18 / 23
第18話 僕の護るべき星8
「理由はどうあれ、聡様が味方に付いてくださったのは、この計画において最大の強みです。高瀬さんを引き離す役目は聡様が引き受けてくださいます。高瀬さんも疑う余地はありません」
僕は話題を強引に引き戻すように、懐から劇場の見取り図を取り出して机に広げた。
「さらに、聡様はもう一つの『仕掛け』を考えておいでです。もし、この密会が政公様に露見した場合の、最悪の事態を最高の一手に変えるための仕掛けを」
「……どういうことだ?」
山口さんの表情が、驚きから徐々に緊張感を帯びたものへと変わる。僕は聡様から授かった冷徹なまでの計略を、静かに彼へ話し始めた。
「政公様が周囲に大騒ぎして姉様を糾弾した後に、聡様が『叔父様の事実無根の妄想、あるいは一条家を貶めるための卑劣な狂言』にすり替えると。そうすれば、政公様は今度こそお父様に見限られて完全に放逐される…という話です」
「ひえ――!そこまで考えてるのかよ、まだ若干15歳だっていうのに、聡様は」
山口さんは聡様の計画に舌を巻く。
「純真無垢な少年だと思ってたのに、人は見かけに寄らないな…」
山口さんは頭をかいた。
「純真無垢、ですか…。このお屋敷で、庶子として生き抜くということがどういうことか、山口さんならお分かりでしょう」
僕は自嘲気味に、けれど少しだけ誇らしさを込めて笑んだ。
周囲の大人たちから向けられる冷遇と嫉妬。その中で聡様がどれほど心をすり減らし、同時にその聡明な頭脳を研ぎ澄ましてこられたか。15歳という若さで身につけざるを得なかった冷徹さは、彼が生き延びるための鎧なのだ。いつも周囲に見せる柔らかな笑顔さえも鎧だ。
「聡様はただ、ご自身の大切なものを護るために戦っておいでなのです。そのためなら、叔父様の仕掛けてくる罠を逆手に取ることくらい、造作もないこと。……だからこそ、僕たちはこの計画を何としても成功させなければなりません」
「ああ、そうだな……。聡様がそこまで腹を括って動いてくださるなら、俺たちが怯んでいる場合じゃない」
山口さんは居住まいを正し、机の上の見取り図を力強く指で叩いた。その目には、聡様の冷徹な計略に対する畏怖と、それによってもたらされる「勝機」への確信が宿っている。
「政公様が食いつくための『隙』は、あえてこちらから少しだけ見せるようにしよう。俺たちが起こす騒ぎのタイミングを、少しだけ大袈裟にする。政公様の耳に届くように。だけど、決定的な証拠は絶対に掴ませない。綾子様が衣裳部屋にいる間、聡様が外を完全に封鎖してくれるなら、俺は劇場の裏から雪之丞を確実に誘導する」
「はい。僕は聡様の影として動き、高瀬さんや周囲の動向を完全に監視します。高瀬さんが動こうとした瞬間に、聡様から『広樹様からの伝言』を入れていただく手はずです」
二人の間で、木曜日の作戦が急速に書き換えられ、より強固なものへと組み上がっていく。
元々は、身分違いの恋に殉じようとする綾子様と山口さんの、どこか破滅的で脆い計画だった。そこに、聡様の冷徹なまでの権力闘争の視点が加わったことで、これは「一条家の力関係を塗り替えるための完璧な罠」へと変貌を遂げたのだ。
「……なぁ、巧」
ひと通り手順を確認し終えたところで、山口さんがふと真面目な顔して僕を見た。
「聡様はお前を護るために動くと言ったんだろ。……お前、本当に愛されてるんだな」
その言葉に、胸の奥がドクンと跳ね上がった。
聡様に抱きしめられたときの体温、耳元で囁かれた『ずっとずっと前から』という言葉が、一気に脳裏に蘇って顔が熱くなる。
「……そのような、不敬な話は滅相もございません。僕はただの従者です」
「隠したって無駄だよ。お前のその顔を見れば分かる。羨ましいよ、そんな人が身近にいるお前が」
山口さんは少し寂しそうに、けれど温かく笑うと、「木曜日、頼んだぞ」と僕の肩を叩いた。
部屋を出て、冷たい夜風が通る廊下を歩きながら、僕は自分の胸に手を当てた。
(聡様……僕はあなたのために、どんな泥にでも塗れてみせます)
張り詰めた空気の中、決戦の木曜日が刻一刻と近づいていた。
ともだちにシェアしよう!

