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第32話 僕の護るべき星21
三日後。
一条家に激震が走った。
分家の筆頭である総一郎叔父様が、自室で倒れられたのだ。駆けつけた医師の診断は「長年の不養生による心筋の著しい悪化」。命に別状はないものの、身体の自由を失い、二度と表舞台で指揮を執ることは不可能な状態となった。
さらに、倒れた叔父様の部屋の配膳盆のナプキン下から、謎の薬瓶が見つかる。
調べるうちに、それが「長男である広樹様を害するための毒」であり、叔父様が側近を使って密かに買い込ませていたものであることが発覚したのだ。
「叔父上が、ご自分の用意した毒の管理を誤り、焦って自滅したのではないか」——長老たちの間でそんな噂が飛び交い、広樹様を排除しようとしていた分家勢力は、一夜にして完全に失脚した。
「巧、見たか?あの騒ぎを……」
廊下の影で、広樹様が呆然とした様子で僕に語りかけてきた。
「叔父上が倒れ、分家の方々が企んでいた恐ろしい計画も、すべて明るみに出た。神様が……聡と僕を守ってくださったのかもしれないな」
広樹様は胸のポケットに差した、聡様からの万年筆に優しく触れた。
「これで、聡に嫌な思いをさせずに済んだ。あの子の純粋な笑顔を守れたんだ……」
「……左様ですね、広樹様。本当に良かったですね」
僕は深く頭を下げ、完璧な執事(見習いだけど)としての微笑みを貼り付けた。広樹様は安堵したように息をつき、旦那様の待つ書斎へと歩いていかれた。
広樹様の背中が見えなくなった角から、静かに小さな人影が現れる。
聡様だった。
聡様は去っていく兄の背中を愛おしそうに見つめた後、ゆっくりと僕の方へと視線を向けた。その瞳は冷たく冴え渡り、けれど僕だけに分かる深い満足感に満ちていた。
「お疲れ様、巧。上手くいったね」
聡様は僕の元へ歩み寄ると、背伸びをして僕の首元に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめてきた。華奢な15歳の身体から伝わる、熱い体温。
「これで兄様は安全だ。……叔父様たちも、二度と僕たちの邪魔はできない」
耳元で囁かれる声は、可憐で、けれど恐ろしいほどに甘い。
「兄様はこれからも、太陽の下で綺麗で優しい『お兄様』のままでいられる。……暗い泥仕事は全部、僕たちだけでやればいいんだよね?」
「はい、聡様。どこまでも、ご命じのままに」
僕がその背中に手を回して抱き返すと、聡様は「ふふっ」と少年らしく可憐に笑った。
「僕にとって一番大切なのは巧だよ。兄様と同じくらい、かけがえのない存在なんだ。だから僕は、何をしてでも巧を守る」
囁かれた言葉に胸を突かれ、僕は誓いを重ねる。
「僕がここにいるのは、聡様をお守りするためです。一条家の存続などより、僕にとっては聡様ご自身が何よりも尊いのです」
人目の途絶えた屋敷の陰で、僕たちは静かにお互いの身体を寄せ合い、確かに脈打つ生命の温もりを確かめ合った。
太陽の光を浴びて微笑む兄と、闇の中でお互いの温もりを確かめ合う主従。
誰にも知られることのない歪んだ愛は、静かに、けれど絶対に解けない結び目となって、一条家の歴史に深く刻まれたのだった。
数ヶ月後、一条家の敷地を吹き抜ける風には秋の冷たさが混じり始めていた。
総一郎叔父様は「急激な体調悪化」を理由に表舞台から退き、分家勢力は静かに瓦解していった。表向きは「分家の自滅」という形で収束したこの騒動の裏に、15歳の少年二人が張り巡らせた毒と罠があったことなど、誰も知る由もない。
広樹様は無事に瑠璃子様との婚約の取り交わしを終え、本家の若き継承者として輝かしい将来を約束されていた。
「巧、見てごらん。兄様、とても綺麗だ」
本館の二階廊下。窓の隙間から階下の車寄せを見下ろしながら、聡様が小さく呟いた。
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