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第1章 再会 第2話(2)

「さっきは世話んなったなあ。ちょいとそこまで顔を貸してもらおうか」  男はそう言うと、有無を言わさず痩身を抱えこみ、引きずっていこうとした。  青年は即座に反撃に転じかけ、しかしすんでのところで思いとどまった。いまここで騒ぎを起こせば、追いかけてきた獲物に感づかれ、取り逃しかねない。やむを得ず、酔漢の誘導にしたがうことにした。 「なんだ、さっきと違って随分しおらしいな。ようやく自分がどういう人間を相手にしたか、理解できたか」  下卑た声が揶揄すると同時に、周囲からも悪意に満ちた嗤いが沸き起こる。青年は答えず、冷然と聞き流した。  連れこまれたのは、捕らわれた場所からほんの一ブロックも離れていない裏路地の倉庫の一角。後ろから乱暴に突き飛ばされ、倒れこんだところを男たちが取り囲んだ。総勢十数名。  倉庫内であれば、多少騒いだところで問題にはならないだろうか。だとすれば、ここからはもはや遠慮はいるまい。  思ったところで、外の空気が騒然としたものに変わった。青年はハッと緊張を濃くする。  ――まさか……。 『シャノン、獲物が!』  ふたたび耳もとで、先程の声が告げた。そのひと言で、青年は己の予感が的中したことを察した。  こんなことなら、おとなしく連行などされず、あの場でさっさと叩きのめして賞金首の捕縛に切り替えるのだった。いまさら後悔したところで、もう遅い。これまで、自分とおなじタイミングでスターモールを追いかけている同業者の気配を感じたことはなかったが、くだんの連中は、自分が思っていた以上に周到で迅速だったようである。  こうなったら、こんな連中を相手にいつまでも悠長になどしていられない。上体を起こした青年は、眼前の男たちの配置をざっと確認し、それぞれの力関係と戦力レベルを見極めた。  リーダーは、正面にいる男の向かって左隣。 「どうした。自分がこれからどんな目に遭わされるか想像したら、恐ろしくて声も出せなくなったか?」  いつまでもなにも言わない青年の反応を怯えと取ったか、正面の男――酒場で絡んで騒動の原因を作った人物である――が小動物をいたぶる獰猛さで嘲弄を浴びせた。周囲の男たちが、それに迎合して野卑な笑みを浮かべる。男たちにとって、捕らえた獲物はどこまでも(なぶ)る対象でしかないのだろう。体格のうえでも人数のうえでも、自分たちのほうが確実に上回っている。口には出さないそんな過信が、透けて見えるようだった。 「しかし惜しいね。じつに惜しい。これで顔の傷さえなきゃ、完璧だったのにな」  正面の男が、なおも言い募りながら距離を詰めてきた。青年はその顔を、冷然と見返した。  だからこそ必要なのだ。  青年は内心で独語する。  一見して荒事には向かなそうなこの容貌は、裏社会に身を置くいまの自分にとって邪魔にしかならない。本当であれば、目立つ傷痕程度では到底たりなかった。原型がわからぬほどメチャクチャにしてしまってもいいとさえ本気で思っていた。だが、そうすることをひどく悲しむ者がいる。(かお)の造作よりも先に目が行くこの傷痕は、だから相棒と自分が許容できるギリギリのラインでの妥協点だった。  そんな青年に伸びてきた手が、強引に顎をとらえて上向かせる。覗きこんでくる目に、嗜虐(しぎゃく)の色が滲んでいた。  見くびられること自体、不快ではあったが、それで相手をこちらのペースに巻きこめるのなら、かえって都合がよかった。  瞬間的に男の手首を摑んで捻り上げた青年は、バランスを崩して倒れこんできた巨体の腹部を容赦なく蹴り上げた。そのままみずからの躰を大きく捻り、回転の勢いを利用して後方へと投げ飛ばす。無力な若造と侮って完全に油断していた酔漢の躰が宙を飛んだ。そして、すぐ背後にいた仲間のひとりを巻きこんで床の上に叩きつけられた。  完璧な投げ技を披露した青年は、流れる動作で飛び起きるや地を蹴る。瞬時に左斜め前方にいる人物との間合いを詰めると、その片腕を摑んですれ違いざま後背へと捻り上げた。  リーダー格の男の背後を取ったときにはすでに、そのこめかみには銃口が突きつけられていた。 「てっ、てっ、てめえ…っ!」  あっという間に仲間を人質に取られた男たちは、怒りと狼狽が一緒くたになった複雑な様相で顔色を赤黒く変色させた。口々に発せられる声が一様に上擦る。 「悪いが、おまえたちの遊びに付き合っている暇はない。生命が惜しくば、おとなしくしていろ」 「ヤロウッ、いい気になるなよっ!」  怒声を放ちつつも、男たちのあいだに瞬く間に動揺がひろがっていく。人質を楯にしたまま、青年は倉庫の出口まで移動した。最初に投げ飛ばされた酔漢が、そのタイミングでようやく起き上がった。  青年を()めつける血走った目が、人質となっている男に向けられる。半瞬にも満たぬ間合い。だが、そのわずかな時間で、ふたりがなんらかのアイコンタクトを交わしたことを青年は見逃さなかった。と、次の瞬間、 『シャノンッ、離れて!』  ふたたび耳もとで発せられた警告に、青年は咄嗟に捻り上げていた人質の腕を放して飛び退いた。その背中を力いっぱい蹴り飛ばし、みずからはすぐ背後の扉に飛びつく。そのまま、外に転がり出た。だが、男たちを振りきって走り出そうとしたところで、不意に膝がカクンと砕けた。 「――っ!?」  人質から飛び退く際、ほんの一瞬太ももに感じたチクリとした軽い痛み。 「へへっ、うまくいったようだな」  背後から、満足げな含み笑いが複数あがった。

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