慕と、容赦のない野心が混ざり合った視線に、僕はただ圧倒されながらも、この人のためならどこまででも落ちていこうと静かに覚悟を決めていた。
「何――!聡様が協力者になったぁ?」
山口さんは素っ頓狂な叫びをあげた。僕が、夜、山口さんの部屋に行ったとき、聡様の話をしたのだ。
「何で一条家の次男の聡様が協力者になんててなるんだよ、巧、一体どうしたっていうのさ!それにまだ聡様は15歳。お前と同じ歳じゃないか!」
「静かにしてください、山口さん。声が大きすぎます」
僕は慌てて彼の口を片手で塞ぎ、周囲の廊下に人影がないか鋭い視線を巡らせた。ここは一条家の屋敷の中だ。どこで誰が耳を澄ませているか分かったものではない。
山口さんはむぐむぐと不満げな声を漏らしたあと、僕が手を離すと、なおも納得のいかない顔で僕に詰め寄ってきた。
「だってそうだろう!聡様は庶子とはいえ一条家の直系だ。そんなお方が、姉君の駆け落ちに近い密会を、それも役者相手の不名誉な恋を助けるなんて、普通ならあり得ない。それに、15歳といえばまだ子供だぞ? 一体どんな手を使って、天真爛漫な聡様を丸め込んだんだ……!」
「……手など何も使っていません」
僕は視線を少しだけ落とし、胸の奥に灯る熱を悟られないよう、淡々と、しかし強い口調で言葉を返した。
「聡様は、すべてお見通しだったのです。僕が最近、綾子様の部屋へ頻繁に出入りしていたことも、山口さんと密会していたことも。僕が誤魔化そうとした一言一言から、すでに真実の輪郭を掴まれていました。その上で、聡様は僕を護るために、この計画に自ら乗ると仰ってくださったのです」
「お前を、護るために?」
山口さんは目を瞬かせ、僕の表情を凝視した。
聡様が僕に向ける、あの執着にも似た深い情愛。そして、僕がこの一生を捧げてでもあの人を護ると決めた、実るはずのない不遜な思慕。その二つの熱が、この危うい計画を動かす最大の原動力になったのだということは、さすがに口が裂けても言えなかった。
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