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第3話 神さまみたいに良い人

 二人の話によると、僕は駅近くの道端で酔っ払いに絡まれていたらしい。 「や、やめてください」  必死の抵抗も虚しく、酔っ払った二人のサラリーマンに抱きつかれる。うわ、お酒臭い。 「かわいー。もっと顔見せてよ」  ……怖い。   僕は足が動かなくなってしまった。僕のこと、女の子だと勘違いしてる?   職場の人からも、体の線が細いから女の子に見えるとよく言われてきた。顔だって童顔だし、服を変えてみても全然大人っぽくなれない。  いろんな思いが込み上げてきて、僕は今にも泣きそうになっていた。鼻の奥がツンとしてきて、瞳が涙で溺れそう。息苦しくなって俯いた時だった。 「ホテル行こうよ」  二人のうち一人にそう誘われた。僕は断りたかったけど、男の引き寄せる力に敵わずずるずると引きずられていってしまった。 「や、やめて」  振り絞った声は小さくて二人には聞こえなかったみたい。ずんずん、ホテル街に向かっていく。  誰も、助けてくれないんだ。  道ゆく人は僕らのことを白い目で見てくる。でも、誰一人として助けようとはしない。僕は俯いて、男たちのされるがままになっていた。  ホテルの前まで着くと、一人の男が僕の肩に腕を回す。 「君、めちゃくちゃ俺の好み。後悔させないよ」  そう言うと、酒臭い口を近づけてくる。僕はもう終わりだと思って、ぎゅっと目を閉じた。  あれ?   キスされると思ってたのに、その衝撃はいつまで経ってもこない。そのかわりに、ぎゃっという男たちの悲鳴が聞こえてきた。  ゆっくり目を開いたら、そこには地面にのびてる酔っ払い二人の姿があった。  なんで倒れてるんだろ……。  地面をじっと見下ろしていたからだろうか。すぐ近くに男の人がいることに気づかなかった。 「ねぇ、君。大丈夫?」 「へ?」  この人が助けてくれたの?  気遣うような、優しい声。  幼い子に聞くように、僕の背の高さに合わせて腰をかがめてくれる男の人。  街灯の光だけじゃよくわからないけど、きっとすごくかっこいい人。服装もおしゃれで、清潔そう。 「そこにのびてる人たちは俺がやっつけちゃった。だから、逃げよ。俺、自分で言うのも変だけど怪しいやつじゃないよ」  そう言って、僕の顔を見つめてくる。僕はその言葉を信じてしまった。  この人、悪い人じゃない。  そう思ってしまって、彼のあとについていってしまった。酔っ払いに絡まれて怖かったから、安心できる人と一緒にいたかったのかもしれない。  男の人が入ったのは駅からちょっと離れた場所にあるこぢんまりとしたバーだった。お昼はカフェを営業しているらしく、バーだけど店内は明るい。  まずはホッとした。薄暗いバーだったら、きっと安心できなかったから。  男の人は手慣れた様子でバーテンダーにお酒を頼む。僕はメロンソーダをいただくことにした。 「お酒、苦手なの?」  男の人はジントニックを飲みながら聞いてくる。  かっこいい男の人は飲むものもおしゃれなんだ。そう思って見ていた。 「はい」 「そ。じゃあ、無理して飲まなくていいよ」 「……」  至る所に気遣いが見える。僕は紳士的なこの人にすっかり気を許していた。  二人して他愛もない話をする。なぜかお互いの自己紹介はしなくて、仕事の話になった。 「俺、モデルしてるんだ」 「すごいです」  どおりで、かっこいいわけだ。彼が言った言葉は嘘のようには聞こえなかった。 「君の仕事は?」 「僕は……デパートの販売員です」  モデルなんかと比べたらたいそうな仕事じゃない。だから僕は目線を下に落とした。 「大変でしょ」  からん、と男の人の持ったグラスの中の氷が揺れる。  僕のことを労ってくれる人が、この世の中にいたんだ。そう思うと泣けてきそうだ。僕は必死に泣かないように目に力を入れた。 「でも、君みたいに人の良さそうな子なら上手に接客してるんだろうな」 「そんなこと、ないです。仕事はダメ出しばかりで……働いて二年も経つのに、優秀な後輩に追い抜かされるし」  僕は捲し立てるように言った。こんな愚痴を聞いてくれる人は身近にいなかったからだ。  男の人は、そうなんだねと親身に寄り添ってくれた。 「店長はお局タイプなので、僕すごく嫌われてるんです。入社したときから、変な目で見られて、すごく辛くて……仕事も物覚えが悪いから、メモをとってもイレギュラーな事態がお客様に起きたら、何していいか全然わからなくて」  想像以上に抱え込んでいたのか、僕の口は止まることを知らない。  出会って間もない人に、こんな愚痴を聞かせるなんて。きっと、この人内心呆れてるだろうな。  でも、男の人は 「うんうん。そういう上司って面倒くさいよね。俺も一時期そういうマネージャーだったから、馬が合わなくて大変だったよ」  そう言って慰めてくれる。ちっぽけな僕のちっちゃな愚痴を親身に聞いて、共感してくれる。  そのことが稲光みたいに僕の脳天を突き抜けた。  久しぶりに、他人(ひと)に優しくされたから。

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