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第1章 再会 第2話(3)

「想像以上の跳ねっ返りだな。さすがの俺も、ヒヤリとしたぜ」  下卑た嘲弄が、すぐ背後に迫る。 「ティアッ!」  青年が低く呼ばわった瞬間、いったいどこに潜んでいたというのか、どこからともなく銀糸の髪の少年が現れた。男たちが出てこようとしたまさにその鼻先で、倉庫の扉が閉まる。その扉に、少年はさっと手を(かざ)した。 「おいっ、どうなってるっ!? なんで開かねえっ!」 「どういう仕掛けだ、こりゃあ! 鍵はこっちが持ってんだぞっ!?」  倉庫の中から激しく扉を叩く音とともに、ガラガラとした濁声が口々にがなり立てる。少年はフフッと笑うと、ぱっと身を翻して青年に駆け寄った。 「シャノンッ、大丈夫?」  膝をついてしゃがみこんだままの青年が顔を上げる。浅い呼吸を短く繰り返し、細かな汗をびっしり浮かべたその顔は、紙のように白くなっていた。その躰が、小刻みにふるえる。 「しびれ……ぐす、り……のいっしゅ………」  掠れた声でそれだけを搾り出すと、あとはハッハッと荒い息だけがつづいた。 「待ってて! いま、解毒できるか試してみる!」  言うなり、額に翳しかけた少年の手を、青年は軽く振り払って拒んだ。 「……いい」 「え、でもっ」 「手を、貸してくれ……とりあえず場所、移動する」  その視線がチラリと倉庫のほうを見やる。その仕種(しぐさ)で、少年は相手の言わんとしていることを察した。  青年の傍らへ即座に移動し、自分の肩を貸しながら立ち上がる。特殊な力で封じられた扉の効果は一時的なものでしかない。ましてや荒くれ男たちが力尽くでこじ開けにかかれば、簡単にぶち破られてしまう可能性があった。そのまえに、目につきにくい場所まで移動しておくことを優先すべきだろう。 「シャノン、歩ける?」  自分を支えながら立つ少年に訊かれ、青年は頷く。だが実際は、ふらつく身体の重心を保ちつづけるだけでもひと苦労だった。  成人男性としてはかなり細身の部類に入る青年だが、小柄な少年より頭ひとつぶん上背(うわぜい)があるうえ、それなりに筋肉もついている。その躰を支えながら移動するともなれば、少年にとっても容易でないことはあきらかだった。  わかっているからこそ、転倒を免れるため、ふたりは慎重に足を運ぶ。背後を警戒しながら、可能なかぎり急いでその場を離れた。  わずかな距離が、何光年も彼方にさえ思えてくる。 「シャノン、大丈夫? そこの路地裏に入ろう」  時間の経過とともに青年の足取りが重く、怪しくなっていく。このままではまずいと判断した少年は、入り組んだ路地の裏手に入りこみ、複数のコンテナが建ち並ぶ一角のひとつに身を潜めた。  予想どおり、少し離れた通りでは、複数の荒々しい足音が走りまわっていた。 「どこ行きやがった、あのガキッ!」 「どうせあの状態だ、遠くまで行けるわけねえ。その辺、しらみつぶしに捜せ!」  早々に扉を蹴破った男たちが、殺気立った様子で逃げた獲物の追跡にかかる。少年は焦燥に駆られつつ、先程の不思議な力を使ってコンテナのひとつの鍵を開けると傍らを顧みた。 「シャノン、急いで! この中に隠れて!」  言いながら、コンテナに寄りかかるようにしてかろうじて立っている青年の腕をとり、もう一度自分の肩にまわさせた。力を入れて支えなおし、ともにコンテナの内側に入りこもうとしたそのとき、 「いたぞ! あそこだっ!」  ハッとして振り返った先で、通りの向こうからひとりの男がこちらを指さしていた。  複数の足音が、いっせいに集まってくる。  青年は、内心で舌打ちをした。 「……ィア……げろ…………」 「シャノン、ダメだよ! 逃げるなら一緒じゃなきゃっ」  怯えた表情を見せつつ、少年が必死でかぶりを振る。そんな彼を、青年は押しやろうとした。 「シャノン、待って! 僕がなんとか――あ……っ!?」  不意に少年の声に動揺が奔り、直後、その躰が消失した。現れたとき以上に不自然な、生きている人間のものとは思えない消えかただった。  支えを失った青年は、一気にバランスを崩してその場に膝をついた。 「っのガキィッ! ただで済むと思うなよっ」  目を血走らせた男たちが、細い路地を青年めがけて殺到してきた。  どうにか気力を奮い立たせようとするが、すでに意識を保たせておくことすら難しい。  ――もはや、これまでか……。  諦念にも似た思いで意識を手放そうとしたそのとき、青年の眼前に、不意に何者かが立ちふさがった。コンテナ同士が連なるわずかな隙間から現れたようだった。均整の取れた体躯。こちらに背を向けているが、長身の男であることはわかった。  その男が、自分を狙って殺到してくる連中と向き合った。 「なんだ、テメエッ! どっから湧いて出たっ」 「邪魔だ。どきやがれっ!」  男たちが罵声を浴びせる。だが、恫喝されたほうは動じる気配もなく悠然と構えた。  多勢に無勢。いくら腕に自信があろうと、この状況で普通の人間がこれだけの人数を相手にどうにかできるとは思えなかった。荒事には充分慣れたはずの自分でさえ、こんな醜態を晒すはめになっているのだ。いったいどうするつもりなのかと焦燥をおぼえた。けれど。  その眼前で、信じがたいことが起こった。  男は丸腰だった。その丸腰の男が、手に手に武器を(たずさ)え、大挙して押し寄せる無頼(ぶらい)の連中と向き合う。完全にリラックスしたような、余裕さえ窺える立ち姿。しかし状況は、唐突に一転した。  先頭切って突進してきた追っ手のひとりが射程圏内に入る。その瞬間に、男は動いた。  ぶつかる寸前で軽く身を捻り、(かわ)した直後に相手の腕をとる。そのまま、すれ違う勢いに任せて後方へ捻り上げた。 「ぐあっ!」  肩の関節をはずされた被害者の口から叫声があがる。そのときにはすでに、男は相手が手にしていた刃物を取り上げていた。刹那、男の手首が素早く動く。ほぼ同時に、正面に迫った別の徒輩が仰け反った。その手首に、短刀が突き立っている。手から飛んだ銃を空中でキャッチするや、男は立てつづけに発砲した。  前方から迫った男たちが次々に地面に沈む。わずか数十秒にも満たぬ間。決着は、あまりにも呆気なくついていた。  倒れた男たちの口から呻き声が漏れた。だれひとり落命した者はいない。小さく息をついた男は振り返った。その目が、情けなくへたりこむ自分を捕らえる。男の顔を見た瞬間、青年は愕然とした。だが、そこまでが限界だった。  張りつめていた緊張が、力尽くで奪い取られる。  青年の意識は、直後に闇に沈んだ。

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