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第10話 とってもかわいいとか
翌朝、謎のアラームの音で目が覚めた。
「ちゅぴちゅぴちゃぱちゃぱ……」
「ふえ?」
なにこの音。女の子の声? こういう音のアラームが流行ってるの?
結構な音量だったので即起きてしまった。昨日、就寝の際に大の大人3人がベッドに横になれるほどのクイーンサイズのベッドらしいとえーさんから聞いた。
左側から、僕、えーさん、びーさんの順に皆で仲良く川の字で並んで寝ていたらしい。
むく、とえーさんの手が布団の中から現れ、スマホのアラームをおぼつかない手で止めた。どうやら、アラームをかけたのはえーさんのようだ。
「ふにゃあ」
ん? ねこさん?
独特なえーさんの寝起き声に少し癒されてしまう。かわいい……。男の人にかわいいって言うのは変かもしれないけど、なんかかわいくて。
「おーはよ」
にこ。 とえーさんが僕を見つめて笑う。ご満悦という表情だ。
「お、おはよう」
まだ敬語外しになれておらず、おはようございますと言いそうになった。タメ口なんてほんとに久しぶりすぎて使い方がわからない。
「zzz」
「びーさん、爆睡」
えーさんが声音を潜めてぷくく、と笑う。
「……」
びーさんの意外な姿に目を見開く。あんなに大きなアラームが鳴ったと言うのに、びーさんは寝息を立てて眠っている。眠る姿勢が独特で、手足を丸めてアンモニャイトのようになっている。僕はまた、かわいいなと思ってしまう。
チェックアウトまで時間があるとのことなので、僕はえーさんとホテルのロビーの隣にあるモーニングサービスを受けていた。
朝食ビュッフェというスタイルらしく、ドリンク・食事が食べ放題らしい。焼きたてパンがぎっしりと並んだ木目調のボックスは、どこかフランスのパン屋さんみたく、目が引き寄せられた。
王道のクロワッサン、近年大人気の塩バターパン、甘い和風の小倉トースト、小学校が懐かしくなるきなこ揚げパン、2層のミルクチョコとビターチョコの混ざったチョコレートドーナツ。どれも全部おいしそう。全部食べてみたいけど、僕はそんなに胃が大きいほうじゃないし、、。
そう思って悩んでいると、後ろからひょこっとえーさんが覗き込んできた。
「わーとってもおいしそうなパンちゃん達だね。一緒に全種類制覇しちゃう?」
「うんっ」
その提案がとてもうれしくって。僕はうんうん頷きながら、全種類12種のパンをえーさんと半分こすることにした。
「いっただきまうす」
「いただきます」
ああ。誰かと朝食を囲むのってこんなに幸せであたたかい気持ちになれるんだ。焼きたてパンの香りに微睡み、表情豊かに食べているえーさんを見ていると気持ちが明るくなってきた。
「しぃくん。これすっごくおいしいよ」
半分こー、と言って手渡されたのは緑色のパン。なんだろう。抹茶かな? くんくん匂いを嗅いでいると、えーさんが飲んでいた白湯を吹き出しそうになっていた。あ、行儀悪かったかな…。
「続けて続けて。ねこちゃんみたいでかわいくてさ」
えーさんに笑顔で勧められ、僕は観察するように手元の緑色のパンを見てから、そのまま1口食べてみたい。
「ん……よもぎ?」
「せーいかい◎」
えーさんがにこっと笑窪を浮かべて指で◎マークを作る。
「よもぎパンって珍しいね。初めて食べた……」
「だしょだしょ。おいしいよね」
そんなこんなで2人して朝のもぐもぐタイムを楽しんでいると、不意に僕のスマホがピコンと鳴った。黒うさぎのアイコンが浮かんでいる。
『すまん。寝過ごした。可能なら適当に朝食をテイクアウトして部屋まで運んで欲しい。頼む(お願いマーク)』
「あ、びーさんからだ。起きたみたい」
「なるほどね。じゃあ適当に持ってこっかー」
びーさんはカフェラテ派だとえーさんが言ったので、ミルクポーションをつけてコーヒーと共に持っていくことにした。パンも数種類持ってから、スクランブルエッグとハム、ブロッコリーとキャベツのコールスローを、コーン多めでお皿に盛り付ける。びーさんはコーンが好きっぽいというのをえーさんから聞いたからだ。
「びーさん。おはようです」
「です付けなくていい。朝飯ありがとう」
おずおずとテイクアウトした朝食をローテーブルに載せる。びーさんは手を合わせてからもくもくと食事を始めた。
えーさんは今日は広告の撮影があるらしく、軽く化粧をするのだと言って風呂場にこもってしまった。なので僕はびーさんと2人きり。食事中に話しかけるのも気が引けて、ベッドに座って壁を見つめていた。
「寝心地はどうだった?」
唐突にびーさんが聞いてきたので、僕はワンテンポ遅れて返答する。
「お布団がもこもこであったかくて寝やすかった」
そう答えたら、びーさんがふ、と目元を細める。わらっているのかな。穏やかな表情。
「俺の寝心地はあまり良いとは言えんな。なにせアイツの隣だったからな」
「ごめん……」
あ、そっか。昨日えーさんと僕が先に布団に入っちゃったから必然的にびーさん端っこにしてしまったのか。申し訳なくて頭を垂れているとびーさんが、おいでと手招きをした。僕は慎重に近づいて、びーさんの座っているソファに乗り上がる。
「今度はおまえがおねむだろうと、俺が抱き枕にするからな。えーばかり甘やかさないでくれ」
きゅ、と胸が締め付けられた。真剣な瞳でびーさんが僕の顔を覗き込んでくるから。そして、その次の発言に僕は心臓を撃ち抜かれた。
「俺だって時にはしぃに甘えたい」
「あ、う……」
首をこてん、と傾げて僕に覆いかぶさってきた。なんか、狼を手懐けたうさぎの気持ちになった。
「だから今日はあーんを頼む」
「あーん?」
びーさんは僕が持ち寄ったビュッフェのプリンをスプーンのおしりで撫でながら。
「食べさせてくれ。腕が疲れて上がらない」
え。さっきまでもぐもぐお箸使ってましたよね? 気怠いですモードに入ってしまったびーさん。びーさんなりの甘え方なのかな。
「わかった」
恐る恐るびーさんの口元にスプーンを近づける。
「あ」
紅い舌が見えた。ぱく、とプリンを食べる。小鳥の餌付けみたいだ。
何度かそれを繰り返してから、びーさんは満足そうに僕を見た。
「5分いいか?」
「へ?」
びーさんが、初めて笑顔らしい笑顔を浮かべたのを僕はきょとんとして見つめていた。うん、と快諾しようとしたところ、既に僕の身体はびーさんの腕の中に閉じ込められていた。
あったかい。人ってこんなにあったかいんだ。互いの体温が溶け合うような感覚が、少し恥ずかしいものの気持ちが良かった。そう。まるで温泉に入っているかのような心地良さだった。
びーさんは無言で僕の肩に顎を乗っけて、僕の身体をひし、と抱きしめていた。だんだんと抱きしめる力が強くなっていく。しまいには、僕の頭をなでなでとし、背中を手ですりすり触ってくるものだから、緊張して口から心臓が飛び出そうになってしまった。
あれ。5分ってこんなに長いっけ? 内心わたわたとしながらびーさんの腕の中で小さく縮こまる。こんな状況でえーさんが戻ってきたらどうしよう。むっつりさせちゃうかな……。
「びーさ、えーさんが帰ってきちゃうから……」
耳元でこそこそ話したら、びーさんが今度は僕の耳に唇を近づけて。
「だからどうした」
そのまま、耳筋に舌を這わせてきた。ぬる、と首筋から耳朶まで舐めあげられ気が気ではない。うん。これ絶対からかってる。びーさん嫉妬しちゃったよ僕の馬鹿。なんかもっとこう、いい伝えた方があったろうに。
そんな後悔を頭の中で繰り返していると、耳の中まで舌が侵入してきた。じゅぷじゅぷと泡立つ音に、背筋が震えた。なんだろ。これ。恥ずかしいのに、気持ちよくって。
ガラリ、と洗面所の扉が開いたから僕は慌ててびーさんの胸を押してみたけど、鍛えられた身体のびーさんはびくともしない。耳を舐めるのはやめてくれたけど、少しむすっとしていて不機嫌そうだ。
そんな僕らを見て化粧を終えたえーさんが、にまにましながら近づいてくる。
「あれー? おじゃまだったかな」
「ああ。邪魔だ」
「おー怖」
えーさんとびーさんの掛け合いにはハラハラさせられる。本気で喧嘩してるわけじゃないのはわかるけど、互いの温度差が激しいのだ。
「じゃあまた誘うね。お泊まり楽しかった。いつもと違うしぃくんが見れたから」
「う、うん。僕も……お泊まり楽しかった」
恥ずかしかったけどちゃんと二人に言えた。ありがとうとごめんなさいは、ちゃんと自分から伝えなくちゃと思っているから。
「また何かあったら連絡しろ」
「うん。いつも忙しいと思うのに会ってくれてありがとう。二人と過ごせるのすごく嬉しい」
「……しぃくん」
「……」
僕、上手く笑えたかな。あの家にいると笑ったりすることがないから。そういえば、湯田さんにも作り笑顔っぽくて印象が悪いと入社して以来ずっと指摘されていた。それを思い出して胸がツキンと針に刺されたように痛むけど、この痛みにも慣れてしまって感覚が麻痺している。
「無理はするな。何かあればすぐにお前のもとへ駆けつける」
「そうだよ。びーさんは有言実行の人だからね。そしてもれなく俺もね。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
「うん。ありがとう。またね」
駅に向かう僕の後ろ姿をいつも見守ってくれる二人の優しい視線を感じながら、家に帰った。
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