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第4話 王子様と獣に囲われて
それが嬉しくってたまらなくて。気がつけば僕は日々溜め込んだ愚痴をべらべらと話してしまっていた。
男の人はそれを憐れむとか、面倒くさそうな顔しないで微笑みながら聴いてくれた。それにすっかり安心してしまって、僕はひとつ過ちを犯してしまう。
「ちょっとすっきりして気分がいいので、お酒飲みます」
「大丈夫?」
「はい。少しだけなら、大丈夫だと思うので」
別に禁酒してたわけじゃないけど、酔っ払った自分の豹変ぶりが怖くて普段はお酒を絶っている。
豹変するかどうかなんてわからないけど、父親がそれだったから。お酒を飲むと人が変わってしまう。その人と同じ血が流れてるから、臆病な僕はお酒を飲む機会を減らしていた。
無難にレモンサワーにしてもらう。
バーなのに僕は洒落た飲み物を知らないから。しゅわしゅわと弾けている炭酸を見ているだけでも楽しい。僕はごく、と喉を鳴らしてお酒を飲んだ。
男の人と話しながらちびちびと飲んでいると、グラスの半分近くまで減っていた。
あれ? なんか今日、酔わない?
いつもは一杯で酔い始める僕が、まだまだ飲めそうだ。そう思って残りを飲み干し、気づけば僕は二杯目を注文していた。
二杯目を飲んでいる途中で、お店のドアが開いた。ちりん、と鈴の音が鳴る。僕はなんとなく、目線をそちらに投げる。
なんかまた、かっこいい人が来たな。
黒髪をサイドに流した長身の男の人。程よく筋肉がついているのか、スーツの下からでも厚い胸板が見てとれる。
こういう人も来るお店なんだ。そう思って二杯目の梅サワーを飲み干して、バーテンダーに三杯目を注文した時だった。
「遅かったね」
「急に呼び出されてタクシーで来たんだ。少しは|労《いたわ》れ」
苛立っているのか黒髪の男の人の目は険しい。
僕と初めに話していた男の人は、自身のゆるくパーマをかけた茶髪に指をかけながら笑う。
「だって緊急事態だったから。ね?」
そう言うと、僕を見る。自然と、黒髪の男の人の目線も僕に向かう。
見られてる? なんで?
そんな疑問があったが、なんだか体が熱くてふわふわしてきた。僕、酔っちゃったのかな?
「どこで拾ってきた」
「やだなぁ。この子が危ないところを助けたんだよ、俺。スーパーヒーローだよ」
黒髪の男の人は無言で僕を見下ろす。身長差があるから、僕は目線を上げなきゃいけない。
パーマをかけた茶髪の男の人──僕はふと、王子様みたいだと思う。目元の泣きぼくろがなんだか色気を放っている。王子様みたいな人が僕の肩に手を回した。
驚いて、体がびくっと震える。
「あ、ごめん」
そう言うと静かに手を離してくれた。なんだろ、今。ボディタッチっていうのかな。されたの、初めてだな。
コト、と目の前に三杯目のゆずサワーがやってくる。ゆずのいい香りが鼻の中に広がっていく。
体、ぽかぽかしてきた。ちゃんと帰れるかな? まあ、電車が無理ならタクシーでいっか。家まで二駅くらいだし、そんなに高くないよね。
たまには息抜きしないと、と自分に言い聞かせる。
地味な僕の日常は、それに劣らず地味で。仕事が終われば家に帰り、ご飯を食べて寝るだけ。休みの日も特に遊びに出かけることもない。
職場の人と仕事で話す以外で会話はほとんどないから、今こんなふうに他人と話してるのが夢みたいだ。
ちゃんと話せてるかな。口下手な僕は人と話をするとき、緊張してしまうせいか声が小さくなりがちだ。
「何杯目だ」
黒髪の男の人が聞いてくる。僕は三杯目ですと答えた。
「もうそろそろ、お酒飲むのやめよっか」
王子様みたいな男の人が言う。僕は酔っ払ってしまっているのか首を横に振って、やだやだと駄々をこねる。
その姿が面白かったのか、ずっと固い表情だった黒髪の男の人がふっと笑う。この人、こういう顔もできるんだ。
「これ以上飲むと気持ち悪くなっちゃうよ」
「まだ飲みたいれす」
あれ。口が回らない。頭もなんだかくらくらしてきた。視界がぐわんぐわん揺れる。
「大丈夫?」
と、王子様みたいな男の人が声をかけてくれる。でも、その声は次第に遠くなって。僕の意識はぷつんと消えてしまった。
◇◇◇
「というわけなんだよ。君、ほんとにお酒弱いんだね」
事の顛末を聞いて僕はごめんなさいと謝る。しかし二人は怒ってないみたいだった。
「いーよ。可愛い姿見れたし」
「今度から気をつければいい」
二人して僕をそう気遣ってくれる。優しい人たちだな。
でも、どうにも気になることがある。それを僕はびくびくとしながら聞いた。
「さっきから言ってる、しぃくんって何ですか?」
「あー。そこも覚えてないんだ」
「お前の説明が下手くそだからだろう」
王子様はあちゃーといった顔をしている。黒髪の人は少し面倒臭そうだ。
「まずは俺たち二人の関係性を説明した方が早そうだね」
「えっと、お二人はお友達か何じゃないんですか?」
くすっと王子様が笑う。笑うとちょっと笑窪ができる。
「友達じゃないよ。知り合いみたいな感じ」
そうなんだ。親しい感じがしたから、ちょっと意外だった。
「まあ、ある意味友達かもな」
にやり、と黒髪の男の人が口端を上げる。なんだか含みを持たせた意地悪な顔だ。
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