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第6話 平民Cの色のない日常

「申し訳ございませんっ」  デパートの一角。サービスカウンターの隅で僕はお客様に謝る。背中を曲げて、一生懸命誠意が伝わるように。 「鈍臭い子だねえ」  高級ブランド服に身を包んだ、40代くらいの女性が言う。この人は、僕が謝っている相手だ。華奢な肩に毛皮のマフラーを巻いている。いかにも、お金持ちのお姉さん。 「大変申し訳ありませんでした。お隣でお包みします」  僕の一つ下の後輩である橋本くんが、お客様を誘導する。僕はお客様が購入した高級ブランドのサングラスを床に落としてヒビを入れてしまったのだ。緊張して手汗をかいていたせいかもしれない。  同一商品を店舗の棚から取り出してきた橋本くんは、僕とは比べ物にならないほどスムーズな手つきでお会計と商品を包み終える。友人へのプレゼント用だと言われていたそれは、専用のサングラスケースに入れられたあとで、包装紙に包まれた。そしてその端っこにリボンがつけられる。橋本くんの手慣れた動きを隣で見ながら、僕は俯いていた。  また、|湯田《ゆだ》さんに怒られるんだろうな……。いや、怒られることは当たり前かもしれないけど、二年もやってきた仕事がこの出来じゃ、僕ってほんとに鈍臭くてダメなやつなんだな。  僕の失態をきちんと見ていた湯田さんに、従業員だけしか通れない廊下に呼び出される。  湯田さんは紫色の眼鏡の縁をくいっと上げて、真っ赤なリップを付けた唇を引き上げて言う。 「もう何度目かしら。あなたのところでお客様とトラブルになるのは。言ってごらんなさい」  嫌な言い方をする湯田さんに、僕は弁明すらできなくて。 「今年に入って、5回目です」 「そうね。全従業員の中であなたが一番信用ならないわ」  髪の毛を後ろで一つのお団子にした湯田さんは、はっきり言って怖い。うちのデパートのお局さん。目がキリリとしていて、とてつもなく目力がある。メドューサが現代にいたらこんな感じなのかな。 「あなたのせいで不良品になった商品が、いくつあると思ってるのかしら」 「すみません……」  そして、いつものようにはぁ、と大きなため息をつかれる。 「謝るくらいなら仕事を辞めてもらいたいくらいだわ」  そう言い放つと、廊下を渡って店内に戻って行ってしまった。  僕は一人廊下に突っ立って、ぼんやりと壁を見つめていた。  どうして僕って、こんなにダメダメなんだろう。  悔しさであふれ出る涙がこぼないように、きゅっと唇を噛み締める。仮にも仕事中だ。泣くなんて、だめだ。  終業時間まで、今日起きた午前中の失態が頭をよぎる。  デパートは駅近くにあるので、徒歩数分で最寄り駅に到着する。僕は人波に流されるようにして改札を通り抜けた。そして駅のホームで列に並ぶ。  冴えないデパートの販売員の日常。そんな言葉が浮かんでは消えた。  帰宅すれば、僕にはもっと辛いことが待っているというのに。 「ただいま戻りました」  部屋は明るくて、居間では人の笑い声がするのに僕に返事は返ってこない。僕は静かに溜息をつくと、靴を揃えて玄関に上がった。そのまま洗面台で手を洗って、うがいをする。  談笑している声を耳の隅に置き、一階にある一番奥の部屋に向かった。  布団と、木製のタンスと小さな机があるだけの部屋。僕はこの五畳ほどのスペースで生活している。  夜ご飯にと買ってきたクロワッサンを口に含む。バターの香りがいい匂い。  この家は古民家のような作りになっているから、この部屋は和室だ。部屋に入るといつも畳の匂いがする。  さっとシャワーだけ浴びて、もう寝よう。  そう思ってそそくさとシャワーを浴び、部屋に戻る。シャワーから部屋に戻る途中、居間からテレビの音が聞こえたけど気にしない。  そのまま静かに眠りについた。これが僕の日常。仕事以外では誰とも会話をしない。  翌朝、家族の誰よりも早起きをして仕事に行く準備をする。家にいる人と朝、顔を合わせたくないから、起きるのは朝の五時ごろだ。家の中はしぃんと静まりかえっている。  当然、ご飯なんてまだ炊けていないので冷蔵庫の中の一番下の段から、サラダチキンを取り出す。この段だけがキッチンにある僕唯一のスペースだった。その段には、ウインナーや四個入りの卵、キャベツの千切りが入った袋などが置いてある。僕が買い物をして、要冷蔵の物だけ入れさせてもらっている。  冷たい朝ごはんを食べ終えると、僕は部屋の中で服を着替える。必要最低限のものしか持っていないから、ほぼ毎日同じ格好だ。フード付きの紺のパーカーに、黒いスキニーパンツ。まだ、高校生くらいに見えてしまうかもしれない。今年20歳になったけれど、誰からもお祝いされてない。成人式には仕事が入ってしまって行けなかった。行ったところで僕のことを覚えている人がいるかどうか……。  仕事前に暗い気持ちになるのはだめだと思い、頭を振る。すると、この間入れて以来全く触りもしなかったアプリのところにびっくりマークがついた。なにかと思ってタップしてみれば、一件のメッセージが届いていた。 『今夜、空いてる?』  アイコンは海の写真だった。

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