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第1章 再会 第2話(1)
場末の酒場をあとにして五分。
騒ぎから逃れるように店を立ち去った人物の足取りは、ほどなくつきとめられた。宇宙港にほど近い、倉庫街の一角。
先程の騒ぎで警戒心が増したのだろう。男は油断のない目つきで終始あたりを気にしていた。その様子を、青年は建物の陰に身を潜めてじっと窺った。
闇ルート専売人。
広大な宇宙空間を往き来するにあたり、現在、離れた空域を短時間で移動するための航行手段として、『ギャラクシー・ゲート』――通称『ゲート』と呼ばれる跳躍口が利用されている。宇宙空間内に点在する量子特異点 の中でも、殊 に安定性の高い空域を国際宇宙空間跳躍航法に則 った『出入り口』とさだめ、パブリック・ワープフィールドとして認可されたものがそれにあたる。
各宙域に設けられた航行管制局は、管轄内に存在する『ギャラクシー・ゲート』の情報を随時データ化し、時空嵐と呼ばれる、ある一定空域における磁場やエネルギーが乱れる現象の発生状況などを踏まえて跳躍域の安全性や跳躍の可否を含む航路全般の管理をしている。したがって目的地までの空間跳躍時、すべての宇宙船舶は管轄内の航行管制局を介して『ギャラクシー・ゲート』を利用することが義務づけられていた。進入ポイントとなるゲートを指定して跳躍申請を行うことで、管制局側が跳躍域の安全性を判断し、退出先も含めた跳躍ポイントを算出して船体を誘導するのである。
宇宙を往き来する船舶は、航行管制局を介したゲートを利用することで、跳躍域の安全性の確保はもちろんのこと、入り口・出口いずれの跳躍ポイントでも船体同士の衝突事故を回避することができた。
だが、跳躍を行うことができるワームホールは、公的に認可された『ギャラクシー・ゲート』にかぎらず、宇宙空間内に無数に存在する。その多くはエネルギーが安定せず、跳躍可能域として認可に至らない場合がほとんどだった。
つねに不規則な収縮と膨張を繰り返すそれらのワームホールは、突如消滅する危険もある。物質の通過が可能ともかぎらず、仮に通過することができたとしても、空間内部に生じた歪みによって繋がる空間が安定を欠き、両端の宙域の座標軸がさだまらないことも多い。それでもなお、不認可のワームホールを利用する者はあとを絶たなかった。理由は、航行管制局を介した船舶の航路データを、履歴に残さないためである。
法の介在を是としない職種の者たちは、船舶の登録データを何重にも偽装し、場合によっては不認可のワームホールを利用して密航を繰り返す。そのような密航者向けに跳躍時の出入り口付近の安全性と、座標軸の安定率が高いワームホールの情報提供を行うのが『闇ルート専売人』と呼ばれるディーラーたちである。青年が追っているのは、その専売人のひとり、『スターモール』というコードネームで暗躍する人物だった。
全宙域指名手配犯として賞金がかけられて早一年。掛け金は七万エレクトラムと、なかなか高額の賞金首である。それだけ非合法に扱う闇ルートの数が多いということであり、自身もまた、そのルートを利用することによって追っ手を撒きつづけてきた。青年は、そのようなディーラーたちを捕縛して報酬を得る、賞金稼ぎを生業 としていた。
追われる身であることを自覚しているからこそ、闇ルートを扱うディーラーたちはつねに用心深く、周囲の状況の変化に敏感に反応する。わずかな騒ぎすら、身近に起こることを好まなかった。それにより、警察などの公的機関が動く可能性が出てくるからである。運悪く居合わせただけでも、うっかり巻きこまれ、だれかの目に留まることになれば、危険がいや増すことを熟知していた。
より目立たぬように。印象に残らぬように。
陽 のもとに曝されることを嫌忌 する闇の住人は、地中に潜 む土竜 のように裏社会に穴蔵を求める。わかっていながら酔客に絡まれる愚を犯したのは、完全にこちらの失態だった。
狡猾な『モグラ』がふたたび地中深くへ潜 りこむまえに、ここで一気に決着をつけてしまわなければ。
気を引き締めなおした青年は、ターゲットに気取られぬよう物陰からじっと様子を窺った。だがその目が、不意に緊張を宿して眇 められた。
男の様子を探っている人間が、自分以外にもいる。それも、ひとりではなく複数。
目を凝らし、注意を向けた先で、各ポイントに身を潜ませる男たちの姿があった。その動きから、おなじ獲物を狙っていることはあきらかだった。
いずれも共通の気配を漂わせ、一糸乱れぬ連携を見せている、同一の組織に属すと思われる連中――
ひょっとして、高額賞金を狙う同業者だろうか。
獲物を横から奪われるまえに先手を打つべきか。それとももう少し、相手の出方を見るべきか。青年は思案をめぐらせた。
その背筋が、不意にゾワリと粟立 った。
『シャノンッ!』
耳もとで、鋭い声が警告を発した。
身構えようとした青年は、しかし次の瞬間、背後から口を塞がれ、羽交い締めにされた。
「おっと、暴れるんじゃねえよ。イイコにしてな」
品のない濁声 とともに、酒臭い息が吹きかけられた。先程、青年が酒場で蹴り倒した酔漢のものだった。否、その後ろにも複数の気配がある。どうやら仲間たちを引き連れて、あとを追ってきたものらしい。
生意気な若造に、集団で制裁を加えようという魂胆か。
――よりによって、このタイミングで。
青年は内心で舌打ちした。
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