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第9話 愛されたくて泣いていた

 これは、何? 僕は体の異変の正体がわからない。だから不安になって二人の顔を見たのだと思う。 「やっぱり、俺たちの期待を超えてくるね」 「期待?」  えーさんに聞き返すと、泣きぼくろと、目があった。瞳の奥がきらきらと瞬いている。 「俺たちの求めてた通りの子だ」  えーさんが僕の身体を強く抱きしめる。その腕が力強くて、しぃくんしぃくんと名前を呼ばれるのが心地よかった。  えーさんがシャワーを浴びている間、僕はびーさんの方を見れないでいた。仕事の連絡でもしているのか、ノートパソコンを開いてにらめっこしている。その視線が厳しいものだったから、僕は話しかける勇気が出ないでいた。  シャワーの音が鳴りやみ、ほどなくしてえーさんがお風呂場から出てきた。髪が濡れていてなんだか危うい雰囲気がある。こういうのを色気っていうんだろうか。  鼻歌まじりに僕に新しいタオルを渡してくれた。ちら、とびーさんを見るがパソコンから目を離す素振りはない。僕は静かにシャワーを浴びに行った。  家の風呂場とはまるで違う。男の人二人でも余裕で入れそうな大きくて真っ白のバスタブ。鏡張りの浴室には、僕の貧相な体が映っていた。筋肉のない腕周り。女の人のように細い腰まわり。加えて、高校生かと間違われるほどの童顔。  大人っぽくなりたかった。幼い頃から、早く大人になりたいと思っていた。しかし、どうだろう。20歳になった僕は子供の頃となにも変わっちゃいない。体だけが少しだけ成長して、心は子供の頃のまま。  自分の未熟さを目の当たりにして、気分がずぅんと落ちてしまった。いけない。せっかく二人と一緒にお話できるんだから、笑顔でいなきゃ。それに、僕がもたもたしていたらびーさんがシャワーを浴びるのを待つ羽目になる。仕事で疲れていそうだから、ゆっくり休んでもらいたかった。  シャワーを浴び終えて、2人のもとに戻ろうとしたとき。あれ? と違和感を覚えた。なんか、部屋が薄暗くなってる。照明、変えたのかな? もう寝る時間とか?  視界がぼんやりしていて危ないので、僕は壁に手をついて歩いていった。 「?」  とん、と鼻先に何かがあたる。僕は慌てて身体を仰け反らせた。暗闇からぬっと何かが出てきて僕のことを離してくれない。なに、これ。 「逆上せたのかと心配した」   でも、耳元でその低い声を聞いたら落ち着いた。びーさんの声だ。僕の身体を抱きしめているのは、びーさんらしい。 「暗くてぶつかっちゃって……ごめんなさい」 「構わない。それに──」  そう言って、びーさんは僕の耳元で囁く。吐息混じりに。僕の体は、ひくりと跳ねた。 「視界が朧気になると、聴覚が強まるだろう」  ぬる、としたあたたかいものが僕の右耳をなぞる。耳たぶを舐められて、中も濡らされて。左耳には、びーさんの指が。冷たくて、すべすべしてて気持ちいい。  たっぷりと耳を舐められたあとで、ようやくびーさんが手を離してくれた。僕はへろへろとして床に座り込む。 「ごちそうさま」  そんなセリフとともにびーさんがシャワーを浴びに行った。僕はばくばくと今にも飛び出しそうな心臓に驚きながら、胸を撫でていた。 「いーもの見ちゃった」  照明が少しずつ明るくなる。えーさんの声が、静かな部屋に落ちた。ベッドで両手を組み寝そべっている。あかちゃんあざらしみたいで、かわいいかも。 「びーさんがあんなに熱心になるのって、珍しいんだよね」  僕はベッドに乗り上がると、なんとなくえーさんと同じ姿勢になる。僕の部屋にあるのは布団だから、ベッドで横になるなんてこと普通じゃない。2人は、僕の知らないことをたくさん教えてくれる。 「おねむ?」 「うん……」  こっくりこっくり船を漕ぎ出した僕を見て、えーさんが微笑む。泣きぼくろ、色っぽいな。 「じゃあ2人で先に寝ちゃおうか。びーさんの寝る場所なくして」  結構本気で言ってるみたいで、僕はふるふると首を横に振った。すると、えーさんが「冗談だよ」と僕の髪を撫でる。なんかいつも、触られてる気が……。  けれど、眠いものは眠い。僕はえーさんの隣に横になった。人の温もりがこんなにあたたかいものだなんて、知らなかった。僕が眠りにつく直前、びーさんが戻ってきた。僕はもう目を開けるのもやっとのことで、2人の顔を仰ぎ見る。 「おやすみ」 「もう寝ろ」 「……ごめんなさい。おやすみ、なさい」  僕は静かに夢の世界に落ちていった。

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