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第5話 王子様系Aさんと獣系Bさんと平民Cの僕。

「所謂、俺たちはセフレかな」 「セフレ?」  言葉の意味がわからず首を傾げていると、王子様が僕の頭を優しく撫でた。 「セックスフレンド。俺たち二人がするわけじゃないけど、要するにパートナーって感じ」  セックスのパートナー?   名前だけしか聞いたことないセックスという言葉に、僕の頭はぐるぐるとまわった。もちろん、こんな性格だから経験なんてない。 「稀に見る希少種だな」 「でしょ。びーさんも気に入った?」 「ああ。悪くない」  びーさん?   って、黒髪の男の人のこと? なんか変な名前。  英語の意味でいう蜂のことかな?  きょとんとしていると、王子様が僕の体に手を回してきた。背中からぎゅっと抱きしめられる。 「お互い名前は知らないんだ。だから俺がAで、この強面のおにいさんがB。そして、君がCってわけ」  「お互いを記号で呼び合ってるんだよ」そう言って、僕の首筋に頭を埋めてくる。髪の毛がくすぐったい。 「僕はCだから、しぃくん?」  と僕は聞いた。黒髪の男の人獣系|B《びー》さんは、静かに頷く。  僕のことを抱きしめて離さない王子様系……|A《えー》さんは目を閉じて僕の頭を撫でてくる。気持ちいいな。 「えーさんと、びーさん?」 「そう。わかった?」 「名前のことはわかりました……でも、僕はこれからどうなるんですか?」  セフレだからセックスするってこと?   でもそんなことしたことないし、まず何よりセックスは好きな人同士がすることなんじゃないの?   僕の頭の中は「?」マークで埋め尽くされていた。 「大人は好きな人同士じゃなくても肌を重ねることができる」  唐突にびーさんが口を開いた。僕のふくらはぎを長い指で撫でてくる。 「俺たちがお前を無理矢理抱くことはない。この関係に同意のない本番はない。だが、もしもお前がいいと思った時、体を繋げばいい。それまでお前は俺たちに甘やかされてろ」  僕の好きにしていいってこと?   二人ともたぶん、身体目当てなのに。無理矢理、僕のこと抱けるくらいの力の強い人たちなのに。 「ま、まずは普通の友達からでもいいですか?」  僕は頭の中を整理して言う。セックスフレンド。名前にもちゃんとフレンドってあるし。突然の展開すぎて頭が回らない。 「しぃくんがそう言うなら、もちろん大歓迎だよ。俺たちも関係を急がせるつもりはないし。しぃくんのペースで大丈夫」  えーさんはとんとん、と背中を叩いてくれる。なんか、子供の頃にされたみたいな。落ち着かせてくれるみたいな、優しい手つき。  僕が幼い頃、お酒に呑まれていない時の優しいお父さんが、よしよしと撫でてくれた時みたいにあったかい。  それを不意に思い出して、涙がうるうると込み上げてきたけど、懸命に零れないように止めた。鼻先がツンとする。僕が泣きたくなる時の合図だ。 「だからしぃくんにお願いしたいのは、俺たちから逃げないでほしいってことくらいかな」  逃げる? こんなに優しい人たちから? 僕と友達になってくれる人から、どうして逃げなきゃいけないの?  ぼんやりとえーさんの顔を見つめていると、鼻先をちょんと指で押された。 「じゃあこれからよろしくね。しぃくん」  僕はえーさんに見守られながらこくん、と頷く。びーさんはちょっとだけ表情を緩ませて僕を見下ろした。  こんなに優しい世界があっていいんだろうか。僕は嬉しい気持ちと、怖い気持ち半分半分だった。  二人ともこれから仕事があるというので、別れることになった。  びーさんは僕のスマホにメッセージアプリを入れてくれた。そうして、二人のQRコードを読み取る。  海の写真をアイコンにしてるのは、Aと書かれたユーザー名。意外だけど、黒いうさぎの写真にしてるのはBと書かれたユーザー名だった。そして僕のユーザー名はC。  記号の名前と顔以外、お互い何も知らない人たち。  唯一わかっているのは、居酒屋で教えてくれたえーさんがモデルだってことと、僕がデパートの販売員ってことだけ。Bさんの正体はまだまったくわからない。  ホテルから出ると、朝焼けが広がっていた。新しい朝、という言葉が頭の中に浮かぶ。僕は少しだけ嬉しくなって、駅まで歩いて行く。  その後ろ姿を二人に見られているとは知らないで。

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