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第2章 因縁 第1話(3)
父皇帝は、ゲートを介さず指定した座標軸へ思うまま跳躍できる航行手段について、早い段階から着目していた。否、たんなる構想のひとつとして実現を目指したのではない。実際に実現可能な事案であったからこそ、将来起こりうる問題に危機感を抱き、憂慮していた。
あらゆる状況を想定した万全の管理制度を導入しておかなければ、人類社会は立ちゆかない。個々の船体が、実質上の距離を無視して自在に目標地点への跳躍が可能となれば、国家間の紛争や宙域をめぐる抗争の火種となりかねず、あるいは侵略や逃亡を目的としたさまざまな不法行為の横行をもたらす危険性も出てくる。まずは全人類にとって、法制度も含め、安全に利用できる体勢を整えておかなければならない。
それが、父皇帝の目指すところだった。だが、ボイドを中心とするアウジリアスの連中は、己が利することのみに執着し、父の理念を真っ向から否定した。
父皇帝は、現在地から指定した座標軸までを瞬時に繋ぐことのできる、特殊な物質の存在を見いだしていた。それは、かつて国交のあった惑星レヴァントの君主、バートランド王より託されたレヴァント王家の秘宝だった。
惑星レヴァントは、イリアから七万光年ほど離れたサルーン星系に属す。テラフォーミングが不要な豊かな水の惑星で、六百年つづく王家を中心に繁栄を誇った。だが現在、レヴァント王国は存在しない。ある条件下でふたつの時空を結ぶことのできるエネルギー物質《ザイオン》――レヴァント王家は、この秘宝を狙う者たちによって滅ぼされた。
クリスが生まれる一年前。いまからおよそ、二十二年前のことである。
レヴァント王家の秘宝は、賊に奪われる直前にバートランド王の意を受け、アウレリア皇国皇帝である父、アレクサンドロス二世に託された。しかし、それから四半世紀の時を経て、大切に守られてきたエネルギー物質《ザイオン》は、ふたたび私慾の対象となって奪い去られることとなる。
レヴァント王国とアウレリア皇国。ふたつの豊かな国と、その要となる尊き血筋――
払われた犠牲の大きさは、はかりしれない。
秘宝を手中におさめたアウジリアスは、独自に入手した非公認のワームホールを渡り歩くことで潜伏を図った。その潜伏先で、組織の拡大や地固めを行ったことは想像に難 くない。クリスはだから、闇ルートを扱う専売人を対象としたバウンティーハンターとなった。闇ルートの情報を入手しつづけることで、いずれ必ずアウジリアスの情報にたどり着くことができる。そう踏んだからだ。そしていま、こうしてついにアウジリアスの中心であるボイドの懐刀 、クラウス・ヴェルデとの邂逅を果たすことが叶った。
コンテナが建ち並ぶ狭い区画で、大挙して押し寄せたならず者たちを、さしたる苦もなく軽々とあしらう男の様子がまざまざと甦る。口許に浮かんだ笑み。男はあの瞬間、間違いなくみずからの置かれた状況を愉しんでいた。
いまこのとき、自分が武器を携行していたとしても、おそらく眼前の男には到底敵うまい。クリスは彼我の差を、そのように見極める。体格差はもちろん、男には武人として長年鍛え上げた実力があった。
いずれ国を背負うべき立場の者として、クリスも幼きころより、ひととおりの武術は嗜んできた。だが、男が体得してきたような、実践を踏まえたものとはあきらかに質も手法も異にしていた。お尋ね者を追う立場になって五年。クリスもそれなりに場数を踏んできたとはいえ、到底かいくぐってきた修羅場の数も、その危険の度合いも男に比ぶるべくもなかった。
わかっているからこそ、クリスは滾る思いを胸に、じっと激情をやり過ごそうとする。そのさまを、しばし無言で見守っていた男は、やがて小さく息をつくと身じろぎをした。
「ご気分がお悪いようでしたら、いつでもお声がけください。自分は隣室に控えてますんで」
言われた意味を推し量るように、クリスは眉根を寄せる。男はそれに対して、ごく何気ない様子で説明を添えた。
「ここは宇宙港近くのホテルの一室です。あなたをあの場に捨て置くことはできなかったので、最寄りの施設にチェックインさせていただきました」
「スターモールはどうした?」
「我々の手で捕獲済みです」
男は涼しげに言う。
やはり、倉庫周辺で見かけたあの男たちは、アウジリアスのメンバーで間違いなかったのだ。納得すると同時に、まるで隠すそぶりのない悠然とした態度が勘に障った。コンテナの一角に現れたあのタイミングといい、クリスがおなじ獲物を狙っていたことははじめから把握済みだったのだろう。そのうえでなお、余裕を見せる男の厚顔さが不快だった。
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