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第2章 因縁 第1話(1)

 ふと気がつくと、薄闇がひろがっていた。  自分の身に、いったいなにが起こったのか。  ぼんやりとした頭で考えて、直後に青年はハッとした。ゲート専売人を追っているさなかに、場末の酒場で絡んできた酔いどれ客と揉める事態となったことを思い出したのだ。  タチのよくない連中に倉庫に連れこまれ、反撃に出たところで薬を打たれて進退窮まった。相棒である少年の助けを借りて追っ手を撒こうとしたものの、コンテナの建ち並ぶ一角でどうにもならないところまで追いこまれた。そこから意識を手放す直前までの出来事を一気に思い出すや、横たえていた身を跳ね上げた。だが。 「く……っ」  思うように力が入らず、身を起こした途端に激しい眩暈(めまい)をおぼえてきつく目を閉じる。薬の影響か、頭も割れるように痛んだ。  低く呻いた青年は、ふたたび倒れこまぬよう手をついて躰を支えた。  掌に触れる布の感触がやわらかく心地いい。そこで、自分が身を横たえていたのが寝具の上であったことを認識した。  痛む頭と強い吐き気に顔を(しか)めつつ、青年はゆっくりと視線を上げた。視界に入ってきたのは、まるで見覚えのない部屋だった。  ――どこだ、ここは。  思ったところで、窮地のさなかに不自然な消えかたをした相棒の様子が思い起こされた。背筋を冷たいものが流れ落ちる。 (ティア……ティア……ッ!)  声には出さず、胸の(うち)で相手に意識を向けて呼びかける。だが、いつもならすぐさま返ってくるはずの反応が、どこからも返ってこなかった。  いったい、なにが起こった……。  不安と焦燥をおぼえたそのタイミングで、正面の扉が開いた。 「ああ、お目覚めでしたか」  低く、張りのある声がその耳に届いた。同時に、室内に明かりが灯る。明るさに順応しない目を(すが)め、青年は眩しさに耐えた。瞬間、声の主に思い至って、緊張と激しい怒りが湧き上がった。  コンテナの片隅で窮地に陥った自分を背後に庇い、殺到する荒くれ男たちを瞬く間に伸した人物。突如目の前から消えたティアと、入れ替わるようにして登場した男だった。  クラウス・ヴェルデ。  五年前、軍事組織の引き起こしたクーデターにより、ひとつの大国が滅ぼされた。  アウレリア皇国。  国の要である皇帝と皇妃は、滅びゆく国と運命をともにした。そして青年もまた、祖国を失い、敬愛する父と母を喪った。  シャノン・クリスティアン・アウレリア――それが、青年の名だった。  いまはもう、手の内に残ったものはなにもない。地位も誇りも、未来への希望さえも――  すべて、目の前の男とその仲間たちに奪い尽くされた。  父皇帝にもっとも信頼され、優遇される立場にありながら、その主君を裏切り、残忍な手法をもって弑逆(しいぎゃく)した非道の逆賊集団。  後に『アウジリアス』と名乗る組織の長は、近衛連隊第一師団長を務めた男、グレン・ボイド大将だった。クラウスは、その首謀者である男を補佐する立場にあったと記憶している。年齢はおそらく、当時二十代半ば。いまは、三十に差しかかる頃合いといったところか。アウレリア皇国()りし日、彼は若くして近衛連隊第一師団に所属し、少佐の地位にあったはずだった。 「貴様……っ」  噛みしめた奥歯の隙間から、押し殺した声が漏れ出た。だが、尋常ならざる殺気を(みなぎ)らせたにもかかわらず、男の悠揚(ゆうよう)たる態度に変化はあらわれなかった。 「気分は如何です? 薬がまだ、抜けきらないでしょう」  解毒剤だと差し出されたグラスを、シャノン――否、現在は『クリス』と名乗っていた――は力任せに振り払った。  グラスがすぐわきの壁に叩きつけられて派手に砕け散る。その反動で、クリスもまた大きくバランスを崩した。咄嗟に伸びてきた腕が、ベッドから落ちかけた痩身を危うげなく受け止める。反射的にその腕を払いのけようと振り上げた手が、期せずして男の頬を打ち据えていた。 「――っ」  思いのほか大きく響いた打擲音(ちょうちゃくおん)に、男の躰に力が入る。しかしすぐに緊張を解くと、なだめるようにクリスの背に手を置き、ベッドに座りなおさせた。 「まだ本調子ではないでしょう? 無理は禁物です」 「触るなっ」  打たれた頬を気にするそぶりもなく穏やかに言い含める男を、クリスは冷ややかに睨み据えた。掌に、ジンとした痺れがひろがっていた。

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